第9話 手紙
作戦会議があった夜、晩ご飯を食べた僕は、二階の子供部屋に駆け込んだ。貴子お姉さんに渡す手紙の作成を、再開する為だ。年賀状以外で、誰かに手紙を書くなんて、初めての事かもしれない。その手紙の書き方で、僕は苦戦していた。
書く内容は、三人でミナミ高校に潜入する事を伝えたい。その上で、新しい仲間の紹介も書いておこうと思った。ただ、子供のような文章だと、笑われるのは嫌だった。何度も書き直した。僕は、出来た文面を心の中で読んでみる。自分では、判断がつかない。これで、良いのだろうか? でも、内容は伝えられていると思う。お姉さんは、これで喜んでくれるだろうか……。
西村 貴子様
今日、秘密基地に、みんなで集まりました。作戦会議をしました。集まったのは、三人です。
小林 博幸
太田 秀樹
小川 武
太田は一番背の高いやつです。身長は百七十センチもあります。六年生なのに、大人みたいに大きいです。ケンカも強いです。
小川は面白いやつです。オレたちひょうきん族みたいなやつです。いつも面白いことばっかり言おうとしています。頭がいいです。
今度、アキラを見つけるためにミナミ高校に忍び込みます。太田が高校生に変装します。住んでいる家を見つけようと思います。早く犯人を捕まえて、貴子お姉さんを安心させたいです。
小林 博幸
書き上げた手紙を手に持ったまま、時計を見る。まだ、夜の九時にならない。早く九時になって欲しいけれど、あんまり早くても困る。ちょっと、心の準備が欲しいところだ。何だか、貴子お姉さんに会う時は、いつも緊張してしまう。
トントントン
階段を上がってくる足音がした。弟のトシの足音だ。トシが、子供部屋に入ってきた。僕は、弟を見る。
「今は、入ってきたら駄目!」
「どうして?」
「今から、大事な用事があるの」
「でも、寝る時間だよ」
「今は駄目、ちょっと下りてて」
トシは、不満顔で出ていった。何だか、トシとのやり取りで、僕の気分が昂ってきた。時計を見る。まだ五分前だったけど、貴子お姉さんに繋がる窓を開けた。お姉さんの部屋の電気が点いている。でも、思った以上に、窓まで距離があった。手を伸ばしても届かない。子供部屋を見回してみる。おもちゃ箱に、プラスチックの剣があった。その剣を手に持って、再度、窓の前に立つ。緊張の瞬間だ。僕は、大きく深呼吸をする。剣を伸ばして、お姉さんの部屋の窓を、二回叩いた。
コンコン
部屋の中で、ゴソゴソと動く音がした。窓に黒い人影が近づいてくる。心臓が、バクバクと暴れ出した。
ガラガラガラ
お姉さんの部屋の、窓が開いた。貴子お姉さんが、僕に悪戯っぽい笑顔を見せてくれる。お風呂から上がった後みたいで、髪の毛が濡れていた。Tシャツにホットパンツ姿のお姉さんは、肩からバスタオルを掛けている。恥ずかしそうに、身を捩らせた。僕は、大きく息を吞む。とっても、綺麗だ……。
「あ、あのー」
僕は、何の為にお姉さんを呼んだのか、忘れそうになった。手紙を渡そうと思って、手を上げたら、プラスチックの剣を振り上げてしまった。
「ウフフ、何それ~」
貴子お姉さんが、そんな僕を見て笑う。僕は、顔を赤くして、その剣を部屋の中に投げ捨てた。何をしているんだ、僕は……とても恥ずかしい。俯いていた顔を上げて、お姉さんを見る。改めて、両手で手紙を持ち、お姉さんに見せた。
「手紙を、書いた」
お姉さんが、口を大きく開けて、頷いてくれた。嬉しくて、手紙を持つ手に力が入る。お姉さんは、手を上げると、右手の人差し指を、唇の前に立てた。喋るなってことだ。僕は、口をしっかりと結んで、喋らない事を示す。お姉さんは、そんな僕を見て、ニッコリと微笑んでくれた。僕の口元が、嬉しくて綻んでしまう。お姉さんは、僕に向かって、手を差し出してくれた。
貴子お姉さんの、その仕草に、僕の心が、強く強く締め付けられる。ラブレターを手渡すわけでもないのに、僕の胸が強く締め付けられる。手を伸ばして、手紙を差し出した。でも、ギリギリ届かない。窓の縁を掴んで、今度は身を乗り出した。お姉さんも、更に手を伸ばしてくれる。繋がった……。
お姉さんは、手紙を受け取ると、片手でメガホンを作り、口に寄せる。
「ありがとう」
とても小さな声だった。でも、僕の心の底まで届くような、宝物の様な言葉だった。お姉さんは、僕に小さく手を振ると、ゆっくりと窓を閉める。カーテンも閉めた。僕は、そんな窓を、じっと見つめていた。名残惜しくて仕方がない。もう一度、お姉さんの言葉を聞きたいと思った。
トントントン
トシが、階段を上がってくる音がした。僕は、慌てて窓を閉める。大きく、ため息をついた。
次の日、夜九時になると、今度は貴子お姉さんの方から、ノックがあった。僕の中の想いが、いっぺんに膨れ上がる。慌てて窓に張り付いた。僕は、もしものことを考えて準備をしていた。もちろん、弟のトシも部屋には入れていない。窓を開けると、昨日と同じように、お姉さんが立っていた。昨日と同じように、人差し指を立てて、口元に寄せる。そして、手に持っていた手紙を、僕に差し出した。
僕は、お姉さんの手紙を見て、鼻から大きく息を吐いた。窓の縁を掴んで身を乗り出す。お姉さんに向かって、真っすぐに手を伸ばした。お姉さんからの手紙を受け取る。僕の胸が、また強く締め付けられる。お姉さんは、昨日と同じように、手でメガホンを作ると、小さな声で言った。
「ありがとう」
僕は、お姉さんを見つめる。このまま時間が、永遠に止まって欲しい。本当にそんな気持ちにさせられた。お姉さんは、また小さく手を振ると、窓を閉めた。僕は閉められたその窓をしばらく見つめていた。
小林 博幸様
これまでは、隣り同士だったのに、挨拶をするくらいの仲だったね。それなのに、ヒロ君に目撃されてからは、毎日、会っているね。私がお願いしたことなんだけど、こんなにも一生懸命に動いてくれて、本当に感謝しています。潜入捜査なんて、まるで少年探偵団みたいね。でも、無理はしないでね。
私の方からのお願いばっかりで申し訳ないので、私のことについても、少し説明します。ヒロ君の捜索の、何かしらの助けになればいいなと思います。でも、このことは、誰にも言ってほしくないの。ただ、太田君と小川君には、ちょっとだけ話してもいいけど、この手紙は見せないで欲しい。約束よ。今度、破ったら、絶交なんだから。
おかしなことの始まりは、五月の終わりくらいから始まったの。家の前に停めていた自転車のキーホルダーが無くなった。クマの人形でお気に入りだったのに。家の前だから、鍵をつけっぱなしにしていたの。初めは、どこかに落としたんだろうと思っていた。でも、そうした小物が、幾つか無くなっていることに気が付いたの。だから、キーホルダーも盗られたんだと思う。
六月に入ってから、家に無言の電話が何回か、かかってくるようになったの。お母さんが出たときは直ぐに切れるのに、私が出たら無言のまま電話が切れないの。そんな電話を二回取った時から、私、気味が悪くなってしまって、家の電話にはもう出ないようになった。
学校でもおかしなことがあって、私の体操服が盗まれたの。それが六月の終わりごろ。確証はないんだけれど、たぶんクラブの練習中に更衣室で盗まれたと思う。練習は専用のウエアを着ていたから全然分からなくて、家に帰ってから分かったの。次の日に先生に相談はしたけれど、今のところ進展はない。もしかすると、誰かからの、いじめかもしれないけれど。
最近の出来事は、七月三日金曜日のあの出来事。ヒロ君が目撃してくれたから、今のところ、それが唯一の手がかりなの。あの時は、犯人が分かるかもと思って、ヒロ君に協力してほしいって言ってしまった。でもね、今では本当に申し訳ないと思っています。ただ、私の想像以上に、ヒロ君が活躍してくれているから、凄く期待しています。私、お姉さんなのに、本当にごめんね。ありがとう。
西村 貴子
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