第18話 嵐の前のぐだぐだ

そんなことがあった翌朝。

無事王宮へと帰還した三人は、だいぶテンションの上がっている国の重鎮やメイドたちに出迎えられた。

なんせ彼らからしてみれば、女王陛下一行が神前試合のために自ら遠い異国の地まで武者修行へ行って帰還した、というシチュエーションなのだ。脳筋だらけの世界なのでそれは当然盛り上がるというものである。

特にこの国の王族は敬意こそあまり払われていないが、そのぶん良く言えば、親しみのある存在だ。

幼少期から姿を見ることが多かった王宮勤めの人々には、あのおっとりふわふわして可愛いけれどちょっと頼りないマリア姫が、こんなに立派になって……。と親目線兄弟目線で勝手に感慨深くなってしまっている人間が多発していた。まだ本番の試合も迎えていないのに。

そんな状況にマリアはあっけにとられ、それから昨夜のトエットの言葉を思い出して、なるほどなあと納得した。

つまるところマリアは勝ち負けに関係なく、すでに国民の中で努力賞のようなものを受賞しているのだ。

ナメきられていたほうが上手く行くこともあるのだと、ここでマリアは深く心に刻んだ。

更に言うなら、先にボロ負けしてハードルを下げまくってくれていた前王国チームに、申し訳なさを含んだ感謝の念も抱いた。試合が終わったらきちんと帰国できるよう、頑張って取り計らおう。


帰国後すぐ、マリア達は修行中に着ていた目立たない革鎧から、神前試合のためのユニフォームである戦装束に着替えた。

バトルドレスとでも呼ぶべき絢爛でスマートな鎧は、彼女たちが遠出している間に修繕や補強をし、実際に使ってみた感想をもとに調整がされている。

着用して微調整を済ませ、その恰好のまま三人が試合前日の式典として、国民たちに王城のバルコニーから挨拶をした後、トエットは城付きの鍛冶師から声を掛けられた。

彼女が愛用している片手剣の代わりに、もっと性能が良いものを使うかどうか尋ねられたのだ。

トエットの剣は良いものだが、銘が打たれて代々引き継がれるような名剣というわけではない。

しかしながら、10年以上振るってきた剣をいきなり持ち替えては、細かな動きに支障が出てしまう。

鍛冶師もそれはわかったうえで、一応の確認として聞いたのだろう。

気を使って元の片手剣に似た、最高級の良質な鋼を使った剣も打ってくれていたが、さすがに細かな重心や握りの具合などまでは再現できず、今回は見送りということになった。

トエットは鍛冶師に礼を言い、愛剣の柄をそっと撫で、鍛錬場へ向かうチームメイト二人に合流をする。

今日は手合わせはしないが、日課の柔軟体操やらなにやらはいつも通りに行う。

トエットは素振りをしながら、空気を切り裂く己の片手剣を見て、きゅっと眉根を寄せた。


「わかっちゃいるんですよね。良い剣にしたほうがいいっていうのは」


魔剣でも聖剣でも名剣でもない己の相棒を、それでも一番愛着を持って振るっているトエットに、武器へのこだわりなんて火力だけのリョウが、ふむ、と頷く。


「べつにそれで勝てるのなら、世界一の剣を使おうが棒切れを使おうが、どちらでもいいとは思うわ」

「ですよねぇ! そりゃいいのを使ったほうが色々利点はあるんでしょうけど、あたしはこれが一番勝率が高いって自分でわかってますもん。まあ気を使ってくれてるのは、ありがたいんですけど」


トエットほどの剣士がいれば、よりよい武器を持たせたいと思うのは当然の心理なのだろう。

あの剣であれだけのことができるなら、もっと良い剣を振るえばさらに強くなるのではないかと期待してしまうのだ。

トエットはそれを、わかっちゃいないなと思ってしまう。

長い目で見ればもちろん良いものを使ったほうがいい。トエットとて、もしとんでもない一級品が手に入ったなら、それを使って訓練をするだろう。

けれど現時点でトエットが最も力を発揮できるのは、この使い慣れた良品の、ありきたりな片手剣なのだ。

リョウは体の一部のように剣を振るうトエットを見て、再びふむと頷いた。


「明日の試合の順番だけれど、希望はあるかしら」

「え? ないっす」

「わたくしはもう決まっていますし……」

「そうよね。じゃあ予選と同じで第一試合から順に、トエット、私、マリアの順で。

ちなみにトエット。あなた多分剣聖と当たるからそのつもりでね」

「えっ」


トエットは思わず訓練の手を止め目を剥いた。

帝国にて剣聖と崇められる剣士、ロルフ・レーマン。

帝王のインパクトによって多少存在が霞んでいるが、この男の実力は、本来どの国でもリーダーとしてやっていけるだけのものだ。その上家柄も悪くない。

神前試合は実力も重視されるが、格もそれなりに重視される。

帝王やマリアが絶対にリーダーとして三戦目に配置されるのはそのためだ。

ゆえにセオリーからいって、帝王に次ぐ実力を持ち血筋もそれなりである剣聖は、第二試合に配置されるのが無難と言える。


「剣聖が第一試合に出ることってあるんですかあ?

やだぁー! あたしあの人なんか苦手なんですよぉ! 性格悪そうで!」

「たしかに格から見ても実力から見ても、第二試合に入れるのが妥当ではあるわね。実際今までの試合もほとんどそうだわ。

けれど内容を見てみると、どうやら第二試合が多かったのは偶然で、実際は近接戦の身体強化型狙いで試合順を組んでいるみたいなのよ。特に高名な剣士が対戦チームに居た場合、剣聖が当たるように試合の順序をずらしていることがあるわ」

「うわーっ! やだやだ。そういうタイプって歪んでそうで。戦いだの剣だのに人生掛けちゃってる奴は、大抵まともじゃないんですよ!」

「まあそうでしょうね」


剣の道を極めすぎた結果、異様に神経が図太くなったらしいトエットを見て、リョウは頷いた。

マリアすらトエットにお前が言うんかいという視線を向けているので、この中で天才美少女剣士がどういう立ち位置なのかがよく分かるというものである。


「剣聖ロルフは帝王と比べても遜色ない、身体強化特化型の剣の天才。魔法複合型の私が相手をするのは、まあ負けはしないにせよ面倒なのよ。相性の問題としてね。

それに、今回の第二回戦で出てくるだろう選手の情報が、ほとんどないのよね。

わかっているのは帝国チームの常連であるトール・エイリスの孫娘で、高確率で魔法特化型だということだけ。

なにをやってくるかわからない相手と戦いたいなら止めないけれど」


そう言われると、トエットとしては黙らざるを得ない。

これまで他国と連戦している帝国チームは、帝王と剣聖以外のもう一人のメンバーは度々交代しているが、当然誰もが超一流の選手だ。

その中で一番出場回数が多いのが、トール・エイリスという老齢の魔導士である。

今年で60歳になるという年齢を感じさせない身のこなしと魔法の腕前、長年の戦闘経験を持つ熟練の魔導士に、なにか健康問題があったという噂は少しも聞いていない。

にもかかわらず、彼の代わりに、いままで一度も試合に出たことのない孫娘が出場する。

これがそこらの弱小チーム相手なら、経験を積ませるためのものだと考えていいだろう。

しかし王国チームは以前の評価ならいざ知らず、現在は予選にて圧倒的な実力を示してみせた、それなりに注目を集めているチームだ。特にマリアは帝王からも一目置かれている。

そこへぶつけてくるのだから、当然帝国チームも自信をもって新人魔導士をメンバーに迎えたのだと思って良いだろう。

うざったそうな性格が透けて見える剣聖相手に戦うのと、事前情報なしで超一流の魔導士と闘うのであれば、純粋な技量の勝負になるだけ、頭を使わなくていい前者のほうがいくらかマシに見える。

うぎぎと歯を食いしばったのち、トエットは盛大にため息をついた。


「わかりましたよお。じゃあ順番はそれでいいです」

「もっと食って掛かってきてくれても良いわよ。私も試したい武器があったから」

「ぜっっったいに嫌ですってぇ」

「あらそう。残念だわ」


顔中をしわくちゃにして一歩後ろへ引いたトエットに、リョウは心底楽しそうな美しい笑顔を浮かべた。

叩けば叩くほど伸びるタイプと、叩いても叩いても折れないタイプが大好きなリョウにとって、このチームは非常に愉快かつ居心地の良い場所である。

試合前日だというのに、マイペース揃いの王国チームには、緊張感は一切ない。

唯一げっそりしていたマリアも、自分へ掛けられている期待が案外気軽なものだと理解してからは、胃の痛みも減って元気になっていた。どれくらい元気かというと、リョウとトエットの会話中に闘技場に迷い込んできたちょうちょを、拳を振るった風圧でおそとへ送り出してあげる余裕があるほどに元気である。

そんな呑気なリーダーの姿を見て、リョウとトエットは揃ってため息をついた。

世は全て事もなく、我がチームのリーダーは、今日もぼんやりのほほんと過ごしている。

この一カ月の頑張りが報われるのか、そうでないか。

全ては明日行われる、神の御前での戦いにかかっている。

チームメイトたちになんとも言えない生暖かい目で見守られながら、マリアは皆の好物を用意してくれているだろう、王宮の厨房から漏れてくるいい匂いに気付き、ぐっと小さくガッツポーズをするのであった。

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