幸せ追求型社会
トマトボーイ
プロローグ 革命前夜
「朝目が覚めてすぐ気が付いたんです。何かがおかしいと。」
「というと?」
「誰かに包まれている感覚がしたんです。まさかと思って飛び起きて後ろを振り返ると、それは超ふっかふかなベッドでした。その瞬間は安心しましたけど...」
「いわゆる『転生』しちゃってた、と」
「そうです。よくドラマで見るような王宮とかにあるレースカーテンで覆われたベッドで起きるなんてありえませんからね。もちろん起きてすぐは本当に何が起こったか分からず、その場に座りつくしてました。」
「『転生』したと気づいたのはどのタイミングでしたか?」
「立ち上がろうとした瞬間のことでした。ノックの音がして、ドアが開いたと思ったらフワッとやわらかい香りが流れてきて、それと同時にスラっとした長身の女が入ってきました。その女の髪は七三分け、赤縁メガネをかけていて、かつスーツ姿でしたので、すぐに秘書だと分かりました。彼女は特にいつもと変わらないといった様子で一日のスケジュールを淡々と読み上げて、そそくさと帰っていきました。」
「スケジュールの内容はどんなものでした?」
「詳しくは覚えていないんですけど、外相とか会談とか、そんな単語を発していましたね。今思えば明らかにおかしいのですが、そのときはまだ夢うつつで...めんどくさいなあなんて思ったりしてましたね(笑)」
「どうもおかしいですねえ。『転生』したのに気が付いてからあまりに冷静だし、そもそも『転生』したと気づくのが早すぎる気がするのですが?」
「実は僕、それが2回目の『転生』だったんです。」
「2回目?(鼻で笑う)これはまたとんでもない嘘をついたもんですね。」
「本当なんです。信じてくれないでしょうけど。」
「で?その1回目っていうのは?」
「はい。最初の『転生』は今から10年前のことです。目を覚ますと、そこは森の中で、人っ子一人いない。その代わり動物はたくさんいて、そんなところで5日ほど生き延びましたね。最初の2日はずっと泣き叫びながら東へ西へと走り続け、なんとかこの森を抜けだそうとしていた記憶があります。結局ダメでしたが。6日目の朝には元の世界に戻っていて、あれはいったいなんだったんだろうという感じでした。」
「はあ、そうでしたか。大変でしたね。それで今回は人がいたから安心したと、こういうわけですか?」
「全くその通りです。それと環境が整っていたのもありましたね。」
「もう十分です。少しお待ちください。」
こう言うと、Dr.足立はおもむろに立ち上がり、噓発見器を取り出して患者に装着した。手慣れた作業だった。
「ここまでの話をもう一度繰り返してもらえませんか?大体で構いませんので。」
「分かりました。ではいきますね。ある日の朝、目が覚めると...立ち上がった瞬間、気づいたんです。また『転生』してしまったと。それで...」
噓発見器は沈黙を貫いた。たまに嘘を本当のことだと脳に信じ込ませることで噓発見器をだます奴もいるが、『転生』という単語が出てなおも無反応なのはさすがにおかしいと思った。
「ちょ...ちょっと待ってくださいね。機械が壊れているみたいなので。別の持ってきます。」
そう言って再度立ち上がろうとした瞬間、患者がフッと鼻で笑い、こう放った。
「その必要はありませんよ。だって全部真実ですから。」
今までよりドスのきいた声だったのもあり、足立は思わず体が震えた。でもまさかそんなはずはなかった。足立は「大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせながら、別の噓発見器を取り出した。この噓発見器は「はい」か「いいえ」のみでしか答えられない旧型のものだが、こちらの方がいくらか精度が高い。
「次は僕の質問に「はい」か「いいえ」のみで答えてくださ..」
「はい」
すさまじい迫力で患者が答える。震えた手で機械を装着した。
「で、では始めますよ。あなたは『転生』したことがありますか?」
「はい」
...
...
やはり噓発見器は鳴らない。冷や汗が出てきた。一体どういうことなのだろうか。
「あなたは異世界と思われる場所に行ったことがありますか?」
「はい」
...
...
聞き方を変えてももちろんダメだった。他にもいくつか質問したが、このときかなり焦っていたので、あまり良い質問ができなかった。
「もう十分ですよね?結果は出ましたよ。帰らせていただきます。」
「待って、まだ質問が...」
呼び止めても無駄だった。足立は数分間呆然と虚空を見つめていたが、ハッと我に返ると、全速力で追いかけた。が、すでに時遅し。彼はもうどこにもいなかった。このとき足立は嫌な予感が脳裏をよぎった。
そしてその予感は的中することとなる。
幸せ追求型社会 トマトボーイ @masakazumame
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