第11話 予選第一試合
神前試合予選当日。
選手控室に集まった王国チームは、まったくまとまりのない様子で思い思いに過ごしていた。
三人はそれぞれにドレスのような意匠の戦装束を着込み、見た目だけならば華やかで美しいが、雰囲気はむしろどんよりとしている。
その原因である、控室の片隅のベンチに小さくなって座り込み、膝を抱えて青い顔をしているマリア。
その横でやりにくいなあという顔をしつつもマリアに飲み物をすすめてやり、あとは我関せずと自分の武器の手入れをしているトエット。
手の中に拳銃を出したり消したりして魔法の発動速度を確かめ、満足いく出来だったのか頷いているリョウ。
べつにチームワークの要求される競技をするわけではないので、問題ないと言えば問題ないが、マイペースな人間ばかりが集まったこのチームは、試合前だろうが意気込みもへったくれもない様子であった。
そのマイペースの筆頭であるリョウはちらりと時計を見て、黒いタイトな衣装の裾を翻し、二人に顔を向ける。
「そろそろ時間ね。行くわよ」
「わかりました……」
「はぁい」
この世の終わりのような顔をしているマリアと、気怠げなトエット。対照的な二人はそれぞれに返事をして、リョウの後ろについていった。
選手入場の合図である鐘の音と同時に、リョウは闘技場への入り口である両開きの扉を開く。
先頭が女王でリーダーであるマリアではなくリョウなのは、御愛嬌というかなんというか、ある意味たいへん王国チームらしい姿と言えよう。
リングを挟んだ反対側からは、帝国の予選チームの三人が同じく入場してくる。
闘技場内は帝王とマリアの練習試合の時とはうって変わって、大勢の観客が客席を満たしていた。
そのほとんどは王国帝国それぞれの国民だが、中には神前試合フリークとでも言うべき、ある種のスポーツファンのような層も一定数存在する。
選手たちの前に、神前試合を運営する神官の一人が粛々と進み出て、絹布の上に置かれた細いブローチを差し出した。
真っ白な金属にムーンストーンに似た宝石の嵌ったそれは、神前試合でリングに上がる人間が付ける神器だ。
最初にそれを受け取ったのは、黒地に白い花模様の刺繍やレースの飾られた戦装束を着たトエットだ。
首元にブローチを取り付けたトエットは、鐘の音とともにリングへと上がった。
帝国チームから出てきたのは、濃紺のシンプルな衣装を身に着けた、黒髪の美女、カラント・ラジーである。
審判席の神官が両者の名前を読み上げたあと、トエットが片手剣を、カラントが湾曲した刃の双剣を構え、二人は言葉もなく静かに対峙した。
武門に生まれ幼いころから訓練を受けてきたカラントは、目の前の小柄な少女の立ち姿に目を奪われた。
一見すると脱力しているようにも見えるような、気負いのない姿勢。あまりにも自然体で剣を構える姿。
これまで手合わせをしてきたどの戦士とも違う雰囲気に、カラントは柳眉にしわを寄せた。
ある意味隙だらけにも見えるが、それゆえにどう切り込んだものか迷ったのだ。
そんな彼女の様子を見て、トエットは小さく首をかしげた。
「来ないんですか?」
「……あら、構いませんよ。そちらから来てくださっても」
迷ったカラントは、後の先を取ることに決めた。
つまりはカウンターである。
彼女の修めた双剣術には、その独特な形状の刃で敵の武器を奪う技がある。それに相手がどう反応するか見極めよう、と考えたところで。
「じゃ、行きますね」
それだけ言って、トエットはゆらりと上体を前方へ倒すようにして一歩前へ出た。
そして次の瞬間には、カラントの目の前へ銀色の刃が迫っていた。
「っ!?」
カラントは後ろへ跳びながら腕を振り上げ、トエットの片手剣に双剣の刃を絡めとるように重ねる。
本来であればこのまま相手の手から武器を弾き飛ばす技は、トエットがカラントの腕の動きに合わせて跳躍したことで防がれた。
トエットはそのまま空中で体を捻り、大きく円を描くようにしてカラントへ頭上から切りかかる。
遠心力をしっかりと乗せた攻撃とはいえ、トエットはかなり小柄な体格だ。十分受けきれる可能性はある。
そう考えたカラントは、にも関わらず再び後ろへ飛び退った。
自分はいま、何に怯えた?
カラントは己の動きに疑問を覚える。
トエットが着地したタイミングに合わせて、左右で微妙にタイミングをずらした二連撃を仕掛けながら、カラントは先程と同じ寒気が己の背筋を走るのを自覚した。
膝を曲げて着地したトエットは、その瞬間を狙われていることを理解し、更に深く、地を這うように屈んだ。
そのまま腰を捻り、跳ねるように立ち上がる動きに合わせて、片手剣をぐるりと振り抜く。
無造作ともいえるその動きがどれだけ精密に計算し尽くされたものなのか、目の前で彼女の剣を受けたカラントにはわかった。
平凡な、けれど使い込まれ、トエットの体の一部とも言えるほどに馴染んだ片手剣が、完璧な太刀筋でカラントの持つ双剣とぶつかる。
交差は一瞬だった。
鍛え上げられた鋼で出来た双剣が、嘘のようにするりと切り裂かれたのだ。
落ちた刃が石板の床に当たって立てたかん高い音を、カラントは目を見開いて聞いていた。
「な、あ……?!」
柄だけになった双剣を握る彼女の首元に、異様なほど冴え冴えとした剣技を見せつけた少女は、最初と全く変わらない自然体の表情のまま片手剣を突き付けた。
カラントの額にぶわりと冷や汗が浮かぶ。
どう足掻いても縮まらない距離。
まるで、神前試合で初めて剣聖の戦いを観た時のような、突き放されるようなあの感覚。
それをまだ幼さの残る目の前の少女に感じて、カラントはあえぐようにはくはくと口を開いた。
「まいり、ました」
宣言を受けて、神官が勝者の名を呼ぶ。
「第一試合、勝者、トレット・ユリーシア!」
直後、会場内に爆発的な歓声が響いた。
まったく無名の少女が、いかにも強者然とした長身の女性剣士相手に、神業をみせつけ見事勝利したのだ。
王国民は勿論、帝国民もまた、この予想外の展開に湧いた。彼らは帝王の勝利を信じているからこそ、予選を強い対戦相手が勝ちあがってくることを喜べるのだ。
折れた剣を回収したカラントは、すっきりしたような表情を浮かべ、片手をトエットへ差し出した。
トエットはちょっと赤くなって、握手にぎこちない動きで応じる。
先程までの歴戦の戦士のような雰囲気をなくし、年相応の少女らしい無垢さを見せるトエットに、カラントはくすりと微笑んだ。
「驚いた。とても強いのね。お家も有名な流派なのかしら」
「え? いやぁ、あたしの家はべつに、普通のしがない騎士の家ですよ。訓練は一応見てたけど、ほとんど我流だし」
「……は?」
先程とはまた違う驚愕に目を見開いたカラントは、神官に促され、後ろ髪を引かれながらもリングを降りていった。
トエットもまたリングを降り、入場口の近くで備え付けのベンチに座って待っているチームメイトの元へと戻る。
その二人が声をかけるより先に、観客席からトエットへ慌てふためいた声がかかった。
「トエットー! お前、ちょ、あんなに強いなんてお兄ちゃん聞いてないぞ!?」
「そうだぞ! お父さんもお母さんもびっくりしたんだからね!?」
「うわ、みんな見に来てたの? やめてよ恥ずかしいなあ」
「来るに決まってるだろうが!」
この場の誰よりも慌てふためいているユリーシア家の皆さんは、それぞれが思い思いにトエットへ驚愕と称賛を浴びせかけた。
王城に出仕しメイドとして働いている末の妹が神前試合へ出ると知らされ、なにかの間違いではと思いつつ見に来たら、ちいちゃくて可愛らしいトエットがほぼ瞬殺といってよい試合運びで勝利したのだから、それは驚きもする。
トエットは実家では兄弟の訓練をよく見ていたし、剣を貰って素振りもしていたものの、本格的な鍛錬となると隠れて行っていたので、彼女の家族は誰も彼女の強さを知らなかったのだ。
なぜトエットが隠していたのかといえば、それは単純。なんだかちょっと照れくさかったからである。
トエットは剣が好きだし、剣を振ることも好きだが、自分の趣味を周囲に教えたことはいままで一度もない。
例えるなら、プロ顔負けの料理上手な素人がいたとして、作った料理を周囲に振舞うかといったらそれはまた別の話であるように、トエットにとって剣の腕を高めたい欲求はあっても、誰かと闘いたいだとか強さを見せつけたい欲求は一切なかったのだ。
それゆえにこの天才は、今まで表舞台に出ることがなかったのである。
「もう、トエットったら! 詳しいことは後で聞きますからね! あとお母さんセーター編んできたから渡すわね!」
「もー! そういうのも後で話して!」
思春期感あふれるやりとりをし、やっと家族からの愛とお節介溢れる声援から逃げだしたトエットは、今度はベンチで半泣きのマリアに捕まった。
「ト、トエットさん、おめでとうございます!!!!」
「声でっか……」
「ご立派でしたわ!!!!」
「ありがとうございますぅ……」
褒められれば褒められるほど気恥ずかしくて居心地が悪くなるトエットは、もにょもにょと口をゆがめて照れ笑いともなんとも形容しがたい表情を浮かべた。
そんなトエットの背中をパシンと景気よく叩き、リョウが目をにいっと細めて笑顔を浮かべ、彼女の首元に留められたバトン代わりのブローチを外す。
「よくやったじゃない。幸先が良いわね」
「あー、ありがとうございます……」
マリアとは別の意味で居心地が悪くなる、なんでも見透かしたうえで首輪でもかけられているような気分になるリョウの笑顔に、トエットは口元を引きつらせて返事をした。
召喚されて以降とんでもない速度で国の重鎮や実力者を骨抜きにしていった勇者様の誉め言葉というのは、メイドであるトエットからすれば、裏がなくともちょっと怖いなと感じてしまうものなのだ。初対面で拳銃をぶっ放されている身であればなおさらである。
しかしチームメイトから畏怖ともなんとも言い難い感情を向けられていようが、女王様メンタルな勇者は当然気にしない。
彼女はいつも通りにヒールの音をカツカツと響かせて歩き、リングのそばへと立つ。
胸元に白く輝くブローチを留め、リョウは今日も不敵に微笑んだ。
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