事件簿2 譲治
第16話 夏休み
♪キーンコーンカーンコーン
チャイムの音が鳴った。
「やったー、終わりや!」
太田が両手を上げて叫んだ。教室の中が、急に色めき立つ。
「太田君、まだ終わっていませんよ」
本荘先生が、黒板の前から、太田に釘をさす。でも、教室の皆は興奮してしまっていて、そこ彼処でおしゃべりを始めていた。先生は、腰に手を当てて、叫んだ。
「はーい、皆さん、静かにしてください」
先生が教室を見回して、話を続ける。
「先程も言いましたように、明日から夏休みです。授業はありませんが、計画的に夏休みの宿題をするように。分かりましたか?」
「ダイジョーブイ!」
小川の奴が、先生にピースサインを見せた。先生は、苦笑いをしながら、学級委員長の加藤裕子を見る。
「日直の加藤さん、お願いします」
加藤が立ち上がって、叫んだ。
「起立!」
ガタガタガタ……
クラスの皆が、椅子を引いて立ち上がる。
「礼!」
皆が、先生に向かってお辞儀をする。
「先生、さようなら」
小川は、相も変わらず、「さよ・お・な・ら」と言っていた。そんな小川を見て、僕は笑ってしまう。椅子を戻して、ランドセルに手を掛けると、教室の入り口の方で、太田が大きな声で騒ぎ始めた。
「おーい。みんな、肝試しをやろうぜ!」
僕もそうだけど、教室のみんなが驚いて太田を見る。
「肝試しって、どこでやるんや?」
興味をそそられたのか学級委員長の二宮誠が、教室の端から太田に近づいてきた。太田は、悪戯っぽく二宮を見る。
「学校の前の、壊れた工場や!」
「あ――――」
工場……その言葉に、教室の皆が声を漏らした。教室の半分以上の生徒が、逃げるようにして帰っていった。十人ほどの生徒が、太田の周りに集まる。
「私、行きたい」
学級委員長の加藤裕子が、嬉しそうに叫んだ。加藤は、気が強くて明るい女の子だ。勉強も運動もそこそこに出来るし、クラスの皆とも仲良くしている。そんな加藤と、一番の仲良しが坂口直美。加藤は、傍にいる坂口直美の手を掴んだ。
「ねえ、直美。一緒に行こうよ」
坂口直美は、加藤裕子とは対照的に口数の少ない女の子だ。長い黒髪が印象的で、いつも本を読んでいる。ただ、時々、変なことを言う。
「肝試しか……日記の宿題ができるね」
さすが直美。言っていることは間違いないのだが、ポイントはそこなのか? まずは肝試しに関心を示せよ、と思ってしまう。加藤祐子と坂口直美が肝試しに参加することになって、太田が嬉しそうに笑っている。太田が、僕の方に振り向いた。
「おい、小林。お前も行くやろ?」
僕も笑顔を向ける。
「ああ、行くよ」
返事をすると、僕はみんなの輪の中に入って行った。加藤裕子が、そんな僕を不思議そうに見た。
「ねえ、小林君ってさー。最近、太田君と小川君と、よく遊んでいるよね」
「ああ、そうやな……」
そう言えばそうだ。前は、太田から逃げていたのに……。
「なんか、小林君って、大人しいしから、ガラの悪い太田君と遊ぶようには見えなかった」
「ガラが悪くて悪かったな」
太田は、加藤裕子に文句を言っているが、どこか嬉しそうだ。
「俺たち、小林と一緒にクラブを作ったんや」
加藤裕子と、坂口直美が不思議そうに太田を見た。
「その名も、少年探偵団!」
「何それ?」
加藤祐子が、ツボにはまったのかゲラゲラと笑いだした。よく見ると、釣られて坂口直美も苦しそうに笑っている。学級委員長の二宮誠も、太田を見て笑った。
「俺たち小学生やで、探偵って、おっかしいやろ。面白すぎるで太田」
太田は、皆に笑われて少し不満な表情を浮かべる。そんな太田の背中をポンポンと叩きながら、小川が皆を見た。
「俺たち、江戸川乱歩の怪人二十面相が好きな仲間なんや」
「あっ、私、知ってる。面白いよ、その本」
珍しく坂口直美が、関心を示した。太田が、嬉しそうに坂口を見る。
「話がわかるやないか、坂口」
坂口が、太田に微笑んだ。
「男の子だもんね、少年探偵団って、名乗りたくなる気持ち、何となくわかるよ」
ますます、太田が嬉しそうにする。
「俺たち、本を読んでいるだけやないんやで。この前なんか、ミナミ高校に潜入捜査に行ったんや」
太田が自信満々に、胸を張った。二宮が、太田を見上げる。
「えっ! ホンマか?」
「ああ、ホンマや。かなり難しい捜査でな、俺なんか、高校の先生と、ケンカになりかけたんや」
僕は、慌てて口を挟む。
「太田!」
太田は、僕を見ると、察した。
「まー、そのー、この話は秘密やから、内緒」
「そこまで話しておいて、言えよ!」
二宮が、興味深そうに太田を見たとき、小川が二宮の肩を掴んだ。
「探偵には、守秘義務があるんや。それよりも、今回の肝試しも、捜査の一環や。そうやったな、太田」
小川に振られて、太田は、大きく頷いた。
「そ、そや。少年探偵団は、秘密を解明していくんや。今回の任務は、廃墟になった工場の調査や」
小川は笑いながら、話を続ける。
「さて、本題やけど、集合場所は学校の門の前、時間は夜の七時。これでええかな?」
僕は、小川に質問した。
「何か、用意するものとか、あるんかな?」
小川が、考える素振りをする。
「そうやなー、夜やし、懐中電灯は、皆、持っていた方がええと思う」
「分かった」
僕が返事をすると、今度は、二宮が小川に質問した。
「俺はええけど、夜やからな。女子は、大丈夫なんか?」
加藤裕子と坂口直美が、顔を見合わせる。そんな二人に、小川が語りかけた。
「問題は、親に何て説明するかやろ。大丈夫や、花火を用意している」
加藤裕子が、嬉しそうに小川を見る。
「打ち上げ花火とかもあるの?」
「もちろんや。なあ、太田」
太田が、自慢げに加藤祐子を見た。
「昨年の残りもんやけどな、色々あるで。兄貴が、いっぱい残しているんや」
二宮が、太田を見る。
「めっちゃ、面白そうやないか。肝試しの後は、花火大会か」
「やったー!」
加藤裕子が、歓声をあげた。坂口直美も、嬉しそうにしている。太田と小川は、満足そうだ。いつの間に、こんな計画を立てていたんだろう。本当に仲が良い二人だ。花火大会という、おまけがついた肝試しの計画がまとまった。
僕達は、それぞれの家に帰る。小学校の正門を出ると、目の前に廃墟の工場が、そびえ立っていた。古びた外観が、夏の強い太陽に照らされて、焼かれている。周りの空気が、揺らめいているように見えた。割れた窓から、中の様子が垣間見える。二階の床が抜けているし、中から音が聞こえない。何もかもが、死んでしまったように沈黙していた。昼間でも薄気味が悪いのに、夜になったらどんな事になるんだろうか。僕は想像しただけで背筋が寒くなってしまった。
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