第10話 位置について用意ドン、の一歩前

リョウの采配でメイドの仕事を即日休職し、神前試合の選手として訓練をすることになったトエットは、職員寮の自室から愛用の片手剣を持ってきてチームメイト二人と合流した。

場所は城の敷地内にある訓練場だ。

ここは平らに均した土がむき出しになった地面を木の塀で囲んだだけの簡素な場所で、本来は大型のモンスター相手に陣形を組んで戦うことを想定した訓練などに使用するため、広く作られている。

便利な機材等があるわけではないが、大きさが神前試合で使用される闘技場のリングとほぼ同じで、練習にうってつけの場所なのだ。

マリアはここで、新しくチームに加入したばかりのトエットと一緒に、防具を着こんで向かい合っていた。ちなみにリョウは当然の如くすらりとしたドレス姿で審判の位置に立っている。


「お互い相手をノックダウンさせたら勝ち。その他のルールは特にないわ。治癒魔導士を呼んではいるけれど、治る範囲は限度があるから死ぬような怪我はしないように」

「あの、チームメイト同士で手合わせをするというのは、怪我の危険を考えるとあまりよろしくないのでは……?」


当たり前のように戦う流れにのせられてしまったマリアは、無駄とは知りつつ一応口を挟んだ。


「仕方ないでしょう。この国、本当に人材不足なのだもの。

いい? これはマリア、あなたのための訓練なのよ」

「わ、わたくしですか?」

「そうよ。さっきのトエットの動きを思い出してごらんなさい。予想外の場面で攻撃をされても咄嗟に避ける反射神経。相手に怯えないだけの胆力。どちらも素晴らしいものだわ。

一方マリア。あなたはその抜群の身体能力で帝王の攻撃すら避けるけれども、それだけではこれからやっていけないことは、自分でも十分理解しているでしょう」

「うっ……」

「人間と闘う、ということに慣れなさい。これはそのための訓練です」

「ううう……」


反論できないマリアは口をぎゅっと引き結んで唸った。

それを不憫そうに見ながらも、トエットはひょいと気軽に剣を構える。


「あー、まあそういうことらしいんで、よろしくお願いします。大丈夫ですよ陛下。あたし避けるのも手加減するのも得意なんで、なんとかなりますって」


いちいち言葉を選んでいては面倒くさいだろうから、というリョウの提案により、トエットは身分を気にせずかなり砕けた口調になっていた。それによって彼女の緩いというか気だるいというか、脱力したような独特の雰囲気が増している。

それとは裏腹に、彼女の持つ片手剣は、研ぎ澄まされた存在感を放っていた。細かな傷が付きつつもきっちり手入れをされている刀身は、何年も愛用されてきたのだということが伺える姿だ。

家臣に励まされたマリアは女王として頑張らざるを得ず、不承不承拳を構える。

それを見てトエットは頷き、手慣れた動きで切っ先をマリアへと向けた。


「では、行きます」


返事も待たず、トエットは一気に間合いを詰めた。

しかも切りかかるのではなく、一発当たれば深手を負う突きを選択するという、初心者相手にめちゃくちゃに容赦のない攻撃である。


「あ゛あ゛ーーーーーー!!!!」


マリアはいつもどおりキレの良い悲鳴を上げて避けた。

横に跳び、そのまま踵を返しかけて、ぐっとこらえる。

本能的な反射で逃げ出しそうになった体を意思の力で押しとどめ、マリアは前へと飛び出した。

帝王にも認められた正拳が、剣を握るトエットの右手を狙う。

トエットは片足を前方へ踏み出し、逆袈裟にマリアを切りつける動作でそれを回避した。

二人が意外とテンポよく攻防を続けるのを眺めながら、リョウはふむとひとり頷く。


「……この調子で慣れてくれれば、まあ、間に合うかしらね」


トエットはすぐにでも試合に出られる最高峰の人材。

リョウも天性の才能と負けず嫌いゆえの努力によって、ほんの数日前まで日本で暮らしていたとは思えぬほどに、武器を使用した戦いに慣れてきている。

問題のマリアは帝王との戦いを経て、欠点であったメンタル面の弱さを一歩ずつ克服しつつあった。

試合のメンバーであるマリア、リョウ、トエットの三人の名前を、リョウはじつはトエットに声をかける前から、とっくに神殿闘技場へ選手として提出していた。狙った相手は確実に頷かせるという自信があったからだ。

そして彼女はその際、予選に出場する相手チームの選手名を聞いていた。


帝国は平和ボケ国家である王国と違って選手層が厚い。

周辺一帯に喧嘩を売った影響で、これまでも他国から何度か再選要求をされていたが、帝国側の予選選手は毎回別のメンバーが選ばれていた。

勝とうが負けようが帝王チームが最後に全て蹴散らすのだから、予選では見込みのある若手に出場させ経験を積ませてやろう、という狙いなのだ。

つまり予選ではすでに名の通っている戦士は出場せず、そのぶん勝率は高いといえたが、相手の情報をほとんど掴めないというデメリットもあった。

対戦相手に合わせた作戦を練れないとあって、リョウはチームの主力でもありネックでもあるマリアを、とにかく鍛えることにしたのだ。

大会まではほんの数日。

王国チームは彼女たちなりのやり方で、どうにかこうにか力を伸ばしつつあった。


一方帝国チーム。

予選に出場するのは奇しくも王国チームと同じ、女性三人のチームだった。

人口に占める脳筋の割合が非常に多く、魔力による強化によって女性でも男性より高い身体能力を発揮できる場合がある世界とはいえ、これはなかなか珍しいことといえた。

帝国史上最も強いと謳われる今代帝王ハーゲンの、破竹の勢いの快進撃により、帝国の戦士たちの士気は素晴らしく高まっている。

対イルグリア王国戦チームリーダーであるティオ・ラングルも、帝王に憧れる人間の一人だ。

鮮やかな赤髪をショートに切り整えた彼女は、引き締まった体に革鎧を纏い、愛用の両手剣で素振りをしていた。

これは彼女が戦士として身を立てると決めて以来、毎日朝晩欠かさず繰り返している日課だ。

今日のノルマを達成し、顎からしたたる汗をティオが手の甲で拭っていると、訓練場の入口から、ポニーテルの金髪を跳ねさせて小柄な女性が駆けてくるのが見えた。


「ティオー! 王国の選手が決まったって!」


声をかけてきたのは、彼女のチームのメンバーであり幼馴染でもある、魔導士のエミーだ。

その後ろには、エミーとは対照的な真っ直ぐな黒髪を肩まで伸ばした、もう一人のメンバーのカラントの姿も見える。

ティオは剣を腰に吊るし、二人に向き直った。


「マリア女王と、もう一人は召喚された勇者だろう。最後の一人は?」


尋ねれば、明るくやかましいエミーがすぐさま口を開く。


「もう一人は全然聞いたことない名前。トエット・ユリーシアだって。ユリーシア家は王国の騎士の家系らしいんだけど、ティオは知ってる?」

「いや、全然。将軍ならともかく、他国の下級貴族までは知らないよ。

でも名前からして、相手チームも全員女なのか」

「そうみたい!」

「そうか……」


黙り込んだティオに、すらりとした長身のカラントが、落ち着いたアルトの声にどこかからかうような色を滲ませて話しかけた。


「ティオはマリア女王と闘いたいのでしょう?」

「……なんでそう思うんだ」


むっとしたような顔でティオがそう言うのは、照れ隠しだ。カラントの言葉が図星だったのである。

彼女たち三人は、帝王と女王の練習試合を見学していた。

ティオはそこで憧れの帝王と一対一で戦うマリアを見て、その逃げ足に呆れ、手加減されているとはいえ帝王の一撃を避ける身のこなしに驚き、そして最後の二人の真正面からの打ち合いに、息を飲んだ。

王と王太子の敗北を受け急遽女王となった少女は、まったくもって粗削りではあったが、それでも輝く才能を秘めていることがティオにもわかった。

自分だったらあの鋭いストレートをどう避けるか、どう間合いを詰めて、一撃を入れるか。

そう考えてはこうして黙り込むリーダーの内心を、チームメイトたちはとっくに察していたのだ。


「ティオって本当に戦うの好きだよねえ。じゃあわたしは勇者さんとの対戦を狙おうかな。女性勇者ってたいてい魔導士だから、わたしが丁度良いでしょ」

「では私はトエット・ユリーシアの相手を。おそらく騎士でしょうから、相性も悪くはないでしょう。他二人の地位から考えて、彼女は先鋒でしょうか?」


神前試合は事前に選手名を登録し、戦う順番は当日に決めることができる。

対戦相手がどの順番で出場するのかを知ることは基本的には出来ないが、女王であるマリアはまず間違いなく大将戦に出ることが決まっているため、彼女とだけは確実に当たることができる。

エミーとカラントはそれゆえ、先鋒と次鋒をそれぞれどちらが担当するか話し合っているのだ。

リーダーを差し置いて勝手に出場の順番を決め始めた二人に、ティオはため息をつきつつも、仕方ないなあと苦笑した。

明るく強引なエミーと、マイペースで我の強いカラントは、それゆえ色々と苦労させられることもあるが、天邪鬼で照れ屋なところのあるティオとの相性は案外良い。


「じゃあ先鋒はカラント、次鋒はエミー、大将戦はあたしが。これでいい?」

「いーんじゃない?」


にっこりと笑う能天気な二人に、ティオは再びため息をついた。


「プレッシャーが無いのは良いけれど、いくら後ろに帝王様が控えていてくださると言っても、これは神聖な神前試合なんだからね。気を抜くんじゃないわよ!」


夕日の照らす訓練場に響くリーダーの声に、チームメイト二人は、それぞれ不敵な笑みを浮かべて返事をした。


「あったりまえじゃないの。絶対勝つわよ!」

「問題ありません。楽しみですね」


王国チーム、帝国チーム、それぞれに意気込みを胸に抱きつつ、戦いの日は刻一刻と近付いていた。

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