第11話 幼い肖像

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 ジェイドとヘルレアは村を出て再び森に入った。東占領区の人々は敵対的ではないと分かったとはいえ、皆が皆、同じようだとは限らない。警備兵に見つかれば不審人物として手配されかねない。一度警備兵に目を付けられたら、人里での行動が難しくなってしまう。そうすると、なるべく必要な時以外は人と接触しないに限る。


 目指すは北。東占領区で何か大きな異変がおこっている。王の気配を読む力である程度は予想できていたものの、確実に予想を上回る事態に発展している。


「一度、ユニス達と情報を交換する」


 ジェイドは通信機で通話を始めたが、ものの数分で話は終わる。


「むこうは何か収穫はあったのか」


「ユニス達はまだ住民と接触出来ていない。地震について留意しておくということだ」


 二人は森の中をまた歩き始めた。今度は行き先が決まっている分、足取りも軽い。ジェイドは機器で方角を確かめながらすすんで行く。


 ヘルレアとジェイドの距離は着々と開いていた。王にも焦りがあるのかもしれない。ジェイドは小走りにならなければ付いて行けなくなっていた。ジェイドが懸命に走っていると 、前を身軽に歩いて進んでいたヘルレアが、徐々に速度を緩めた。


  ――王の、無言の優しさというやつか。


 ジェイドは苦々しく口を結んだ。今までステルスハウンドで働いて来て、双生児に目を掛けられるようになる時が来るとは思わなかった。


 ヘルレアは何か考える素振りを見せてジェイドの顔を見た。


「私はこの前、カイムに双生児と戦う理由は何か、と尋ねた。誰も双生児自身である私に話したいとは思わないだろうが、ジェイド、お前もそうなのだろう」


「俺の話なんざ聞いても面白くもなんともないぞ。猟犬で王に遍歴を話す馬鹿はいない。何故、そんな事が知りたい?」


「私は、私が存在する事で変えてしまう人生が知りたい」


「そこいらを見てみれば直ぐ分かる。むしろ目の前にいる俺が結果だ。これ以上何が知りたいんだ」


 ヘルレアは笑ったようだった。


「本当だ。馬鹿なことを聞いたみたいだ」


 この胸をムカつかせるものはなんだろう。ヘルレアが穏やかであればあるほど、身を焼かれるような焦燥を感じる。今直ぐにでも手を掛けてしまいたい王と、自分がたわいもない話をしている事がどうしようもなく苛立たしい。忘れたわけではない。忘れられるはずもない出来事と、今この現実の剥離が大きすぎる。


 ――忘れていないからこそ、こうして全てを身の内にしまって王と共に動いているのだ。


 忘れてはならない。私情に駆られて身勝手に動けば、今までの全てを台無しにしてしまう。


「ジェイド、お前なら分かるだろうが殺気というものは本人が思う以上に気取られ易いものだ」


「考え事をしていた。俺は変わる事など出来はしない」


「私も同じだ」


 二人は森を歩き続ける。標高が上がり人の手が入った杉林に変わって来たので、行軍はそこそこ楽になって来たが同時に気温も下がり始めた。寒さが厳しくなれば体力の消耗も激しくなる。ジェイドの息は白く変わり軍用の機能性ジャケットを羽織っていても寒さが堪えた。


 相変わらずヘルレアに変化はない。吐く息も温暖な平地そのまま、上着は鮮やかな青い外套一枚でフードを被っているだけだ。


「お前は寒さを感じないのか?」


「私は外気温に合わせて体温が変わる。肌に触れてみろ」


 ジェイドはヘルレアの手に触れてみた。氷のように冷たく、およそ生物の肌とは思えない。柔らかな石か何かのようだ。


「相変わらず人間離れしているな」


「人間じゃないのだから当たり前だろう」


 杉林を歩いていると、日は中天に達した。しかし、気温は上がるどころか下がり続けている。更に標高が高くなり杉林は疎らになり、次第にシダ類が繁茂するのが目立ち始める。


「そろそろ山を越えられそうだな。少し休むか」ヘルレアは石に腰掛けた。


 有無を言わさないと言った感じだ。ジェイドが休むかどうか問われれば、否、と答える事が分かっているのだろう。明らかにヘルレアは休まずとも歩き続けられそうだった。


 ジェイドは変に意地を張れば身体が保たなくなると考え、王の向かい側に座ると、バックパックから携帯食糧を出して口にする。ヘルレアは無関心なようで、そこいらのシダを引っ張って千切っていた。黙々と食事をしていると道路に車が一台通った。


 二人は山を下り、再び杉林が姿を現わす頃には日が暮れていた。


 薄闇の中歩いていると小さな灯りが幾つか森の奥にある事に気が付いた。


「村だな。行ってみよう。何か話が聞けるかもしれない」


 ヘルレアは最初に出会った村と同じように、真正面から飛び込んでいった。


 やはりトタン張りの外壁を持つ家が多く、決して裕福ではないのが分かる。村としては以前の村より小さく密集している。


 夕刻の村はまだ人の往来が多く聞き込みには不自由しない。


 ジェイドはそこいらに居た男に話しかけた。


「この村によそ者が来たか、変わった事はありませんでしたか」


「よそ者はあんたぐらいだが、変わった事ならあった。数日前に大きな地震と、北の方で妙な濃い煙が中を貫いていた。まるで柱か何かのようだった。俺も山に登って見たんだ。間違いない」


 ジェイドは思わずヘルレアを探した。当初思っていたよりも自体は悪い。中空に柱などと、あまりにも規模が大き過ぎる。ジェイドは男に礼を言うと、ヘルレアを探した。小さい村だ。探すのはそれ程難しくないと思っていたが中々見つからない。うろうろとしていると青年が近寄って来た。


「あの綺麗なお嬢ちゃんって、あんたの連れ? 探してるなら酒場にいるよ」



15

 


  ――いってらっしゃい。


 結局何も聞けずに送り出してしまった。カイムの前で何もなかったように振る舞えたかどうかあまり自信はない。エマは屋敷から持ち出してしまった写真を懐から出して見る。


 カイムらしき子供の隣にいる、同年代らしき子供。その顔が黒いペンで無茶苦茶に塗りつぶされている。気軽に聞いていいものか分からないが、エマは聞きたいと思ってしまう。


 ――カイムは自分の苦しみを隠してしまうから。


 余計なお世話なのだろうとは思う。それでも側に居るのだから力になりたいと思うのは、そんなに悪い事なのだろうか。カイムはいつもエマの前では笑っている。どんな時も。そうであればあるほど力になりたい、役に立ちたいと思ってしまう。


 昔のエマを救ってくれたように。


 今度は自分がカイムの役に立つ番でありたい。守られるだけではなく、自分からカイムを守っていけるように。


 エマは館の自室へ戻ると、カウンターに置かれた写真立てを手に取った。幼い頃のエマと、今より少しだけ若い、青年に成り立てのカイムが写っている。他にはジェイド、マツダと今と変わらない顔触れが写っている。現在のゴースト結成前なのでオルスタッドもチェスカルも写っていない。エマはくすりと笑うと、ソファに座った。


 エマが一番辛かった時期に撮られた写真だが、彼女は笑顔で写っている。落ち込んだエマを励ます為に、カイムが家族写真のように撮ってくれたのだろう。当時は幼くて分からずカイムの促すままに笑って写真に写ったが、今思うとこの写真を撮っといてよかったな、と思う。いい思い出どころか消し去ってしまいたい過去ばかりだが、この写真だけは最高の時を写し撮っているのだ。


 エマは二つの写真を並べて見比べた。エマと写っているカイムと、カイムらしき子供の顔を照らし合わせて見る。やはり二人はよく似ている。子供の写っている写真は日に焼けて色褪せているとはいえ、金の髪である事は明らかだった。さすがに瞳の色までは分からないが、常に側で暮らしているエマだからこそ、些細な不明で判断を誤る事はないと思った。


 確信が生じると尚更問いかけたくなったが、エマにその権利が果たしてあるのだろうかという考えが湧いてきた。カイムを余計苦しめてしまう事にはならないだろうか。自己満足ならしない方がいい。


 エマは写真立てを開けて今まで納めていた写真の後ろに、拾った写真を重ねて写真立てを閉じた。これはエマの秘密だ。


 誰にも――勿論、カイムにも――知られてはいけない。そんな気がした。

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