第8話 作戦会議

♪キーンコーンカーンコーン


 一時間目の、算数の授業が終わった。僕は、ランドセルから少年探偵団の本を取り出す。昨日の晩も読んでいたけれど、お母さんに、子供部屋の電気を消されてしまったのだ。話の続きが気になって仕方がない。そんな僕の所に、太田がやってきた。


「小林」


 太田は、手に持っている怪人二十面相の本を、僕に見せた。


「面白いな怪人二十面相」


 そう言うなり、僕の机の上にどっかりと座り込んだ。そのまま、怪人二十面相を読み始める。なんで? 出来たらその大きなお尻をどけて欲しいのに……。仕方がないので、僕も少年探偵団を開いて読み始める。学校の休憩時間は、ずっとそんな感じで過ごした。普段は騒がしい太田の変化に、クラスの皆が不思議そうに見ていた。


 学校が終わり下校が始まると、太田と小川が僕のところにやって来た。


「小林。自転車に乗って、秘密基地に集合な」


 太田が、言葉は少ないが、いつになく真剣な顔で僕に呼びかけた。分かっている、貴子お姉さんを守るための、作戦会議をするんやな。僕は心の中で、そう呟く。太田の真剣な態度に、僕も感化されたようだ。真剣な面持ちで、僕も太田を見る。


「分かった。実は、僕も伝えなあかんことがあるねん。秘密基地に行ったら、話す」


 何だか、太田と通じ合えているような気がした。妙な高揚感が僕を包む。太田が、ニヒルに微笑んだ。踵を返して歩いていく。太田は振り向かずに、右手を僕に振った。何だか、格好良い……。


「秘密基地に集合な」


 小川も僕にそう言うと、お大袈裟に背を向けて、太田と同じように格好をつけて僕に手を振った。お尻まで振っている。小川の、馬鹿さ加減に笑った。アイツはいつもそうだ、何かとウケを狙っている。そんな、小川の態度が、いつもと違って、心強く感じた。


 これから始まる、アキラ捜索の行方に、僕の心は踊っていた。何だか、この小学校で、僕達だけが、大きな秘密を握っているような気がした。普通の小学生を装って、僕は学校の門を出る。こんなところで、尻尾を掴まれては駄目だ。僕達の戦いは、もう始まっている。僕は、武者震いを感じながら家に帰った。


 家に帰ると、僕は引き出しを開けて、お父さんが使っていない腕時計を取り出した。手首に着けてみたが、大きすぎてブカブカだ。でも、それを学校の家庭科で作ったナップサックに入れる。町の地図も入れた。縄梯子はないけれど、麻ひもがあったので、それも入れた。鉛筆とノートも入れた。でも、万能ナイフはないし、望遠鏡もない。無理なのは分かっているけれど、小型ピストルもない。小林少年が携帯していた七つ道具には、遠く及ばないけれど、そんな準備に、心が高揚していた。序でに、七つ道具ではないけれど、僕たちの仲間の印である、キン肉マンの消しゴムも、一緒に入れた。そのナップサックを自転車のカゴに突っ込んで、僕は、秘密基地に向かうことにした。


 誰も住んでいない工場の社宅に到着した。あんなに怖かった社宅だけど、もう怖くない。一人で有刺鉄線を抜けて、中に入ることが出来た。自分が、一回りも二回りも、強くなったような気がする。自転車を走らせて、裏庭にある秘密基地のバスに向かう。自転車のスタンドを立てていると、バスの中から声がした。


「うんちゃ」


 声の主は、小川だった。なぜ、アラレちゃんの挨拶? 僕が怪訝な表情を浮かべると、小川は不機嫌そうな顔をする。


「ノリが悪いねん、小林」


 僕は、そんな小川に向かって、鼻で笑った。


「アホ」


 ナップサックを持って、バスの中に入っていく。中を見回す。太田はまだ来ていなかった。


「何を持って来たんや?」


 小川が、不思議そうな表情で、僕に問い掛けた。手に持っているナップサックの中身を、僕は、バスの座席に広げる。勘の良い小川は、出てきた道具の数々を見て、直ぐに察した。


「あれか、七つ道具か?」


「そう、七つ道具……のつもり。七つもないけど、地図と時計くらいは必要かなと思って」


「このキン消しは?」


「仲間になった記念。少年探偵団のバッチみたいなもんかな」


「なるほどな」


 そう言って、小川も、ポケットの中から、キン肉マンの消しゴムを取り出した。お互いに、笑い合う。何だか、小川とも感じが良い。そんな事をしていると、太田もやって来た。太田は僕の顔を見ると、直球で尋ねてきた。


「小林! 作戦会議を始めるぞ。新しい情報があるんやろう? 教えてくれ」


 太田は、そう言いながらバスの一番奥の座席に、どっかりと座り込んだ。太田を中心にして、僕と小川も、座席に座る。昨日の追跡劇について、僕は身振り手振りで説明を始めた。自転車男が、再び、貴子お姉さんの家の前に現れた事。僕が自転車に乗って追いかけた事。更に、ダイエーの中に入って探し回った事。結局は、逃げられてしまった事。でも、アキラという名前と、ミナミ高校の生徒だということが分かった事。僕の話を聞いて、太田も小川もかなり興奮した面持ちになる。


「かなりヤバイ奴やな」


 僕の話を聞き終えると、太田が腕を組んで、そう呟いた。僕たちを、見回して、更に続ける。


「先月、殺人事件があったやろ」


 太田の言葉に、小川が反応した。


「あれか、みどりちゃん殺人事件のことか。女の子が刺された事件やんな」


「それもあったな、俺は、東京の通り魔殺人事件のつもりやってんけどな。しかし、なんや殺人事件ばっかりやな。物騒な世の中やで」


 僕は、その二つの事件が、テレビで紹介されていたことを思い出す。どちらも先月の六月に発生した事件だ。どちらの事件も、包丁か何かで、被害者は刺し殺された。通り魔の事件の方は、四人もの犠牲者が出た上に、犯人が人質を取って立てこもってしまった。だから、テレビでの扱いは凄かった。僕は、眉を顰める。


「貴子お姉さんも、そんな危険があるんかな」


 僕の不安気な言葉に、太田が深刻な表情を浮かべる。


「何度も嗅ぎまわるなんて、異常やないか。何をしでかすか分からんぞ。俺たちの捜索は、かなり危険なものになるかもしれんな」


 太田の真剣な言葉に、僕と小川は、不安そうに顔を見合わせた。暫しの沈黙が訪れる。沈黙を破ったのは小川だった。


「そのアキラってやつ、ミナミ高校の生徒ってところまでは分かったんやろ。そいつの苗字と、どこに住んでるのかくらいは調べたいな」


 太田が、小川を見る。


「どうやって調べるんや」


 小川が、腕を組みながら、太田を見る。


「学校が終わった後、ミナミ高校の前で、待ち伏せするっていうのは、どうや?」


 僕も、小川に意見をする。


「待ち伏せって言っても、ミナミ高校には、正門と裏門の、二か所の出入り口があるんやで」


 ミナミ高校は、僕たちが通う芝生小学校と隣接する、大きな高校だった。北側に正門があり、南側に裏門がある。その裏門は、芝生小学校の裏門とも繋がっている。


「潜入するか?」


 太田が、面白そうに、そう言った。僕と小川は驚いて太田の顔を見る。そんな僕らを見ながら、太田が更に続けた。


「怪人二十面相を読んでいてな、俺、思ったんや」


 僕は、太田の意味深な言葉に惹かれた。太田は、間を置いた後、悪戯っぽく笑うと、口を開いた。


「変装」


「変装?」


 意外な言葉に、僕は聞き返してしまった。


「ああ、そうや。俺な、変装をしてみたい。なあ、ミナミ高校の制服って手に入らんかな?」


 太田の提案に、小川が面白そうに笑った。


「手に入るかもしれんで」


「ホンマか!」


 太田が、小川の言葉に飛びつく。


「従兄弟のお兄ちゃんが、今年、ミナミ高校を卒業したんや」


 僕は、驚いて、小川に尋ねた。


「そのお兄ちゃんの制服を、借りるっていう事か?」


 小川は、ニンマリと笑う。


「言うてみな分からへんけど、多分、借りれるんとちゃうかな」


 太田が、嬉しそうに笑った。


「それは、ナイスファインプレーやで」


 小川が、太田の体格をジロジロと見回す。


「体格も、太田とそんなに変わらへんし、ピッタリやと思うで」


 話の、展開の速さに、僕は驚いていた。仲間が出来るって、凄い。僕は、小川に、問い掛ける。 


「折角やから、そのお兄ちゃんに、アキラのことも聞いてみてよ」


 小川が、嬉しそうに笑う。


「分かった。アキラについても、聞いておくわ」


 興奮が抑えきれないのか、太田が立ち上がった。


「面白くなってきたやないか。アキラか……見つけてやるぞ」


 太田が、残忍そうに笑った。僕も、興奮していた。なんだか、今すぐにでも、アキラを見つけ出せるんじゃないだろうか……そんな気持ちになっていた。そんな、僕と太田に対して、小川が、口を開く。


「潜入できるのは、現状、太田だけや。当日の動きについて、もう少し、詰める必要があるで」


 太田と僕が、小川を見る。小川は、言葉を続けた。


「太田が、高校に潜入したとして、出来ることは赤いサイクリング自転車の確認までや。まさか、高校でそのアキラに、直接、問い詰めることは出来ない。証拠がないからな」


 太田が、不機嫌そうに小川を見た。


「問い詰めたら、アカンのか?」


「俺は、知らないって言われたら、それでお終いや」


「じゃ、どうしたらええねん?」


 小川が、太田を見る。


「まずは、そのアキラを追跡して、居場所を突き止める。兎に角、アキラの情報が欲しい。俺達に必要なことは、決定的な証拠を見つけることや」


「なんや、面倒くさいの~」


 小川は、太田に笑いかける。


「遠回りのようで、必要なことや。言い逃れが出来ない証拠こそが、武器になる」


 僕は、小川の話に付いていくことが出来ない。小川に、問い掛けた。


「じゃ、当日は、どうしたらええんや?」


「アキラが自転車に乗って、家に帰る。それを、尾行するんや。居場所を突き止めたら、そこから、貴子お姉さんとの接点を、探す必要がある。きっと何かあるはずや」


 太田が、小川に質問する。


「俺は、潜入して、何をしたらええねん?」


「まずは、アキラの自転車を見つけることやな」


「分かった。潜入して、その赤い自転車を見つけるわ。見つけた後は、アキラがやって来るのを、待つことにする。待っている間は、そうやなー、怪人二十面相の本でも読んでおくわ。それやったら自然やろう。


 僕は太田の大胆な作戦に驚くしかなかった。さすが太田だ。ただ、問題点がある。正門と裏門が二つある問題は何も解決していない。僕はその問題点を指摘した。


「アホやな小林。俺も自転車で行くんや。同じ自転車置き場に、止めておくんや。小林と小川は自転車に乗って正門と裏門に分かれて待機してたらええやろ。赤い自転車と一緒に俺が出てきたら、一緒に追跡を開始や。はずれの門に待機した方は、連絡のしようがないから、また明日やな」


 その後も僕たちは秘密基地で色々と駄弁っては、笑い合った。僕は楽しくて仕方がない。いつまでも、いつまでも、こんな日が続くと良いな、と思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る