第08/15話 イベント:ロックフィールド2
直後、それらのうち一台が、一気に加速した。あっという間に、燐華たちに追いつく。エクスプロの右隣、一メートルほど離れたあたりを、並走し始めた。
「……!」燐華は、セダンより右方の様子を確認した。「よし……!」
彼女は、ハンドルを、ぐるり、と大きく右に回した。燮永会の車両に、がつん、と体当たりを食らわせる。
セダンは、ふらり、と大きく右方によろめいた。運転している、若い女性兵士が、スピンさせまい、として、必死にハンドルを操り、バランスを立て直そうとしているのが見えた。
結果的に、車両は、スピンしなかった。それよりも前に、岩面に鋭利な凸凹が密集しているエリアに、突入したためだ。
ばあん、という音が聞こえた。見ると、セダンの左フロントタイヤが、パンクしていた。右フロントタイヤは、突起と突起の間に挟まっていて、宙に浮いていた。
「あれじゃあ、もう、走れないわね……」燠姫は、ふふ、と相好を崩した。「やるじゃない、燐華」
燐華も、笑みを浮かべた。「ありがとうございます」
彼女は、その後も、エクスプロを走らせていった。それから、しばらくしたところで、建物が、溶岩に飲み込まれているのが、見えてきた。各種の建材は、溶解を免れたようだったが、炎上はしたらしく、炭のごとく真っ黒な外観をしていた。
「看板が焼け残っていたわ。何とかいう、温泉施設みたいね」
「火山の恩恵のうち、代表的な物は、温泉ですから。きっと、繁盛していたのでしょうね……」
燐華は、そう言いながら、エクスプロを走らせ続けた。しばらくして、建物の横を、通り過ぎる。
そこから数十メートル先、右手では、溶岩が、垂直な台地のごとく、盛り上がっていた。高さは、三メートルほど。おそらくは、もともと、そのような地形が存在しており、溶岩が、その上を覆った状態で、凝固したのだろう。
よく見ると、台地の上からは、水が流れ落ちていて、ばちゃばちゃばちゃ、という音を立てていた。いや、それの表面からは、白い湯気が、もうもう、と立ち上っているから、湯、と表現したほうが適切だろう。滝、というよりは、打たせ湯、というような印象を受ける。
温泉の源泉かもしれない。台地の側面は、基本的に、ほとんど垂直だったが、その、打たせ湯のあたりだけ、内側に向かって、軽く抉れていた。
そこまで視認した直後、燮永会のセダンのうち一台が、加速し始めた。どんどん、エクスプロとの距離を、縮めてくる。
「あのセダンに乗っているのは、運転している兵士、一人だけのようね……それなら……!」
そう言うと、燠姫は、助手席のウインドウのガラスを開け始めた。同時に、ワンピースのスカート部分のポケットから、特殊警棒を取り出し、右手で握った。
ガラスが、すべて下りきった後、彼女は、ウインドウから上半身を乗り出した。迫ってきているセダンのほうを向くと、「とりゃっ!」という声を上げて、右手を、ぶんっ、と振る。特殊警棒を、投げ飛ばした。
それは、宙を突き進んだ後、燮永会の車のフロントウインドウに命中した。ばりいん、という音を立てて、ガラスに穴を開け、キャビンに突入した。
しかし、運転している、中年女性の兵士には当たらなかった。燠姫が特殊警棒を投げた直後に、頭を下げたためだ。
特殊警棒は、兵士の頭上を通り過ぎると、運転席のシートにぶつかって、ぼこ、という音を立てた。その後、彼女は、頭を上げ、姿勢を元に戻した。
燠姫は、素早く体を引っ込めると、半ば倒れ込むようにして、シートに乱暴に腰かけた。「まだ、作戦は、これからよ──燐華!」と叫ぶ。
燠姫の言う、作戦の内容は、じゅうぶん、察しがついた。燐華は、「承知しました!」と返事をすると、ブレーキペダルを、軽く踏み込んだ。
エクスプロのスピードが落ち始め、セダンとの距離が縮まり始めた。しばらくして、彼女の車が、相手の車の左隣、一メートルほど離れたあたりに到達した。ブレーキペダルから、足を離す。
「食らいやがれ、です!」
燐華は、そう言うと、ぐるり、とハンドルを大きく右に回した。セダンに、がつん、と体当たりを食らわせる。
相手の車は、ふらり、と大きく右によろめいた。しかし、兵士は、ハンドルを巧みに操作すると、すぐさま、バランスを立て直し、スピンを回避した。
直後、セダンは、台地の打たせ湯に、突っ込んだ。
ばしゃばしゃっ、という音が鳴った。兵士は、湯を、全身に浴びた。
「ぎゃああああ──」
兵士は、そんな悲鳴を上げた。彼女の肌は、真っ赤になっていた。
「やっぱり、あれは、熱湯だったわね……」燠姫が、姿勢を正しながら言った。「湯気が、濃くて、量も多かったから、もしかして、とは思っていたけれど」
燠姫の目論見どおり、兵士は、とても運転などしていられないような状態に陥ったらしい。セダンは、エクスプロから離れて、明後日の方向に進んでいった。それを確認すると、燐華は、再度、アクセルペダルを踏み込んで、車両のスピードを上げた。
その後も走っていると、数十メートル先に、根元が溶岩に飲み込まれている、大きな建物があるのが見えた。ぱっと目にしただけでも、二十以上の階層を有していることがわかる。やはり、炎上したようで、炭のように真っ黒だった。
外壁に設置されている、アルファベットサインの形から判断するに、どうやら、ホテルのようだ。規模からして、おそらく、建物の周囲も、それの敷地なのだろうが、すっかり溶岩に埋もれていて、跡形もなかった。
燐華は、きょろきょろ、と辺りを見回した。エクスプロの左右、車から数メートル離れたあたりの岩面には、鋭い凹凸が密集していて、とても走れそうになかった。岩面の、凸凹がない、滑らかなエリアは、一本道のように、まっすぐ伸びており、それは、ホテルへと向かっていた。
「ホテルの中を突っ切るしかないようですね……!」
しばらくして、エクスプロは、ホテルの十数メートル手前あたりに到達した。建物は、一階の十割と、二階の十割、三階の七割が、溶岩に飲み込まれていた。これでは、もし、三階に入ったなら、天井が低すぎて、つっかえてしまうだろう。
「なんとかして、四階以上のフロアに入らなければなりませんね……」燐華は、そう独り言ちると、ぐるり、と周囲の様子を窺った。
ホテルの数メートル手前にて、バスが溶岩に飲み込まれていた。それは、建物に対して直交するような方向を向いていた。炎上したようで、真っ黒に焦げており、ほとんどのウインドウのガラスが割れていた。
また、そのバスは、地表に対して斜めに傾いた状態で、埋もれていた。ボディのうち、手前の端は、屋根まで没していたが、奥の端は、シャーシ近くまで、岩面の上に突き出ていた。
「あれです……!」
燐華は、そう呟くと、そこめがけて、エクスプロを走らせた。しばらくして、目的地に到着する。
彼女は、そのまま、車で、バスの屋根に乗り上げ、駆け上がり始めた。数秒後には、そこの奥の端から、ばひゅっ、と宙に飛び出した。
ホテルの外壁のうち、四階部分、バスの前方あたりは、どうやら、もともと、ガラス張りだったらしい。しかしながら、火災に耐えられず、割れてしまったようで、現在、ガラスは、ほとんど失われていた。わずかながら、フロアの床に、それの破片が落ちているのが見える。
エクスプロは、その、ぽっかりと開いた大穴のようになっている所を通り抜けた。床に、どしん、と着地する。
その部屋は、何らかのホールのように広かった。あちこちに、テーブル席が設置されている。その上には、燃えて真っ黒になった、謎の塊が乗っかっていた。燐華は、それの中に、フォークだのスプーンだのが紛れているのを見つけた。ということは、ここは、食堂だろう。
彼女は、エクスプロで、出入り口めがけて、食堂の中を進み始めた。テーブルを、ばきっ、と撥ね、椅子を、べきっ、と折り、食器を、がちゃっ、と割った。
そのうちに、後方から、どしん、どしん、という音が、連続的に聞こえてき始めた。サイドミラーに、視線を遣る。燮永会のセダンたちが、燐華たちと同じようにして、ジャンプしては、フロアに飛び込んできていた。
さいわいにも、食堂の出入り口の扉は、開け放たれていた。そこをくぐって、廊下を走り始める。
数十秒後には、終点が見えてきた。そこは、広間のようになっていて、突き当たりの壁は、ガラス張りだった。
それの向こう側には、屋内プールが広がっていた。従業員たちが、急いで避難したためか、水が張られたままとなっていた。そのおかげか、プールは、火災の被害をほとんど受けておらず、ホテルの規模に見合ったゴージャスさを維持していた。
燐華は、エクスプロで、ガラスに体当たりした。がしゃあん、と、それを突き破る。屋内プールに躍り込むと、プールサイドを走り始めた。
「なんとかして、このホテルから、出ませんと……」
燐華は、そう呟きながら、さっ、さっ、と辺りに視線を巡らせ始めた。日光を多く取り入れられるよう、壁には、たくさんの窓が取りつけられている。しかし、それらを突き破るには、エクスプロを、かなり高くジャンプさせる必要があった。近くに、踏み台として使えそうな物も、見当たらない。
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