第8話 男達の恋バナ(業務用)
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ルークは馬鹿だ――。
まあ、何の新鮮味の無い感想なのだが、今回に限っては、そのお馬鹿さを利用されて酷い目に合ったのだからと、カイムは何とも言えない気持ちになったものだ。
単純に馬鹿にされ煽られ、ハメられた。
カイムは喧嘩両成敗という手は取らなかった。相手の猟犬に明らかな悪意があったからだ。猟犬が主人へ隠し仰せるものなど一つも無い。どちらも馬鹿で、馬鹿なりに真っ向から喧嘩をしているのなら、カイムは双方を謹慎処分等で罰して終いにしただろうが、今回の場合は相手が嫉妬故に、一番若く単純馬鹿のルークに目を付けて、最も赦されない行為をしてしまったのだ。
礼装の若いルークに激しい攻撃性を覚えていた。
これこそ猟犬が持つ負の側面を如実に表している。
ルークへ喧嘩をけしかけた猟犬は、完全にカイムの怒りに触れたと、言い切っていいだろう。
主人は猟犬を一匹処罰した。
もう、それでこの件に触れる者はなかった。
そうしてラスティンとランドルフの喪が明け、ステルスハウンドに日常が戻って来た――ヨルムンガンドをその懐へ抱えたまま。
結局、この三日間ルークの件に手を付けた以外、カイムはジゼルの眠る部屋で、ヘルレアと寄り添って過ごしていた。しかし残念ながら、カイムとヘルレアの間には何の進展も無かった。寧ろ、カイムはヘルレアから相手にもされず、放って置かれたと表現する方が正しい。会話らしい会話も殆ど無く、冷たくあしらわれていた。
カイムは、喪が開けた仕事初めに――喪に服した三日間も仕事はしていたのだが――影に在席する面々を、今度は会議室へ集めた。
ヘルレアへ関する進捗状況を確認するためであった。
ジェイドがふんぞり返って主人を見る。
「で、スケベな坊っちゃんとはどういう事だ」
「ヘルレアとキスをした」
カイムは何故か気まずかった。
カイムという男は元々私事がない稀有な存在だ。日常生活は当たり前として、最も私的なはずの性関係や、その内容も把握される。普通は抵抗があるはずだが、カイムは特別な教育を受けているので、一般人の感覚とはまた違うだろう。特に相手がヘルレアでは一挙手一投足の情報が求められているので、中々にその内容もエグいものになりそうだった。
「良かったですね」ルークはすっかり復活して、のほほんとしている。
「ヘルレアから誘われてキスをした。している間に背中に手を回したが拒絶されなかった。受動的になって下さりつい頭に血が昇って……
「十三、四の子にそんないかがわしい事をしたのか」
「うわ、俺ちょっと無理っす」
「何故こういう時に限って年なりの扱いなのか」
ルークが笑っている。
「まあ、それは冗談として。驚いた。あのヘルレアがそこまで身体を許すとはな」
「一つお前達に黙っていた事がある。ヘルレアに手を舐められたのはジェイドに話していたが、実はあれからずっと王へ欲情していたんだ」
ジェイドが引き攣るような、微妙に軽蔑を含んだ顔をしている。
「……王の能力か」
「王へしか興奮を誘われない」
「確か視覚的扇状性もあると聞いたことがありますが」ハルヒコが考え込んでいる。
「そうだな、一方的な粘膜接触が特に強い誘引能力があるようだ。あれは酷い性的欲求で、ヨルムンガンドへすら性的暴行をしたくなる。だが粘膜同士となると、逆に異常な快楽をもたらす」
「エグいな」ジェイドが顔をしかめる。
「だが、ヘルレアとキスをしてから、あの方への異常な欲情がすっかり治まってしまった」
チェスカルが独り言のように呟く。
「それは明らかに生殖の効率化のように思われますね。順をたどる事によって脳へ覚えさせている可能性があります。軽度の接触で欲求を植え付け続け、ストレス状態に置き、後に粘膜系同士――まずはやはりキスなどによって絶大な快楽を与え、不満の解消する悦びをもたらし、それを順繰りに行っていけば……」
「ヤクじゃねえか」
「カイム様、ヘルレアに目を付けられたんじゃないですか」ルークが楽しそうだ。
会議室が沈黙に包まれる。
ルークが同僚等を見回す。
「あれ?」
ジェイドが鼻をほじっている。
「それは俺達の目的としては悪くないが……」
エルドがなんとも言えない顔をした。
「危険だと思います。番というのは性の
ジェイドが鼻をほじった手を何事もないように下ろし、ため息をついた。
「番の本質か。業界で生きている以上、ヨルムンガンドの番になるという戦略はけして珍しいものでもないが。王に引きずられて食い潰されるというのも、また珍しくない」
「途轍もない
皆、一様に重い息をつく。
「ヘルレア、ヤらせてくれそうでした?」ルークが意味不明なタイミングで、男友達のように発言する。
カイムはいつもの事だと苦笑いする。そして、そういった変なところで、つい平常だな、と安堵してしまった。
「失敗したんだよ」
「失敗とは何をしたんだ」ジェイドが胡散臭そうにしている。
「本当はこの話がお前達には一番大切だったかもしれない。ヘルレアと性的な接触をすると、僕は殻を閉じていられなくなるようなんだ」
さすがのルークさえ固まっている。他の猟犬は皆、動揺していた。
「お身体に大事はありませんか」チェスカルはやはり理性的だ。
「僕や君達の事についてはまた別で話さなければいけないと思う。今はヘルレアを中心にして話そう」
「そうだな、議題はヘルレアとヤる話だ」
「それで僕は動揺して思わずヘルレアを遠ざけてしまった。あのまま身体を触っていたら、正直、僕は止められなかったと思う。ヘルレアに拒絶されない限り。さて、何が起こっていたものかな」
「いつそんな状況になったんだ」
「これこそ皆は引くと思う――保護した子供が眠る部屋でヤッてた」
「どんなプレイですかそれ。マニアック過ぎる」ルークはもう言いたい放題だ。
ハルヒコがルークを叩く。
また気まずい空気が満ちる。
ジェイドが咳払いする。
「まあ、他の雑事は取り敢えずいいとしよう。ヘルレアは身体を許してくれそうか?」
「後々お聞きしたら……調子に乗るな、前戯にもならないそうだ」
「ヨルムンガンドには物足りないのかもな。言って、舐めた程度か?」
「僕にはキツかった」
「カイム様、童貞ですもんね」
ルークが雨が降りそうですね並に、さり気なく主人の貞操を大声で振れる。
「ルーク、失礼な事を言うな」さすがにチェスカルが叱っている。
「僕が童貞かは置いといて、多分ヨルムンガンドとの行為は簡単にはいかない。体力も精神も飛び抜けて差の無い人間同士と、同じに考えていてはいけないと改めて実感させられた。番になる前に求められる触れ合いとなると、まだ、肉体がただの人間そのままだから、それは一種の闘いになりそうだ」
「悦ばせられなかったんで……」ルークが喋った瞬間ハルヒコがその口を塞ぐ。
何度目かの変な空気。
「少し息を乱していらした。可愛らしくて頭に血が昇った」
「良かったじゃないですか。もう一回お願いしたら、今度こそ最後までヤれるんじゃないですか……」
扉が爆音と共に吹っ飛んだ。
猟犬達が一斉にカイムへ走り寄ると、騒ぎから主人を守ろうと立ち塞がる。銃を既に構えていた。
「ヤるだの、ヤらないだの、お前らは一周回ってピュアな男子学生か。全部丸聞こえなんだよ。この平均年齢三十前後のエロガキ共」
ヘルレアが会議室に躍り出る。
「……王、お赦しください。これが仕事なんです」
「お前ら楽しんでいただろうが」
「やぶさかではないな」ジェイドは他人ごとの顔をして頷く。
「やっぱ猥談は面白いですよね」ルークが笑う。
「覚悟はいいな」
なんとなく皆、締まりなく銃を構え直す。
「そんなに見たいならな……」
ヘルレアは一瞬で掻き消える。と、思ったらカイムの前にいた。猟犬が慌てる。
「目の前で見せてやるよ」
カイムは胸ぐらを掴まれて引き下ろされ、ヘルレアに口付けをされてしまった。しかも軽いものではなく舌も無理矢理こじ入れられる。
「すげー!」ルークが喜んでいる。
カイムは全く動けなかった。目だけで周りを覗うと、殆どの猟犬は苦笑いしている。何に注目すべきか分からず慌てていると、チェスカルが手で払う合図をする。猟犬は一瞬で理解して退室していく。
カイムはさすが我が仔達だなと、ヘルレアへ意識を集中すると、首に手を回された。
パフォーマンスではなく、何故か本格的に始めるらしい。待ったと、止めたくなったが、ヘルレアはカイムの口にムシャぶりついている。咳が出そうになったものの、集中力が出て来ると興奮し始めた。
夜空の星が活発に瞬いていると気が付いた。
カイムはもう意固地になって心身を閉じる事を止めているので、自然に世界が広がっているのだ。
激しい、それこそ攻撃衝動にも似た欲求の中で、求めれば求めるだけ、凄まじい快楽が与えられ頭を真っ白にする。
カイムは思わず固く目を瞑った。強過ぎる快感は忍耐を要する事にカイムは気が付いていた。
ヘルレアの舌が乱暴にカイムの口腔を犯していた。カイムの舌は完全に逃げ場を失っている。呑み込めない唾液が口の端から垂れて、窒息しそうだった。
カイムは気が遠くなりかけていたが、ヘルレアの身体を抱えて密着する。そうするとヘルレアの勢いが衰える。優しく舌がカイムの腔内を愛撫し始めて、彼は穏やかで安定した心地よさを注ぎ込まれるようになった。
――不味い。
カイムは性懲りもなく、ヘルレアの身体を弄り始めた。止められない。手を出してはいけないところまで、触ってしまいそうだった。
――もう駄目だ。誰か。
「お前ら、真っ昼間からもう止めとけ」ジェイドが飛び込んでくる。
「どうだ、猟犬共。よく観察出来たか」
「え?」カイムは息を切らしている。
「え、じゃないだろ、こいつら潜んで見ていたぞ」
「周りが見えなくなってしまわれるようですね」チェスカルが頷く。
カイムの腰が砕けた。
「やりますね、カイム様。ちゃんと攻めてたじゃないですか」
ジェイドが米上を揉んでいる。
「ちくしょう、酔った」
「やっぱり、そうですよね」ユニスが苦く笑う。
猟犬が皆、気まずそうにしている。
カイムは顔を覆う。
「悪い事をした。感覚も感情も、全部お前達に垂れ流してしまったな」
ヘルレアが微妙な顔をしている。
「ヤったら全部お前達に分かるのか」
部屋が静まり返った。
チェスカルがカイムへ視線を送る。
「主の許可を頂いたのでお話しいたしますが――最も酷い状態をいうと、行為中に同室で待機するどころか、カイム様と同調同化して実際に行為へ及んでいるかのような、精神状態に置かれてしまいます」
ヘルレアがカイムへ、汚いものでも見るような目付きをしている。
「お赦しください。こればかりはどうにも。色々考えてはみたのですが」
「番など元々持つ気はないが、もしどうしようもないとなった時でさえ、カイムだけは絶対に無理だわ」
「うわ、キッツ――でも、俺もカイム様のせいで無駄に興奮してるから無理もないや。これ女の子が嫌がりますよね。
「お前は追い討ちをかけるな、馬鹿」ハルヒコが叩く。
「まあ、さすがの俺もキツい。主人の場合は相手が王だと、下手すりゃステルスハウンドの全猟犬に自分の恥部晒すことになる。これ女に言えんわ」ジェイドが頸を振る。
ヘルレアと猟犬にボロクソ言われてカイムは泣きたくなった。
カイムは床を叩いて、猟犬の面々へ睨みを利かす。猟犬共はそんな主人の怒りを示す挙動へ、強張って本能的に姿勢を正してしまった。だが、カイムは本当に猟犬へ怒りを感じさせたわけではないので、主人が取ったその態度だけで、猟犬は緊張を誘われたようだった。
カイムは息をつくと、ヘルレアを見つめる。
「分かった……皆がそこまで言うなら。行ってくる――女の子との遊びへ」
「何言ってるんだ。待て」ジェイドが慌てる。
「それだけは、お止めください。誤って御子でも出来ようものなら、ノヴェクの禍根となりましょう」
「身綺麗にしておかないと、内部抗争の火種になるぞ」
「僕は決めたんだ。女性慣れしてくる――口出し無用」
猟犬は何も言えなくなってしまう。
ヘルレアが笑う。
「面白い。それなら、私もご相伴させてくれ」
「どういう事ですか」
「私にも女遊びさせてくれ。坊っちゃん」
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