第12話 予選第二試合

第一試合の興奮冷めやらぬ空気のなか、リングに二人の選手が上がる。

王国側は黒地に赤い牡丹柄の戦装束を着た、しなやかで美しい黒髪の、リョウ・スナハラ。

帝国側は白地にオレンジで文様の織られた戦装束を着た、ウェーブのかかった金髪をポニーテールにした魔導士、エミー・スティア。

どちらも若く美しい戦士だったが、より注目を集めているのはリョウのほうだ。

なにせ彼女は勇者。

強者であるということが、召喚魔法というフィルターを通してすでに証明されている身なのだから、そのぶん期待もされるというもの。

会場中から自分へと突き刺さってくる好奇の視線に、リョウは胸を張って微笑みを浮かべ、その笑顔のまま小柄な対戦相手を見下ろした。

それに対してガンを飛ばしていると表現しても良いような強い視線を返しているエミーは、腰に両手を当ててふんと鼻を鳴らす。


「気にくわないわね」


余裕綽々といった様子のリョウに対して、一切不満を隠さずそう言い放ったエミーは、ついでに舌打ちも追加した。

見た目だけならば魔法少女のアニメにでも出てきそうな可憐な容姿ではあるが、若きエリート魔導士である彼女はとてつもなく気が強い。

なにせ、全身から私はドSですという空気を醸し出しているリョウ相手に、真正面から喧嘩を売れるレベルなので、これはもう相当なものである。

威嚇中の猫の如きエミーを見て、リョウはますます笑みを深めた。ほんの小さく首を傾げると、彼女の射干玉の髪がさらりと揺れる。

それだけの仕草で客席中が息を飲むほどに洗練された美しさを持つのが、このリョウという、生まれながらに王冠でも被っているかのような女なのだ。

二日で王国の中枢を掌握したその手腕は伊達ではなく、先程まではトエットの神技にざわついていた観客たちも、今は既にリョウの姿に見入っていた。


「あらぁ、そう。初対面のわりに、随分なご挨拶ね?」

「その余裕ぶった態度が腹立つのよ。自分の勝ちを信じて疑ってないって顔だわ」

「まあ、ふふ。おかしなこと言うのね」


そんなリョウに一切気圧されず、真っ向から堂々と魔法の杖を構えるエミーに、リョウは心底愉快そうに笑った。

なにせこの勇者、人が苦しんでいる顔を見るのが大好きと公言するような人格破綻者なので、この手のやり込め甲斐のある元気な人間が大好きなのである。

リョウは長い腕をゆらりと広げ、嘲るように唇の端をつり上げ、エミーを見下した。


「勝ちを信じる? 違うわ。私が勝つと決まっているのよ」


人を煽ることにかけても一級品のその言動に、絹糸並みに脆いエミーの堪忍袋の緒がぶちりと切れた。

持ち手に宝石のついた指揮棒のような杖を振り、エミーは一瞬で生成した20cmほどの大きさの火球をリョウ目掛けて撃ち出す。

この世界の並みの魔導士なら、杖を構える余裕すらなく倒される速度の攻撃に、しかしリョウは当然反応した。

一瞬で作り出した拳銃から撃ち出された弾丸は、過たずにエミーの火球に命中し、それを弾き飛ばしたのだ。

エミーの攻撃は、当然これだけでは終わらない。

彼女が杖を振り上げるのとほぼ同時に、空中にいくつもの光の粒が舞い上がった。

それらは瞬く間に膨れ上がり、先程と同じサイズの火球へと成長する。


「反射神経は良いみたいね。けれどそんなちっぽけな銃で、この数を相手にする気?」


エミーはふんと鼻を鳴らして、お返しにリョウをあざ笑った。

リョウの魔法が物質を生成するものだろうとあたりを付けたエミーは、彼女の持つ銃が弾切れを起こす可能性がないことも予測していた。魔力が続く限り弾丸を生み出し続ければいいからだ。

しかし、一つの武器から一度に撃ち出せる弾は一つだけ。

リョウ自身の早撃ちの精度や速度がどれだけ高かろうが、魔法で生み出された火球の数には及ばない。

そう考えて、彼女は既に自分の優位を確信していた。

わかりやすい油断である。

ついでに言うなら会場内も、無数に生み出された火球にざわつき、勇者の不利を囁いていた。

それが楽しくてたまらず、リョウはにたりと笑みをこぼす。

こんな顔をしているやつらを叩きのめし、追い詰め、倒した屍の上で高笑いをするのが彼女の趣味だからだ。


リョウはエミーの指揮で火球が撃ち出された瞬間、手にしている武器を変えた。

ガシャンと重い音を立てて、嫋やかな手にM60、つまり汎用機関銃が握られる。しかも両手に一丁ずつ。

どう考えても片手でぶん回すような武器ではないそれを、魔力で腕力を底上げされたリョウの細腕は軽々と扱ってみせた。

エミーが撃ち出した無数の火球が、それを上回る数の弾丸によって叩き落される。

爆音と舞い散る火花に、エミーは飛び上がるように後退した。


「なんっ、な、なによそれぇ!?」


エミーの裏返った叫びは仕方のないものだ。

剣と魔法が重用されるこの世界にも、銃はある。が、それは古き良きマスケット銃程度のものなのだ。

当然リョウが作り出したようなフルオートで次々弾をぶっ放せる重火器など、この世界の人間にとっては未知の武器である。見た目のごつさと音の煩さの暴力性といったらない。

それでもエミーは持ち前の反骨精神と鍛え上げた魔法の腕で、その速射性、連射性に対応してみせた。

杖の先からあふれた火の粉が、生成と成長を同時にこなしながら撃ち出される。

かたや炎の塊、かたや鉛の弾。普通に考えれば弾丸は炎を貫いて当然なのだが、魔力で作り出された物質である炎は質量を持って弾丸を受け止めていた。

打ち破ることは不可能でも、この調子ならせめて相打ちまでは持って行けるだろう。

そう思ったエミーの頬を、炎の壁のごとき弾幕をすり抜けてきた銃弾が裂いていく。


「……っ! この、女……!」


エミーはぎりぎりと歯噛みした。

リョウの攻撃が、少しずつ弾速を上げていたからだ。

しかもエミーがなんとか対応できるギリギリの範囲を狙って、いやらしく吊り上げられている。

エミーには、弾ける火花の向こうで、リョウがにたりと笑った気がした。

実際の武器を呼び出すのではなく魔力で作り出しているという性質上、リョウの持つ銃は弾数も弾速も彼女の思いのまま。他人に負荷をかけて反応を見るのが大好きな女王様勇者は、それを嫌な方向に使いこなしているのだ。

あの女完全にこっちを虐めるつもりでやってやがる。と気付いたエミーは、早撃ち勝負に付き合わずありったけの火球を打ち出したあと、自分の周りに障壁を張った。

既に一敗しているチームのためにここで勝ちたいという気持ちも勿論あったが、エミーの胸は今それ以上に、優雅に笑ってこちらを見ているリョウをぶん殴ってやりたいという気持ちでいっぱいになっていた。

杖に彫られた魔法効果を補助する呪文を指先でなぞりながら、エミーは魔法の障壁に叩きこまれる弾丸も意に介さず、リョウを鋭い視線で睨みつける。

そうしてありったけの魔力を、一発の魔法へと注ぎ込んだ。

マグマのように凝縮された高熱の弾丸は眩しいほどの光を発しながら、身長160cmほどのエミーの体を覆い隠さんばかりに成長した。

それを見たリョウは、手の中の二丁の機関銃を消す。


「素敵ね。やり甲斐があるじゃない」


マグマの放つ光に照らされながら新しくリョウが生み出したのは、8.8cm FlaK 18/36/37。みんな大好きアハト・アハトであった。

本来戦車相手に向けられるどでかい高射砲を肩に担ぎ上げ、リョウはぱっと花の咲くような笑みを浮かべる。


「嬉しいわ。これ、撃ってみたかったの。いい機会をくれてありがとう」


喜色満面のリョウとは裏腹に、エミーはひくりと表情を引き攣らせた。


「馬鹿に、してんじゃないわよ!」


自分との戦いではなく、あくまで生み出した武器の性能を確認することを楽しむようなリョウの発言に、エミーはキレた。元々怒りっぽいところのある彼女にとって、リョウは完全に相性最悪の地雷である。

エミーは額に青筋を浮かべつつ、手にした杖とその先の特大火球に意識を集中した。

そうして彼女は己の心を奮い立たせる。自分の魔法は最高。最強。目の前の嫌味な敵を倒すに足る一撃だ、と。

ある程度技術を極めた魔法使いにとって、自身の魔法を強く信じるという行為はそれそのものが、威力と精度を高める効果を持つ。

エミーは信じた。己のこれまでの修練の成果は、必ずこの悪魔じみた表情で笑う女に届くのだと。


「死にさらせこの悪趣味女ぁ!」


正当としか言いようのない罵倒とともに、エミーは渾身の魔法を放った。

それと同時に、リョウもアハト・アハトでそれを迎え撃つ。

闘技場中がびりびりと震えるような轟音と閃光を放ち、二人の魔弾はぶつかり合った。

爆炎が晴れた後、その場に立っていたのは、炎の残滓を黒いドレスのような戦装束に纏わりつかせたリョウだ。

信じる心が魔法を強化するというならば、己の強さというものを微塵も疑うことのないリョウが有利であることは、言うまでもない。

……と、言いたいところだが、実のところリョウはお互いの魔弾がぶつかり合った結果衝撃波をもろに浴び、全身に重度の打撲を負っていた。

しかしここは神前試合のリング。傷などすぐに治る。

そして治る傷なら傷のうちに入らないというのがリョウの考えだ。

つまるところ彼女はとてつもない負けず嫌いなので、体が吹っ飛ぶような激痛を一時的に浴びたくらいでは、泰然とした笑顔をひっこめるはずがないのだ。

対照的に、エミーは己の身を襲った激痛に精神的なダメージを受け、リングに膝をついていた。治ったとわかっていても、すぐに立ち上がることができない。普通はそうだ。

エミーのダウンのカウントを取る審判の声を聞きながら、冷や汗を流す彼女のそばに、リョウはコツコツとヒールを鳴らして歩み寄る。

そして瞬きよりも早く手の中に生み出した拳銃を、エミーの額へとつきつけた。


「この引き金を引くかどうかは、あなたに選ばせてあげましょう」


恩着せがましくそう言って、にこりと慈母のように笑うリョウに、エミーは鳥肌が立つのを感じた。こいつほんと無理だなと彼女は思ったのである。

審判がゼロとカウントするより早く、エミーはリョウへ杖を向けた。

リョウはそれを見て微笑み、優雅さすら感じさせる仕草で引き金を引く。

エミーは己の頭の中を弾丸が貫通し、それが瞬時に治っていく感覚を味わいながら、極度のストレスで失神しばたりとリングに倒れ込んだ。


「第二試合勝者、リョウ・スナハラ!」


審判の宣言の直後、再び観客席からわっと歓声が上がる。

それを浴びながら、リョウは満足げにリングを降りた。

彼女はくるりと振り返り、担架で運ばれていく対戦相手の姿を楽しげに見送る。

エミーは立ち上がれず10カウントを取られて負けるより、敵の攻撃による痛みで倒れることを選んだ。

リョウは強気な人間を叩きのめして負かすのも好きだが、強気な人間が心折られず歯をくいしばって耐える様子を見るもの、同じくらいに大好きである。


「実りの多い戦いだったわ」


外したブローチを渡されながら、マリアは引きつった笑顔を浮かべた。


「左様でございましたか……」


そう言うほかに何ができただろうか。

ブローチを受け取る指先が若干震えているマリアの肩を、これからこのキチ勇者と二人並んで試合観戦をしなければならないトエットが、勇気づけるように叩いた。

マリアはその小さな手に、己の手をそっと重ねる。

やべえチームメイトがいるけれど、自分達は一人じゃない。

ベンチで早々に足を組んで寛ぎだしたリョウに引きつった笑顔を向け、二人はお互いを無言で励まし合うのだった。

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