第8話 勝者と敗者の反省会
王城に戻ってきたハーゲンは、自分の前に突如現れた輝かしい才能を持った少女のことを思い出し、一人脳内で反省会を始めた。
なんであんなに思いっきり殴っちゃったんだろうな。引かれてないかな。と今更思ったのである。
鍛えればハーゲンに匹敵する、いや、場合によってはそれ以上の戦士となるだろう素晴らしい原石を見つけて闘争心が燃え上がるあまり、一応の手加減はしたものの、素人相手にかなりノリノリで打ち込んでしまった。
しかもその後、待っているなんて伝言までしてしまった。
ハーゲンは30を超えたそこそこいい大人である。
彼は10歳以上年下の美少女に対して自分が自意識過剰なムーブをかましてしまったのではないか、と一人で反省するほど、帝王のくせに自己肯定力が低かった。
しかもこの待っているという発言、彼女と予選で闘う自国の戦士が負けてもむしろOKと言っているようにも解釈できるのではないか、とまで考えて、ハーゲンはますますしょんぼりと肩を落とす。
あの場でのあの発言は、勇者であろう黒髪の女性と自分にしか聞こえていなかっただろうけれど、自国の威信を背負って予選で戦う部下たちにもし知られてしまったらと思うと、胃がキリキリと傷んだ。
戦場以外の場所において、彼はかなり気を使うタイプなのである。
そんなハーゲンが執務室へ向かうべく廊下を歩いていると、後ろからチームメンバーのロルフが声をかけてきた。
「おっ、ハーゲン。やっぱり落ち込んでるな!」
「お前はいやに元気だな……」
ハーゲンの言う通り、ロルフは大層朗らかな笑みを浮かべていた。
元々この若き剣聖は陽気だが、今日はそれに輪をかけて笑顔が華やいでいる。
「そりゃ元気にもなるさ! 全く期待していなかったイルグリア王家が、まさかあんな人材を抱えているとはな! きみも彼女に期待しているんだろう?」
「しては、いる」
「そしてちょっとやりすぎたかなと思って反省しているんだろう。本当に気が小さいな」
「……」
友人であり戦友である男の遠慮のない発言に、ハーゲンは渋面を作る。
その通りだがひとから言われるとちょっと気にくわない。という心境なのだ。
しかしながら、この男に口では敵わないと知っているハーゲンは、咳払いをして話題を変えた。
「まあそれは置いておいて。ロルフ、お前、それ以外にもなにか良いことがあったんじゃないか」
「おや、どうして?」
「女王は確かに強かったが、彼女と闘うのは俺だ。お前は自分が戦えない相手が強いからといって、そんなにはしゃがない」
「なるほど。さすが帝王様は慧眼でいらっしゃる」
「嫌がらせか……?」
ハーゲンのコンプレックスを理解したうえで茶化してくるロルフに、帝王様はますます表情を渋くしたものの、陽気な剣聖は全く気にしない。
彼はどこか遠くを見るような目をして、きらきらと期待に輝く瞳を細めた。
「私もね、面白い奴を見つけたんだよ」
その表情はどこか獲物を見つけた狐じみていて、ハーゲンは彼に目を付けられた見知らぬ人間に対して、心からの同情をした。
勝者が反省会を開いている頃、敗者であるマリアはそれ以上にめちゃくちゃにへこんでいた。
練習試合に同行していた家臣や侍女たちは、帝王相手に大健闘だったと慰めてくれたが、結局のところ負けは負けに違いない。
シャワーを浴び、気を使ってかいつもより多めに用意してくれていた日課のおやつを食べたマリアは、少しの間一人になりたいと言って寝室に籠り、はしたなくもベッドへダイブした。
「んあ~~~~~~~~~~~!!!!」
声を上げてふかふかのおふとんの上を転げまわり、枕を抱きしめ、ぼふぼふ叩き、ひとしきり鬱憤を発散したマリアは、力なくうつ伏せになって黙った。
無言でベッドに五体投地している女王の姿はそこそこにシュールだが、マリアとしては真面目な反省タイムである。
今日の戦いを振り返り、マリアは腹の底から恥ずかしいやら情けないやら、やり場のない思いを抱いて泣きたいような気分になった。
予想していたとはいえ、実際に自分の力がまったくこれっぽっちも通用しないと思い知らされると、それはそれで心に傷を負うのだ。
こんなにわか仕込みの、モンスター相手に実戦をちょっとしただけの小娘が、これまで戦い一辺倒で鍛え上げてきた帝王相手に最初からいい結果を出すなんて、そんな夢物語は少しも期待していなかったが、それでも。
マリアにとって一番ショックだったのは、自分が帝王の最初の一撃に恐怖して逃げてしまったこと。そして最後に失神してしまったことだった。
フィジカルで、あるいは技術で敵わないのは当然のこと。心構えも遠く及ばないのは今更である。
けれど、せめて最初から逃げずに立ち向かえたなら。相手の一撃を受け切る覚悟があったなら。
少しは結果が違ったのではないか。
マリアはそう思った。
彼女は小心者で怠惰でわりとどうしようもない部類の人間ではあるものの、だからこそ心の持ちようひとつで変わるものがあるのだと、自覚している部分も多い。
今までの人生の中で、本当は一切まったくこれっぽっちもやる気がなくとも、仕事だからと自分に言い聞かせてこなしてきたことも多いからだ。
神殿闘技場で負った傷は、すぐさま治る。
つまり体力が尽きず、心が折れない限り、力量差があっても戦うこと自体は可能だとも言える。
けれど先程の試合のマリアには、戦う度胸すらなかった。
「……次は、もっとちゃんと戦えるかな」
マリアはぽつりと呟いた。
せめて逃げずに、最初から正面切って戦えれば、すこしは自分で自分を許せるかもしれない。
胸の奥に小さな決意を宿し、マリアがむくりとベッドから起き上がった瞬間、寝室の扉がばたんと無遠慮に開いた。
女王の寝室の扉をノックもなしに勢いよく開ける人間は、遠慮容赦のない世話係のリズか、女王様勇者のリョウくらいのものである。
マリアがベッドにぺたんと座ったまま振り向くと、そこには長い黒髪をなびかせたリョウの姿があった。
「あら、お昼寝?」
「い、いえ。ちょっと休憩していたところです」
マリアはベッドから降り、ささっと服装の乱れを直して淑女然としたお辞儀をした。
落ち込んでいても外面を取り繕うことができるしぶとさは、彼女の長年の貴婦人生活の賜物だ。本人としては自覚が薄いが、マリアはその気になればポーカーフェイスにもなれるのである。もっともそんな機会はほとんどないが。
敗北から一応立ち直ったマリアを見つめ、リョウはふむと小さく頷いた。
「呑気にへこんでいるようだったら縛り上げて吊るしてやろうかと思っていたのだけれど、必要なさそうね」
「なんておっしゃいました??」
マリアはスパルタコーチのしごきを辛うじて回避したことを察し、一歩後ろに引いた。彼女の美しいライトグリーンの瞳は、今日は練習試合をしたのだからもっと休みたい、とひしひしと訴えている。
しかし効率厨かつ病的なほどの前向きさを持つリョウは、試合までの短い準備期間中に部屋に籠って無為に過ごす、などという行為を許すはずもない。
いつも通りしっかり腕を握って部屋から連れ出され、そろそろこんなやりとりにも慣れつつあるマリアは、前を歩くリョウへ声をかけた。
「リョウさま、わたくしまだ訓練着に着替えていないのですけれど、本日はどういった訓練なのですか?」
「訓練は一旦置いておいて、今日は別の用事を済ませるわよ」
「というと?」
小首を傾げるマリアに、くるりと後ろを向いたリョウは、にっこりと楽しげな笑顔を向けた。
「選手をスカウトしに行くの」
その言葉に、マリアはそういえば三人目のメンバーが決まっていなかったな、と思い出す。
そして同時に、目の前の天上天下唯我独尊勇者の言う「スカウト」とやらがほぼ強制であろうことを察し、まだ見ぬチームメイトに対して、こっそりと同情をした。
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