第10話 尾を喰む蛇
11
王はノイマン会長が好きだ。
しかも年上好きの、熟女趣味。
カイムは眉間を押さえる。
それは、意外なようで実のところ意外ではない。王は本能的に巨大な組織を求め、その長を求める。例外はあるものの自然とこうした図式になる。
そして大抵の場合において長は年嵩になる事が多い。
つまり総合すると、前ライブラ協会会長ノイマン・クレスが好き、となる。
カイムは負けた。そのような気がした。
王を振り向かせる為ならば、如何様にも働こう。しかし、どう
「……髭ともみあげは好きですか」
「は?」
「生え揃えられればなかなか重みが出るかと」
「私はまだ、カイムの思考癖を把握してなかったみたいだな。真っ直ぐに受け止めるな。やり辛いだろ、面倒臭い奴。冗談だよ、冗談」ヘルレアが溜息をつく。
「本当ですか、安心しました。僕はてっきり王が本当にご高齢の方しか受け入れられないと」
「色々誤解を招きそうな表現は止めろ。普通はあの言いようで察するだろ」
「王は、特別ですから」
「私はカイムの方が浮世離れして見えて来た」
「……でも、身近な人を亡くしてしまった事には変わりないのですね」
「あまり湿っぽく考えるな。お前が感じる死と、私の感じる死は違う。これには質問するなよ、後悔するぞ」
「それは人に教わったのですか?」
「質問するなって言っただろう、まったく――そうだ。もういい、この話は終わりだ。どうでもいい事だしな」
「どうでもいい事などありません。僕はどんなことであれヘルレアを知りたいと思います。後悔はしません」
「その
「残念ながら縁がありません」
「その言い草、ここまで来ると、むしろ腹が立つな。これ以上話すと、堂々巡りで言い争いになりそうだ。もう行くぞ」
「承知しました」カイムが空になったペットボトルを王から受け取る。
捨てに行こうとヘルレアから離れた瞬間、背後で微かな笑い声が上がった。
「……カイムの髭ともみあげは見てみたいかもな」ヘルレアはカイムを置いて行ってしまった。
カイムは王の背中を少しの間見ていた。
見る事しか出来なかった。
二人は公園を出て、再び商店の建ち並ぶ区画へ来た。
ヘルレアは何かに興味を引かれたようで、雑貨屋に引っ掛かった。
その店の規模は小さいが、軒先にはよく判らない一抱えもある壺や、陶製の大きな犬が列べられていて、異様な存在感を放っていた。
店内に入ると薄暗く、間接照明だけで室内を照らしていた。
骨董品を扱っているようで、アンティークやヴィンテージの細々した品が陳列棚に並んでいる。
平置きに宝飾品類が幾つも置かれていた。
薄暗い室内でヘルレアの仄かに青く灯る瞳が、宝飾品を見つめている。
「エマという女に買って行ってやれ。値段は安いが、まあ、関係ないだろう。指輪は止めろよ、重たいぞ」
「そうですね。エマはまだ医療棟で休んでいますから。お見舞いに買って帰りましょう」
カイムは手近なペンダントを取ってみた。ペンダントトップは小さなテディベアの顔で、目の部分に硝子がはめ込まれている。
「カイムはセンスがないな。あの年頃の女を子供扱いするな」
カイムは小さく息をついて、再びアクセサリーを矯めつ眇めつしていると、リング状のペンダントトップが目に入った。二匹の蛇が互いの尾を噛む姿をしている。かなりの年代物のようで造形の角が取れてまろい。
それは館でもよく見る形状だ。
双生児は通常ヨルムンガンドと言われ、それを正式に号している。しかし、異称でウロボロスや別の伝説にある蛇と混交することも少なくなかった。
それはカイム達の様な、対世界蛇の業界で言われており、一般の人々の方が余程、伝承としてのヨルムンガンドやウロボロスについての区分けが明確だった。
それ故に意匠等はより混沌とした状態にあり、はっきりとどの伝承が色濃い創作物か不明であったり、そもそも一般とは表す意味や象徴が異なっている事が殆どだった。
「見てください。ウロボロスですよ。でも、
「……お前はどこに居ても
ヘルレアが真剣にペンダントを見て、手に取ったり光にかざしたりをしていた。そして、一つカイムに突き出した。そのペンダントは小さな花で、花弁が薄紫の色硝子で出来ている。
「これは
「可愛いですね。エマに良く似合いそうです」
「なら、これでいいな」
「王はどれにするんですか」
ヘルレアは眼を
「何故、私も買うんだ」
「買わないんですか」
「私にはあまり用がないからな」
「確かに、着飾る必要がないですものね」
「いや、そういう意味では」
「ならば、買って行きましょう。エマのペンダントを選んで頂いたお礼に、僕が選びます」
ヘルレアは納得していない様子だったが、カイムは知らない顔をしてペンダントに見入った。
その振りをした。
強引だとは分かっている。それでも、関わりを持ちたいのだ。何でもいい繋ぎ止めたい一心で。
「本末転倒だな」ヘルレアは溜息をついた。
カイムはヘルレアに
ヘルレアに性は無い。番いを持って成長するまでは無性の生き物だ。
人間の場合、性とは不思議なもので、既に幼児期から好みが表れているという。車、ぬいぐるみ、モデルガン、人形――。
カイム自身もそんな記憶が確かに残る。
ならばヘルレアは何を好むのか。
王は幼少期ライブラに捕らえられた。どういう状況だったのか、今だに詳細は漏れ聞こえて来ない。
それに加えて王の生育歴も不明だった。
ライブラは一切を闇の中で育んだのだ。
あるいはノイマンが――。
王には愛するものがあるのだろうか。
カイムはトレーから指輪を手に取る。青い飾り石が一つ。石はヘルレアの瞳とは比べ物にならない程、浅く濁った色をしていた。カイムは指輪を元の場所に戻してしまった。
一度見てしまったら、何者も抗えない苛烈な瞳。囚われて、それ以外は一切が褪せて見える。
カイムは重く溜息をつくと、青い石がついた指輪の隣に、全く装飾の無い銀の指輪を見つけた。
何もないまっさらな指輪だった。
ヘルレアを横目で見ると、先程のウロボロスを
「まさか、そのペンダントがいいのですか」
「ヨルムンガンドがウロボロス着けて歩くのか? お笑いだな」
「さすがに、僕等には鬼門ですね」
「私にも買ってくれるらしいな。これをくれ」ヘルレアがウロボロスを突き出した。
「これ、双生児で殺し合う……」
「いいじゃないか。自らまで喰らいつくそう」
カイムはヘルレアを外で待たせ、会計を済ませた。
店外へ出るとヘルレアは、大分店から離れた木の側で、一人立っている。木陰に入っていたいのかもしれない。ジェイドからヨルムンガンドは陽射しを嫌うと聞いていた。ヘルレアの元へ行こうとすると、建ち並ぶ商店の一つに花屋を見つける。なんとなく気になり、一人で店に入った。
花々の匂いがほんのり鼻腔をくすぐる。様々な種類の花が色鮮やかに咲いている。カイムは花に明るくないので名前が殆ど分からない。
ヘルレアは花を贈っても喜ぶような存在だとは思えなかった。だが、贈っても別に何かが損なわれるわけでもないと花を見る。
「何かお探しですか? 花束をお作り致しましょうか」店員がカイムへ微笑む。
「そうですね、僕はあまり花に詳しくないのですが、贈り物にしたいと思っていて」
「では、当店にお任せ下さい。何かご希望のお色や組み合わせ、イメージ、贈る方へのお気持ちなどがございましたら、ご提案させて頂きます」
「……感謝の気持ちを伝えられるような感じがいいのですが」
「ではお色などはいかが致しましょう」
「暖かい色味がいいですね」
「お値段のご希望はございますか」
「値段には特にこだわりはないので、一番良い状態の花束へ仕上げて下さい」
店員はカイムの希望を聞くと、直ぐにとても豪華で密度の高い、黄色味の強い花束を作り上げた。
カイムは店を出ると、ヘルレアは前と同じところにいる。近付いて行くとヘルレアは大分手前でカイムへ振り返る。
カイムは花束をヘルレアへ差し出した。
ヘルレアは目を瞬いている。
「こんなもの貰っても腹の足しにもならないさ。正直、花を愛でる人間の心理には今一つ付いてけない。私の視覚と嗅覚の鋭敏さは人間とは比べ物にならない。私とカイムが見ているこの花束は、二人では感じ方が全くの別物だろう。色彩がぐちゃぐちゃだし汚くて臭い」
「……ですよね、分かっていました」
カイムは花屋へ戻ると代金はそのまま、花束だけ返した。
振られた残念な男のような、雰囲気を醸し出していただろうな、とカイムはため息をつく。
外へ出ると王は子供と話していた。不思議に思ってヘルレアの元へ行くと、その子供が随分と目を引く容姿だという事に気が付いた。
九、十才の女児だ。身長はヘルレアの胸下辺りまでしかない。明るく濃い金髪は腰まであり、緩く巻いたさまはまるで人形のようで愛らしい。手作りらしい白いワンピースを着ている。
「ねえ、眼を見せて。光っているわ」
「
「ケチ」
カイムは小さく吹き出した、が。
「……お前、何なんだ。首をへし折ってやる」
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