第3話


「何だお前!離せぇ!」


意識が逸れたからか、死神の鎌のように見えていた火の球は幻のように消える。男は掴みかかる縁に蹴りを入れて突き飛ばす。


「うわぁ!」


そんな気の抜けた声とともに私の前に転がった縁を見て、声が漏れる。


「なんで···?」

「痛てててて···。はは、久しぶり紫。」


縁はどこか自分を恥じるように笑うと挨拶してくる。状況を分かっていないその態度に苛立つ。


「何で···何でここにいるの?いや、それよりもどうして出てきたの?あなたがいたとしても何も変わらない。だから今すぐここから逃げて···!」


私は確かに、会いたいと言った。でも、私はこんな形を望んだのではない。巻き込むつもりは無かったのに、これじゃあ縁まで死ぬことになる。死ぬのは私だけでいいのにと声を上げる。


「僕は逃げないよ。」


なのに、縁の口から出たのはそんな言葉だった。


「死ぬのが怖くないの?」

「怖いよ、だから飛び出すのが遅くなった。」

「だったらどうして···。」

「紫に死んで欲しくなかったからだよ。」

「······。」


私の質問に隙間を開けることなく答えが返ってくる。その速さに私は何も言うことが出来ない。


「いらないもの全部削ぎ落として出た答えがそれだったんだ。だから、逃げないよ。」

「お願いだから逃げて···。」

「もう決めたから。君を助けるって···。」


縁は立ち上がり私を庇うように立つ。私の目には彼の背中だけが映る。


あの夜、祖父の部屋の前で泣きそうな顔をしていた人間と同一人物には見えなかった。あの時の少年はどこにもいなかった。


そんな背中に向けて尋ねる。


「···あなたはこの状況をどうにかできるの?」


それに対して、縁は振り向きながら答えた。


「いやぁ、その···三人寄れば文殊の知恵って言うから二人寄ればちょっとくらい良い知恵が絞れたりなんか···しないかな?ははは···。」


これからどうしよう、と顔に文字を貼り付けたまま乾いた笑いを起こす。さっきまでとのあまりの違いに見間違いなのかと自分を疑ってしまう。けど、その脳天気な反応で何だか絶望的な状況だったはずなのに空気が緩んだ気がする。このままどうにかなる方法があるんじゃないかって気がしてくる。


「本当に馬鹿。何も考えないで突っ込んでくるなんて、信じられないくらい馬鹿。」

「そんなに言う!?」

「···でも、ありがとう。まだ何とかなる気がしてきた。」

「···!そっか、それなら良かったよ。」


私たちの会話が一段落すると、


「さっきからずっと探ってたが、お前は俺らと同じ混ざりものか。たまにいるんだよな、結界に入ってこれる妖力持ちが。」

「混ざりもの?それに、妖力持ち?」


何言ってるのか分からないというふうに縁は問いかける。


「やっぱり知らねぇのか。まず自分が妖力を持ってることを知ってるか?」

「え、僕が妖力を?」

「あぁ、そうだ。前提として、普通の人間は妖力なんてもんは持たねえ。だが、人間が妖力をもつ場合が一つだけ存在する。」

「それは?」

「自分の親の系譜に妖怪がいた場合だ。」

「ということは···?」

「どっちかは分からないが、お前の父が母の先祖に妖怪がいる。」

「そうなんだ···。ん?じゃあ、どうしてあなたは紫を殺そうとしてるの?妖怪たちとは血縁関係があるのに···。」


その質問に男は忌々しそうにこちらを睨みつけながら答える。


「お前ら妖怪によって俺の両親は殺されたからだ···!それも随分と弄ばれて···!分かるか?家に帰ったら血の海に沈んでいた両親の姿を見た俺の気持ちがぁ!」


復讐の炎が宿った瞳は私を捕らえて離さない。


「···私はそんなことしてない。」


だが、隔世にいた私にそんなことは出来ない。妖違いだと主張しようとするが、


「口では何とでも言えるだろ?俺はそれをやった妖怪の姿を見てねぇ、だからこの日本から一匹も妖怪がいなくなればそのどれかは仇だったってことになるだろ?」


無茶苦茶な理論だ。その分どれだけ罪のないのものが殺されるか想像がつかない。でも、復讐にとりつかれたこの男にとってはこれが最善策のように思えるのだろう。


「だが、人間を殺す気はねぇ。早くそこをどけ、お前だけは助けてやる。」


縁を指さして男はそう言う。だが、


「嫌だっ!紫が助からないのならここを退く気は無い!」


彼の足は地面に根を張るようにどっしり構えられ、それほど大きくない体を目いっぱい広げて私の盾になろうと立っている。


「そうか、残念だ。今のが最後の警告だからな。」


(これが縁の覚悟···。)


縁は覚悟を決めていた。絶対に二人で生き残るのだと。そして、それを達成しようと今も尚助かる方法を探しているのだろう。


なんとかなるではダメだ。生き残る方法を考えなくては。絶対に二人で生き残るのだ。


「縁···。」

「何?いい方法でも浮かんだ?」

「···ううん、でも絶対に2人で生き残る。」

「もちろんだよ!」


縁は嬉しそうに答える。


二人の心はひとつになった。あとはここを乗切る方法だけだ。


状況を整理しよう。


既に私の体は動かない。体内の妖力も残り少なく、回復には割けない。縁は転がったせいで汚れてはいるものの怪我は無し。走ることは可能だろう。目の前の男は汚れすらなく、今も尚健在だ。既に目つきは変わり、二人諸共殺そうという意思が垣間見える。次に逃走方法だが、縁に抱いてもらって逃げたとしてもこの先には罠があるような口ぶりだったし、あの男から逃げられる気はしない。なら、あの男を倒してから逃げるというのは論外だ。それができるなら越したことにないが、私は妖術を使えず縁は妖力があるだけでただの人間。八方塞がりな気が···


そこまで考えたところで何かが引っかかった。


(手札には縁と私だけ。どこに引っかかるところが···。いや、見方を変えてみる?例えば、縁と私は言い換えれば人間と妖怪···?まだ、足りない。何か、何かあるはず。私の中の全てを使って···!)


現世で得た友達、そして隔世で得た知識を使えば何かできるはず。


そして、思い出したのがこちらに来る前にも見た村の入口に置いてある石碑のことだった。昔、両親と交した会話が蘇る。


『何あれ?』

『あれは人と妖の間で結ぶ契りのために必要な文言よ。契りを結ぶためには、この文言とお互いを信じる気持ちが大事って昔から伝えられてるのよ。』

『契りを結んだらどうなるの?』

『どうなるのかしらね?そこまでは分からないわ。···でもいつかあなたが人間に会って、もし契りを結ぶ時が来たらちゃんと相手は選びなさいよ?人間にだって悪い人はいるかもしれないからね。』

『分かった。』


(···あった、たった一つだけ。細い線かもしれないけど未来に繋がるかもしれない道が。鬼が出るか、仏が出るか分からない。だけど、わざわざ文言まで残して、お互いを信じる気持ちが必要だというもの。そこまでする以上、必ず何かお互いに利益があるはず。)


到底作戦と呼べるものではなく不安しかないがこれしかない。


後は、私たちがお互いを信じられるかどうか。一度深呼吸を入れて、尋ねる。


「縁は私を信じられる?」

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