第3話 やべえ性癖と女王
勇者がパチンと指を鳴らしたとたん、それまで部屋の隅に控えていた従者たちがテキパキと動き回り、謁見の間にソファとテーブル、ティーセットを用意し、そして風のような速さで去っていった。
謁見にそんなサービスあったんですね、という気持ちでマリアが唖然とそれを眺めていると、勇者は優雅にソファへ座り、自分の横に座るよう指先ひとつでマリアに指示をする。完全に人の上に立つことに慣れた人間の動きである。
マリアは断る理由もないので勇者の横に座り、用意されていたクッキーをぽりぽりと摘んだ。
この状況で即座にお茶菓子に手を出すあたり、自覚は無いが彼女は実のところ、なかなか図太い性格をしている。
上品で優雅な挙措を保ちつつもハムスターの如くクッキーをむさぼる器用なマリアに、勇者は優しげと言ってもいい視線を向けつつ口を開いた。
「この国の情勢はあなたが寝込んでいる間におおよそ聞きました。国の代表として戦うということにも同意しています」
「まあ! よかった。安心しましたわ」
「試合日程は、1週間後に帝王チームと戦う権利を勝ち取るための予選。これに勝てたなら一か月後に帝王チームとの本番、ということでいいのですね?」
「はい、そうですわね」
「どちらかが二勝して決着をつける、ということはしないのかしら?」
「ええ、しません。神前試合はもともと引き分けになる確率が一番高いのです。各国の国民が平等に生きられるように、という思し召しで神がお考えになられたルールだと言われていますわ」
「あらまあ。お優しいこと」
勇者は白けたような顔をして、指先にくるりと黒髪を巻き付けた。
国家間の争いといえば血で血を洗う戦争と相場が決まっている修羅の国地球出身の彼女としては、このファンタジー世界のルールは非常に生易しいものに思えたのだ。
とはいえ、そのシステムはスッキリしないから代わりに血みどろの争いを普及させよう、などと提案するほどの鬼畜ではない彼女は、ひとまず郷に入っては郷に従えの精神でマリアの話を飲み込んだ。
「まあ、いいでしょう。試合数が少なくて済むならそれに越したことはないわ」
「異世界のかたにはあまり馴染みのないものなのですね。こちらではこの試合は、国民の誇りにも関わる、とても大切なものなのですが」
「誇り?」
「ええ、誇りです。なにせ神前試合というものは、負けるととてつもなく悔しいのです。
それはもう、滅茶苦茶ものすごく七転八倒するくらい、とんでもなく悔しいのです!」
「……なるほど?」
「おわかりいただけましたか?」
「なにもわからないけれど……、なるほど、異文化だわ」
そうとしか言いようがない。
勇者としては実感を持って理解し難いことではあるが、この世界における、自国が神前試合で負けた、という出来事は、地元の高校野球チームが甲子園の決勝で逆転ホームランを決められて負けるレベルに悔しいことなのだ。
見ている側ですらそうなのだから、戦う側ともなればその悔しさは筆舌に尽くしがたい。
再び高校野球で例えるなら、三年生の夏に甲子園の決勝で、同点で迎えた九回裏に自分のミスで点を取られて負けるような、そういう悔しさだ。しばらくの間は装備品や訓練で使った道具すら目に入れたくなくなるし、数十年経っても時々夢に見て飛び起きる。そのレベルのトラウマである。
逆にそれだけ悔しいからこそ、負けた際には属国となることに納得できるとも言えた。
勇者はこぶしを握って力説するマリアに若干引きつつ、頷いて話を続ける。
「それなら負けて捕虜になったというあなたのお父上とお兄様も、今頃さぞかし悔しがっているのでしょうね」
「はい、おそらくは。ただ……」
「ただ?」
「その、国際法に基づき捕虜は健康で文化的な生活を保証されているのですが、じつは敵国にたいへん腕の良い幻術師がいるらしく、父と兄はそれはもう快適な暮らしをしているそうで……」
「あらまあ」
「父は毎日ふわふわのネコチャンに囲まれる幻覚に耽溺し、兄は異世界に転生して強大な能力で一騎当千の活躍をする物語を主人公視点で見て熱狂しているらしく……。おかげで議会が身代金を出し渋り、わたくしが女王として即位する羽目になったのです」
「予想以上の駄目異世界っぷりだわ」
勇者とマリアは揃ってため息をついた。
前国王は重度の猫好きでありながら、可愛いものを見ると目をかっぴらいてしまう体質のせいでまったく猫に懐かれず、王太子は立場ゆえのプレッシャーでうっかり歪んでアレな青年に育ってしまった。
そしてマリアは、リーダーシップやカリスマ性という言葉からほど遠い、びっくりするほど女王という立場が似合わない性格をしている。
勇者は二日で陥落させられたこの国の重鎮たちのチョロさと、王族の頼りなさに、心の底から呆れた。
とはいえきちんと礼儀に適った対応をされているし、呼び出された目的も死ぬほど過酷というわけではなく、生活も快適ではあるため、不満を抱くほどではない。
そしてなにより、彼女にとってこの王国に力を貸してやろうと思う原動力が、目の前にあった。
勇者はマリアを見つめ、にこりと不穏な微笑みを浮かべる。
「なにはさておき、まずはチームメンバーを決めなければならないわね」
「そうですね。勇者様と、そのほかに二人。わたくしとしては宮廷魔導士や騎士の中から特に強いかたを選びたいのですが……」
「一人はもう決めているわよ」
「あら、そうでしたの」
「ええ。あなたよ」
「んっ?」
マリアはにこりと作り笑いを浮かべたまま固まった。
あなた。それは一体どういう意味の言葉であろうか。ぜんぜんわかんないですね。
思いもよらない提案に、マリアの脳は完全に理解を放棄した。
しかし女王様じみた勇者は、そんな情けない女王に一切容赦してくれない。
「あなたよ。私とあなたでメンバーのうち二人は決定」
「いやいやいやいや、わたくしは王族ではありますが、これっぽっちも戦闘訓練なんて受けておりませんわよ!? ドのつく素人ですわ!!」
「あらそう。ところで勇者が持つ魔法についてご存じかしら」
必死の否定をあらそうの4文字で流されたマリアは、自分ではどう足掻いても会話の主導権を握れないと察し、渋々相手の質問に頷いた。
「ええ、ステータスという、人間の持つ様々な能力などを可視化する魔法をお持ちだとか。歴代の勇者様たちはこの力で有力な人材を見つけ、スカウトし、神前試合を勝ち抜いたと聞いておりますわ」
「なら話が早いわね。私はあなたをスカウトしているのよ」
「いや……。えっ? あの……こう言ってはなんですが、見込み違いでは……?」
「あらぁ、気が小さいわりに口答えするなんて。生意気な子なのね」
楽しそうにうふふと微笑んだ勇者は、マリアの両耳をぎゅっとつまんで立ち上がり、そのまま彼女をぷらんとつま先が床から浮くほど持ち上げた。
召喚特典として各種身体能力が強化されている勇者にとって、この程度は朝飯前である。
「オ゛ア゛ーーー!? ちぎれるちぎれる無理ですご勘弁くださいまし!! 誠心誠意戦いますわ!!!!!」
「ギブアップが早いわねえ」
光の速さで屈したマリアはソファにそっと降ろされた瞬間、赤くなった耳を両手でさすってべそべそと泣いた。
しかしながら彼女は妙なところでしたたかなので、実際に訓練をしてみて自分が駄目駄目であることが目に見えて分かれば、この謎の大抜擢から解放されるだろうと腹の内では考えている。つまりこれは屈したフリだ。
ということを、この短時間の付き合いから勇者は見抜いていた。たった二日で城内のあらゆる人間を骨抜きにした彼女の観察眼は、当然のことながら非常に優れている。
マリアの目尻をそっと指先で撫でて涙をぬぐい、勇者は慈母の如き微笑みを浮かべた。
「私はね、人の苦しんでいる顔を見るのが大好きなの」
「変態だ!?」
マリアは叫んだ。
薄々そうだろうなとは思っていても、本人からなんの脈絡もなしに告白されると、さすがに心臓に悪いものがある。
マリアのひねりの無いツッコミに、勇者は楽しそうに笑みを深めた。
「あら、勘違いしないで。苦しんでいさえすれば何でもいいというわけじゃないのよ。私が愛している苦しみは、その出来事が本人の成長に繋がる、超克のためのものなの。
悩み、打ちひしがれ、努力の果てに人間として一歩前進する、その過程の苦しみでなければ、ちょっと楽しいなと思うだけだわ」
「結局楽しんでいる……!」
「そして私がこの国で二日間あらゆる人間を見て、最も強くなれると判断したのが、あなたよ。
あなた自身は気付いていないようだけれど、あなたが秘めている力は素晴らしい!
まさしく逸材。まさしく天才。
私があなたを、最強の王にしてみせる……!」
「ひぇ……」
難解な性癖を持つ勇者に爛々と輝く瞳で見つめられ、マリアはただただ怯えて縮こまった。
これまでの人生で最も濃い厄介ごとの匂いに、彼女はどうにか逃げ出そうと頭を働かせたが、勇者の行動力はマリアの緩めの脳の回転よりはるかに勝っている。
勇者は怠惰な女王の腕をがっちりと掴み、怯える彼女に無情にもこう言い放った。
「さあ、観念してゲロ吐くくらい猛特訓しましょうね!」
こうしてマリアは本人の意思とは裏腹に、最強覇王への道を歩むはめになったのである。
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