第4話


縁side


「縁は私を信じられる?」


少し考え込んだと思ったら後ろから真剣な声色で問いかけられた。その答えは反射的に出た。


「信じてるからここに来たんだ!」


確かにこの場に出てくるか迷った。だけど、一度として彼女を疑ったことは無い。それだけは言いきれる。状況から見れば、彼女が何か悪いことをしてこの人に追い詰められてるって想像も出来たはずなのに、僕の頭にはそんな考えは浮かばなかった。そんなことをするヒトだと思っていればここに僕は立っていないだろう。それが答えだ。


「そう···。」


紫は静かに頷き、僕の手を握った。いつの間にか朝見た時と同じ猫耳を付けた人間の姿に変わっていた。


「なら、今から文言を唱える。私が質問した時だけ返事して。」

「分かったよ。他にすることはない?」

「···そのまま、私を信じてて。」

「任せて!」


力強く彼女の手を握りしめる。しかし、時間はそこまでないだろう。男が作る火の玉はほぼ完成系に近づいている。


そこへ場違いにも歌のようなものが耳へと入る。


「ここにて我ら契りを交わさん。我が名は紫、友の名は縁。我は友が喜び、怒り、哀しみ、楽しむ時を同じように過ごすことを誓おう。友もそを誓わん?」


これが言っていた質問だろう紫はこちらに視線飛ばしてきた。


「はい。」

「そのふたつの魂は向後共に過ごすことを誓わん。然れば、そを神がごらんじはつことを我らは求む。」


そこまで言うとその言葉に応じるように雷が僕たちの目の前に落ちた。


「ここにて、契りは結ばれた。」


最後に紫がそれを言った途端、不思議な感覚が体を駆け回った。


(これがさっき言ってた魂を共にするって事なのかな?)


その感覚に身を委ねていると、


「···そういうことか。」


気づいた事実を噛み締めるように紫は呟く。僕はそれに対して質問する。


「何か分かったの?」

「分かった、色んなことが。それと、確信が出来た···。」


紫は一度目を瞑り、ためを作った後一言呟いた。


「私たちは勝てる。」

「僕に出来ることは何かある?」

「ううん、もう十分。あとは私に任せて。」


気づけば、あちこち傷ついていたはずの紫の体は一瞬で元のきれいな肌に戻っていた。それに、僕の中から何かが紫へ流れ込んでるような感覚もする。


「···妖それぞれによって宿る妖術は異なる。最も基本的なものは木、火、土、金、水、五行のどれかを扱うものが多く、後は種族固有の妖術に目覚めることもある。では、落妖がどうして妖術を使えないのか。その答えがやっと分かった···。」


そこまで言い切ると、紫の背中側にある1つ目のしっぽの横に光が集まり始める。何となく、それが妖力なのであろうことは分かったがそれが見えていることに驚く。自分が見えるようになったかと思いきや、


「な、何だその妖力は···。可視化できるほどだと?何をする気だ!」


男もそう言い出したことでこれが普通の現象ではないことが分かる。


散らばった光は紫は照らし、下から風でも吹いているかのようにその髪はなびいている。まるで、紫を祝福するように輝きを増す光と人間離れした美貌を持つ紫、あまりにも神々しい景色に僕は目を離せない。そして、ついに光は少しずつ集まりだして、一つの形を模し始めた。それは猫又には当然あるはずの、紫が持っていなかったもう一本のしっぽだった。


光が収まる。


姿かたちはほとんど変わらないが、そこには2本目のしっぽが生え右手に神楽鈴と呼ばれる鈴を持った紫が立っていた。


ゆっくりと閉じていた目を開ける。目の色も元の茶色から金色へと変化している。しかし、彼女はいつも通り少しだけつり上がった瞳を眠たそうに半目にして開く。それを見て、姿かたちは少し変わっても中身は何も変わっていないことに安堵する。


そんな僕に紫は近づいて、


「路地裏の時も、さっきも縁のおかげで助かった。···本当にありがとう。だからあとはここで見てて。私が勝つところを。」


決意の篭め、自信も伴った強い瞳を向ける。どうやら、僕にできることはもう無さそうだ。


「分かったよ、ここで見てる。だから無事に戻ってきてね。···結局最後はこうして見てることしか出来ないなんてかっこ悪いな。」


彼女を助けると颯爽ととび出たはずなのに僕にできることは見てるだけなんて、と少しのやるせなさから出た言葉だった。しかし、既に走り出そうとしていた彼女はこちらへと振り向くことなく一言返した。


「もう十分カッコよかった。」


それだけ言うと彼女は走り出した。


取り残された僕はそんなことを言われるなんて想像しておらず、不意打ちをくらい恥ずかしさから赤面していたが、こんなことをしている場合ではないと彼女の言った通りこれから起こる戦いを見るため既に一撃を入れ、僕から距離を離して戦おうとする紫を視界に入れる。


初撃を決めたのは紫だ。戦いに詳しくないため、予想になるが恐らく今のまま戦えば僕も巻き込んでしまうという判断からダメージよりも距離を取らせるのを目的とした蹴りだったように思える。


「くっ、猫又が使える妖術などたかが知れている。真っ向から潰す!」


男は紫が突然変化したことへの動揺から一撃は食らったものの既に立ち直ったようだ。そして、また手を前へとかざして火の玉を作り始める。


「まずはお前の妖術を見せろ!」


さっきまでのもったいぶったような生成ではなく、素早い生成によりマンホール位の火の玉が男の前に現れた。それを見ても、紫は慌てるでも避けるわけでもなく立ち尽くす。


「そんなに見たいなら見せてあげる。」


その言葉と同時に、シャンと鈴がなる音が響く。


そして、男と同じように手を前にかざすとこれもまた同じように火の玉が現れた。


「···は、ははは!あれほどの妖力を出しておいて結局火か!よりにもよって火とはな。俺とお前では扱ってきた火の歴が違う!真っ向からぶつかっても消えるだけだ!」


男はバカにしたような笑顔を貼り付けたまま火の玉を放った。恐らく、さっきまでと同様に痛みに苦しむ紫を幻視したのだろう。確かに、言われてみればそうだ。紫は今、妖術を使えるようになったばかり。それも相手と同じでは力量差がわかりやすく出てしまう。しかし、僕は一片たりとも紫が危ないなんて想像もしなかった。


だってあの時彼女は···


勝てると言ったのだから。


「なら、数で押す。」


前に出した手を空中で水平に動かすと、いくつもの火の玉が現れだした。


一つ目が当たるが一瞬競り合った思った瞬間には消えてしまう。しかし、二つ目三つ目が当たるとついにはその勢いは完全に衰え四つ目で消えてしまった。


「はっ!そんな方法では妖力が無くなって終わりだ。所詮、獣が考えた浅い作戦だ。」


そう言い終わるとまた火の玉を生成する。


それを見て紫も火の玉を作り出す。


しばらくはシューティングゲームを見てるような気持ちだった。男が作り出した大きな火の玉をいくつもの紫の一回り小さい火の玉が落とす。余裕の表情を貼り付けていた男の顔は少しずつ歪んでいく。


「どうして···どうしてだ!どうしてそれだけ妖術を使っておいてまだ撃てるんだ!···まさか!」


男と目が合う。


「まさか、その妖力は···!」


男は何かが分かったようだ。


「後ろの人間から貰ってるのか!?」

「正解。」


どこか胸を張るように紫は答える。どうやら、体の中を何か駆け巡ってるのが僕の持つ妖力でそれを紫は使っているようだ。


「くそっ、なら撃ち合いなどやってられるか!」


真っ直ぐではなく、火の玉を縦横無尽な動きで紫に直接当てようとするが、


「···ふぅ、そろそろこれにも飽きた。」


またしても、シャンと鈴がなる音が聞こえた。


その間にも炎は紫へと迫る。


そう見えただけなのか、それとも本当にそうなのか分からないがその時ゆっくりと世界が動いているように感じた。火の玉が散らす火の粉一つ一つが消える瞬間が分かるほどゆっくりに。そんな世界で、紫はゆっくりと目の前に手をかざす。そこに焦りは無い。


雫が落ちた。


彼女の掌を伝い、落ちた雫は地面とぶつかると同時にその身を粉々にした。


(どうして水が?)


雨も降っていないのに確かに雫は空中へと身を投じた。そして、その答えは視線を上げたその先にあった。


世界がまた動き出す。


今度は一つの球で男が出した炎は消えた。


「今のは水···!?一体何をした!お前たち猫又が持つ妖術はその尾一つににつき一つのはずだ!どうして水が使える!?お前が得た妖術は火のはずじゃ···!?」


そう、彼女がかざした手から出したの水の球だった。


その質問に対して答える気は無いのか紫はとぼけるように言う。


「猫は気まぐれだから。」


表情は割と真面目なため実は本気で言ったのかもしれないが、こちらから判断は出来ない。そして、それよりも僕が気になるのは、


(僕も妖術を使えるのかな?)


相手の男は人間にも関わらず使っている。多分、僕も使えるんじゃないかと考えてしまう。


(それに、ここで見ているだけよりかは手助けしたい。)


それをするにはまず、妖術を使うための妖力がどうなっているかを知る必要がある。それに関しては今現在、紫へと僕の妖力が流れていってるらしいからそれを見本にさせてもらおう。


僕は自分から紫へと流れるものに意識を集中すると、かなり複雑な経路だが最終的にはしっぽにたどり着くみたいだということが分かった。


(あれは妖術を使うための器官って言ってたし、そこに行くのは納得だけど僕にはしっぽなんてないからなぁ。···あ!そういえば紫にしっぽができる前に妖力が集まってたから僕も同じように一箇所に妖力を集めてみれば出来たりする?)


ダメ元で体を流れるものの動きに何とか指向性を持たせる。それがなんとも難しく周りを見る余裕なんてなく目を瞑り、右手に集まるのを想像する。


そうしていると少しづつだが何かが集まってきているのを感じる。上手くいくかは分からないがそれを続けていると、何かが満たされたような感覚へと変わる。


「ん?」


掌に質量を感じたので目を開けてその何かを見ると、


「これは···お面?」


手のひらの上には何かを模したお面があった。


(んー、これはひげ?それにこれが耳だとすれば···、猫?)


そのお面が何なのか考えてつつ、色んな方向から眺めてみた結果、


(つけてみようか···。)


使い方があってるか分からない。しかし、やはりこうとしか考えられないため顔へと近づける。


(あ、そもそも紐も何も無いしくっつかないんじゃ···。)


顔に当てたところでそこに気づいたが、どういう訳かお面は外れるどころか逆に取れそうな気配が無い。


(成功したってことでいいのかな?)


後は、これに妖力を集めて···


お面がある場所へ妖力を集めると何か変わった気がする。後は、紫が出したような水の球を思い描く。


「できた!」


不格好ながら水の球が目の前に現れた。上手いとは言い難い丸だが、自分にもできたという達成感から喜びの声を上げた。


そこへ周りから声が聞こえた気がしたがあまりに集中していたせいで気づかない。


(次はこれを動かして···。)


そこまで考えた時、何かが僕の作った水の球にあたって一緒に砕けた。


「え?」


何が起こったのかと顔を上げて周りを見渡すと、紫と相手の男がこっちを見ていた。


「縁···。」


紫に声をかけられてビクッとする。さっき、私が勝つところ見てて言ってたのに全く見ずに集中してたことを思い出し上手く誤魔化そうとする。


「···いやいやいや、見てたよ!ちゃんと見てた!···あ、あそこからの反撃は素人の僕でもびっくりしたなぁ、···ホント。」


冷や汗が止まらない。ここまで誤魔化しが下手だとは思わなかったのだ。


(そう言えば、じいちゃんにお前は嘘をつくのが下手だなぁってよく言われてて否定してたけど···。そうかぁ、僕は嘘が下手なのか···。)


認めざるを得ない事実を前にしてちょっと悲しくなるがそんな場合では無いことを、相手の男に牽制として攻撃をしてからこちらへ近づいてきた紫に声をかけられて思い出す。


「大丈夫!?怪我はない!?」

「だ、大丈夫だけど···。」


何やら焦ってるようだ。理解していない僕に気づいたのか紫は、


「多分、戦いながら初めから縁のことを狙ってたみたい。こっそりと家の中や路地を通した火の球を縁に当てようとした。けど、縁が出した水の球に当たったみたい···。ごめん、あんなに偉そうなこと言ってたのに。縁を危険に晒して···。」


紫は顔を伏せて謝る。それを見て事情も把握できた。だから僕は少しだけ仮面を外して、


「紫は何も約束を破ってないよ。だってあの時紫は勝ってくるって言ったんだ。僕を守ることまで約束には入ってないでしょ?」

「でも···。」

「だからさ、早く僕に見せてよ。僕の妖力で君が妖術を使って勝つところを。自分のことは自分で守る。もうこっちは気にしなくていいから、全力で戦ってきて!」


紫は初めからこちらへと流れ弾が来ないように立ち回っていた。常に僕が見ていたのは彼女の背中だったからそれが何となく分かる。でも、その戦い方は彼女の得意なものじゃないように思える。初撃を当てた時のように機動力を生かした戦い方が彼女にはあってるはずだ。


「···分かった。すぐに片付けてくる。」


もう一度紫は戦場へと身を投じるため、疾風のように地を駆ける。


···もう二度とこんなことは起きない方がいい。こんな戦いが起こることなんて。でも、離れていく彼女の後ろ姿を見て、今度こんなことがあれば後ろ姿を見るんじゃなくて隣を走りたいってそう思った。


「···頑張れ。」


色んな思いが込められた応援の言葉を彼女に贈る。


既に油断をなくした男は迫る紫へと火の球を放つ。それを相殺するでもなく横に避けることで躱す。そのまま、右手にある壁を蹴り無理やり方向を変える。男は防御のために火を出すが、紫はそこへ打ち込むことは無い。


屋根、地面、電柱、車、柵、あらゆるものを踏み台にして縦横無尽に駆け回る。


「くそっ、ならこっちだ!」


僕を守るためにその動きをやめると思ったのかこちらへと火を放とうとする。僕は先程の感覚を思い出して、被り直したお面がある場所へ妖力を注ぐ。その一瞬、目にも止まらない速さで飛び回る紫と目が合った気がする。少しの迷いがあるのだろうか。こっちを庇った方がいいのではないかという。


だから、そんな心配は無いと強く視線を返した。それに気づいたのか紫とはそれからもう目が合うことは無かった。そこに確かな信頼を感じた。


(一度目は偶然、二度目は奇跡。そう言うけど、今ならその奇跡すら起こせそうだ。)


彼女は僕を信じた。僕も僕の力を信じる。


ピチョン、水が地面へと滴り落ちた音がした。


(いける!)


今度はさっきよりも綺麗な形をした水の球が現れて、迫る炎を完全に消す。水と炎がぶつかったことで水蒸気が発生した。


ほどなくして水蒸気が消えて男がこっちを見ている姿、そして紫が壁を蹴って男の死角へと入り込む姿が見えた。


(次は僕が信じる番だ。)


強く思いを込めた視線を向ける。視線が合うことは無いけど、それを背負うように紫は駆ける。


そして、男の死角から水の球を放った。


「くっ!」


何とかそれに気づいた男は急造で作った火の球で防御するが目の前が一瞬水蒸気で覆われる。


瞬間、紫は単身でその水蒸気の中へと飛び込んだ。男からすれば気づけば目の前に紫が現れたように感じただろう。何が起こったか外からは見えない。


だけど、体をくの字にして宙を舞った男の姿を見て僕は、僕達の勝利を確信した。


水蒸気の中から紫がゆっくりと歩いて出てくる。


「勝った。」

「うん、勝ったね。」


僕達はお互いに拳を掲げた。


そして、今僕達は気絶した男の前に立っている。


「どうする?」


紫は僕に問いかける。


「それに関してはこのまま逃がしていいと思うんだ。」

「どうして?」


僕は男の言葉を思い出す。


「この人は僕が妖力をどうしてもってるかの説明の時、俺たちって言ってたんだ。だから、仲間がいると僕は考えてる。その仲間に僕たちと戦うことを言ってた場合、変に傷つけたりせずに返した方がこちらから害することはないっていう意思表示になると思う。もし、何が何でも妖怪は狩るっていう集団だったらこの人をどうしようとも結局追われることには変わりないし。···それになにより僕が人を殺したくも殺して欲しくもないんだ。」

「それでも今ここで消しておけば、私のことはともかく縁のことは知られないかもしれない。」

「僕は下りないよ。そんな理由で紫に人を殺して欲しくない。」

「···分かった、なら一つだけ方法がある。」

「どんな方法?」

「こうする。」


シャンと鈴がなる音が辺りへと響く。何が起こったか分からないが紫は何か知ってるようだ。


「ラッキー。一回で成功した。」


紫は男の頭に手を当てる。また何か妖術を使ったみたいだがどんなものかは分からない。


「ふう、終わり。」

「一体、何をしたの?」

「幻術をかけた。戦いがあること自体は隠せないから私たちを完全に殺したっていう風に思い込ませるように。ついでに顔とかも変えておいた。」

「幻術?」

「そう、狐や狸の妖怪が持つ妖術。」

「えっと、じゃあ何で紫がそれを使えるの?そう言えば、戦闘中も火から水に変わってたよね?」


僕は戦闘中のことを思い出してそう問いかける。


「それを説明すると長くなるから端的に言うと、私の妖術は決まってない。」

「決まってないって···。」

「私が鈴を鳴らす度にランダムに妖術が変わる。五行はもちろん、種族固有のものも使えるらしい。種族固有のものを例にあげれば、小豆洗いの小豆が上手く洗えるようになる妖術とかも使えるようになる。」

「だから、鈴の音が···。というか小豆洗い好きすぎない?ことある事に使われる気がするし、その妖術いらないよね?」

「何言ってるの?小豆洗いの中でその妖術に目覚めるものがいたら、神様のごとく扱われるのに。」

「···そうなんだ。」


よく分からない小豆洗い事情に脳が機能停止してしまう。しかし、このままではいけないと話を変える。


「というか、ランダムなのによく戦闘中によく変えようと思ったね。」

「んー、大丈夫な気がしたし。散々火は見てきたから飽きた。だから変えた。」

「肝が据わってるというか、何と言うか···。」

「勝ったし、おーるおっけー。」

「そうなんだけどね。何でそんな言葉知ってるの?」

「分からない。」

「···もういいや、早く帰ろう。」


色んなことがありすぎてもう家に帰りたい。そうして、声をかけたところドサッと紫が地面へと座り込む。


「どうしたの!?」

「かなり大量の妖力を使ったから疲れすぎてもう動けない。だから、背負って。」


傷がとかではないようで安心した。紫は小柄だし、背負うのは大丈夫そうなのだが、


(切羽詰まってたから手を繋ぐのは何も感じなかったけど、素の状態でさすがにおんぶは密着しすぎる···。)


どうしたらと頭で逡巡するが、このままここにいるのも危ない。仕方なく、僕は紫の前へと背中を向けて腰を下ろす。その背中に向けて紫は乗り込んだ。


「大丈夫?」

「だ、大丈夫。あ、あんまり動かないでね?」


どもりながらも返事をする。


そうして、僕たちが通ってきた道をおんぶしながら歩く。まだ、誰も居ないようだ。


僕はあまり背中を意識しないようにひたすら前を見て足を動かしていると、


「ねぇ、どうして猫又が人の姿になれるか聞きたい?」

「ど、どういうこと?」


突然の質問、それに耳元から聞こえる声に驚き声が上ずる。


「猫又は元々は人間に化けられる妖怪じゃない。だけど、私たちの村ではほとんどみんなが人間に化けれるしほかの種族も似たような感じらしい。」

「···どうしてなの?」


今度は落ち着いた状態で尋ねる。


「種族によって色んな理由がある。自分たちを追い出した人間への怒りを忘れない為にとか、生活しやすいからとか。」

「そうなんだ。」


怒りを覚えている妖怪もいるのか、と心の中で思う。


「でも、大部分は違う。」

「え?」


顔を見ることは出来ない。でも、少しだけ僕の服を握る力が強くなった気がする。


「人と暮らすことになっても驚かさないようにって。いつかまた人と一緒に暮らしたいって思いが込められてるから。」


そう言った紫の声色はとても優しげで、どこか嬉しそうだった。

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