第11/15話 イベント:マグマホールズ2

 それから少し、エクスプロを走らせたところで、燐華は、数メートル先の火口の側面から、何かが出っ張っていることに気づいた。それは、パイプだった。太さは、一メートルほどで、地面から五十センチほど突き出た所で、折れており、そこより先は、失われていた。

「むう……!」

 燐華は、ハンドルを、ぐるん、と、大きく右に切った。パイプの右横、数センチ離れたあたりを、通り過ぎる。

 数秒後、後方から、どがしゃあん、という音が聞こえてきた。バックミラーを、一瞥する。

 燮永会のセダンのうち、先頭にいた一台が、溶岩湖に向かって落ちていっているところだった。それは、フロント部分が拉げて、ぐちゃぐちゃになっていた。パイプを避けきれず、衝突したに違いなかった。

「よし……!」

 そう呟いた、次の瞬間、十数メートル前方で、小さな石が、いくつか、ころころころ、と、火口の側面を、上から転がり落ちてきたのが、視界に入った。思わず、火口の縁を見上げる。

 燐華たちは、今、元いた道路と、目指している道路の、中間地点あたりにいた。そして、目指している道路の上には、トラックが一台、火口の縁に沿うようにして、停まっていた。車の荷台には、筒状の物体が、山のように積まれていた。それらは、ロープで縛られていた。

 そこまで視認したところで、後方から、どおん、という音が聞こえてきた。燐華は、バックミラーに視線を遣った。

 ロケットが、エクスプロのいるほうめがけて、宙を飛んできていた。燮永会のセダンのうち、先頭にいる一台では、客席の、燐華から見て左側にあるウインドウから、中年男性の兵士が、身を乗り出していた。彼は、ランチャーを担いでいた。

 しかし、弾は、燐華たちの車に向かってはいなかった。それの右方、数メートル離れたあたりを目指していた。

「上手く狙いを定められなかったのでしょうね……」

 燐華は、そう呟くと、フロントウインドウに視線を戻した。数秒後、ロケットが、エクスプロの右方、数メートル離れたあたりを通過した。

 次の瞬間、弾は、トラックの荷台に命中した。

 ロケットは、どかあん、という音を立てて爆発した。ぶちぶちぶちっ、という、ロープが千切れるような音が聞こえてきた。

 次の瞬間、トラックに積まれている筒状の物体が、荷台の外へ、次々と落下し始めた。それらは、火口の側面に着地して、そこを転がり落ち始めた。

「な……!」

 ちょうど、エクスプロは、トラックの下あたりに差し掛かっていた。上からは、筒状の物体が、一個、ごろんごろん、と転がってきていた。

「く……!」

 燐華は、アクセルペダルを踏み込んだ。筒状の物体に衝突される前に、その下を通り抜ける。

 しかし、それだけでは終わらなかった。今度は、エクスプロの右斜め前あたりを、筒状の物体が、上から、転がり落ちてきていた。このまま、直進すると、ちょうど、ぶつかってしまう。

「ぬう……!」

 燐華は、ブレーキペダルを踏み込んだ。エクスプロのスピードを、落とす。車が、火口の側面を、溶岩湖に向かって、ずりずりずり、と滑っていき始めた。

 数秒後、筒状の物体が、エクスプロのフロントバンパーの十数センチ前方を通り過ぎた。その頃には、車は、溜まっている溶岩の表面から一メートルくらいしか離れていない所にまで、到達していた。

「ぐう……!」

 燐華は、ハンドルを、ぐるぐるぐる、と右に回しながら、アクセルペダルを底まで踏み込んだ。エクスプロを、一気に加速させる。

 なんとか、それ以上に車がスライドすることを、防げた。再び、火口の側面を、走り始める。

 後方から、どごしゃあん、という音が聞こええてきた。バックミラーに、ばっ、と視線を遣る。

 さきほどロケットを撃ったセダンが、筒状の物体に、横から衝突されていた。それらは、溶岩湖めがけて、ずずーっ、と、火口の側面を滑っていっていた。

「どうせなら、後続の追っ手たちも、みな、あれらの巻き添えを食らってくれないかしらね……」

 そう言う、燠姫の声が聞こえたが、すぐに、それは叶わないことが、燐華には、わかった。他のセダンたちが、トラックの下あたりに差し掛かる頃には、もう、荷台に積まれていた筒状の物体は、すべて、落ちきっていた。どうやら、耐熱性に優れているらしく、溶岩の表面に、ぷかぷか、と浮かんでいた。

 燐華は、フロントウインドウに視線を戻した。目指している道路は、火口により、手前と奥に分断されている。エクスプロは、それらの中間地点にいた。

 彼女は、くるり、とハンドルを右に回した。火口の側面を、駆け上がる。数秒が経った頃には、縁から、ばひゅっ、と地上へ飛び出した。

 一瞬後、車は、目当ての道路に、どしん、という音を立てて、着地した。道路は、十数メートル先で、右へ折れていた。

 すぐに、燐華は、サイドブレーキをかけながら、ぐるぐるぐる、とハンドルを右へと切った。ドリフトして、直角コーナーをクリアする。その先は、車道が、二車線となっていた。

 燐華は、その後、バックミラーを一瞥した。燮永会のセダンたちも、すでに、火口の側面から、彼女らが今いる道路に移っていて、角を曲がっては、エクスプロを追いかけてきていた。

 それからしばらくして、また、火口に出くわした。今度のそれは、直径が八メートルほどしかなかった。側面は、垂直だ。

 火口は、左側にある歩道から、右側にある歩道まで、すっぽり収まるようにして、出来ていた。そのせいで、車道と歩道は、完全に途切れてしまっていた。左側にある歩道の、さらに左側には、塀が立っており、右側にある歩道の、さらに右側には、何らかの残骸のような物がたくさん落ちている。そのため、左右に迂回することは、できなかった。後ろからは、燮永会のセダンたちが、エクスプロを追いかけてきているから、Uターンして、来た道を引き返すわけにもいかない。

「う……」

 何か、打開策はないでしょうか。燐華は、そう考えると、火口付近の様子を、よく観察した。

 そこで、火口の上に、何か、棒のような物が乗っかっていることに気がついた。それは、まるで、空になった茶碗の上に置かれた箸のようだった。

 燐華は、道路の右方に視線を遣った。右側にある歩道の、さらに右側の敷地は、工事現場となっており、そこには、建設中であるビルが建っていた。どうやら、以前は、ビルの、道路に面しているほうの外壁に沿うようにして、作業用の足場が組み立てられていたらしい。しかし、火口が出来た時の衝撃のせいか、それは、崩落していて、辺りには、残骸が、たくさん転がっていた。

 よく見ると、火口の上に乗っかっている物も、その残骸のうちの一つだった。幅が五十センチほど、長さが二メートルほどの、金属製の踏板だ。それが、いくつか繋げられて、細長い棒のようになっていた。

「それでしたら……!」

 燐華は、ハンドルを、ぐるん、と左に回した。散乱している残骸のうちの一つに、近づいていく。

 そこでは、残骸が積み重なって、小さな錐体のようになっていた。その上に、踏板が一枚、斜めに乗っかっていた。それは、上りスロープのようになっていて、手前の端は、路面に接していた。

 燐華は、そこに、エクスプロの左フロントタイヤを進入させた。続けざまに、左リアタイヤも進入させる。

 数秒後、残骸の山の右横を通り過ぎた。その後は、車は、右タイヤのみで走行し始めた。

「……!」

 燐華は、バランスを崩さないよう、左タイヤを落下させないよう気をつけながら、ハンドルを操った。そして、片輪走行を維持したまま、右のフロントタイヤ、次いでリアタイヤを、火口に乗っかっている踏板に進入させた。

「……この調子なら……!」

 燐華は、一瞬だけバックミラーに視線を遣る、という行動を、何度か繰り返して、追っ手の様子を確認した。燮永会のセダンたちは、さすがに、片輪走行で踏板を渡る気はないらしく、続々と、Uターンしては、来た道を引き返していた。火口を迂回するつもりなのだろう。

 しかし、一台だけ、火口のそばまでやってきて、停止した車がいた。直後、客席のドアが開いて、そこから、若い男性の兵士が一人、降りてきた。彼は、着ている服の上からでも、各種の筋肉の様子がわかるほど、逞しい体つきをしていた。

 兵士は、辺りを、きょろきょろ、と見回した。その後、どこかに向かって駆けていくと、何かを手にしてから、戻ってきた。

 持ってきたのは、金属製のパイプだった。その後、兵士は、火口の縁のすぐ手前に立った。彼の目の前には、乗っかっている踏板の始点があった。

「踏板に衝撃を与えるつもりですか……!」

 踏板は、しっかり固定されている、というわけではない。横から殴りつけられたら、ずり動いて、落ちてしまうかもしれない。そうでなくても、エクスプロのバランスを崩され、落とされてしまうかもしれない。

「く……!」

 燐華は、アクセルペダルを、できるだけ深く踏み込んだ。エクスプロのスピードを、バランスが崩れない程度に、上げる。

 兵士は、パイプの根元を握ると、ゴルフクラブのように構えた。それの先端は、火口の縁を越えており、地表よりも下に位置していた。

 やがて、彼は、パイプを、燐華から見て、左に振りかぶった。間髪入れずに、右へと、スイングする。

 それの先端が、踏板にぶつかり、がきいん、という音が鳴った。踏板は、ぐらり、と大きく揺れた。

「ぐう……!」

 左タイヤが、一気に落ち始めた。もはや、片輪走行が終わってしまうであろうことは、火を見るより明らかだった。

 一秒が経過した後、左タイヤは、どどしん、という音を立てて、アスファルトの上に着地した。

「ふうー……」燐華は長い安堵の息を吐いた。「なんとか、片輪走行が終わる前に、踏板を渡りきれましたね……」

「燮永会のセダンたちは、今、火口を迂回している最中だろうけれど」燠姫が姿勢を正しながら言った。「ここら辺は、焚沢町の中でも、特に入り組んでいるし、あちこちに、火口だの、火口が出来た時に吹き飛ばされた物だのが、あるわけだから、かなり、時間がかかるはずだわ。今のうちに、距離をとりましょう」

「承知しました」

 そう言うと、燐華は、アクセルペダルを、ぐっ、と踏み込んで、エクスプロのスピードを上げた。

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