第04/15話 ブリーフィング1

 四月二十日、水曜日、午前十二時半。

 燠姫から、「煤山炊男のスマホの件で、話したいことがあるから、手が空いたら、仕事部屋に来てちょうだい」と言われたのは、燐華が、爛崎邸にて、昼食後のテーブルを拭いている最中のことだった。

「本当ですか。今すぐ──ええと、これが終わったら、すぐ行きます」

 燐華は、そう返事をした。テーブルの掃除を、再開する。彼女の格好は、いつもどおりだった。銀髪をツインテールに纏め、メイド服を着ている。

 煤山炊男の物らしいスマートフォンを拾ったのは、一ヵ月ほど前だ。それ以来、彼女は、燮永会はいったい何を企んでいるのか、と、心配で仕方がなかった。健康を害すほどではなかったが、それでも、ストレスにはなった。

 やっと、不安を払拭することができます。燐華は、そんなことを考えながら、仕事部屋の扉をノックした。すでに、テーブルの掃除は終えていた。

 しばらくして、燠姫が扉を開けた。「入ってちょうだい」彼女の格好は、いつもどおりだった。後ろ髪をポニーテールに纏め、横髪をストレートに垂らし、ワンピースを着ている。

「失礼します」

 そう言って、燐華は、部屋に入った。二人して、応接スペースにあるソファーに、腰を下ろす。

「わかりやすいよう、時系列順に話していくわね。燐華も、知っていると思うけれど、あのスマホには、メモ帳が付いていたでしょう。それの中身を調べたところ、ある文字列を発見したの」

「ある文字列……ですか?」

「ええ。といっても、一見すると、意味不明な──それこそ、英数字をランダムに並べたような物でね。わたしにも、理解できなかったわ。

 でも、他に、手がかりの類いは見つからなかった。だから、それを頼りにするしかなくてね……。

 とりあえず、とある専門の機関に、依頼してみたの。この文字列は、暗号文かもしれない、解読することはできないか、ってね」

「それで……どうだったんです?」

「ビンゴだったわ。その文字列は、とある方法で暗号化された物だったの。解読は、けっこう難しかったようで、それなりにお金はかかったけれど……甲斐あって、平文を突き止められたわ。

 で、その文字列の正体なんだけど……三つの、英数字列だったの。見た目からして、URLと、アカウントIDと、パスワード」

「なるほど……」燐華は、ゆっくり首を縦に振った。「おそらく、煤山炊男は、よく、スマホのインターネットブラウザーアプリを使って、そのURLのウェブサイトにアクセスして、ログインしていたのでしょうね。で、それに必要な情報を、忘れないよう、メモ帳に記録しておいた。誰かに見られても、漏洩しないよう、暗号化して」

「まあ、けっきょくのところ、わたしに知られてしまったわけだけど。……でもって、わたしも、身元がばれないように、細心の注意を払いながら、そのURLにアクセスしてみたわ」

 燐華は、やや不安な表情を、顔に出した。「……いったい、どんなウェブサイトだったんですか?」

「何の変哲もない、個人のホームページよ。日記だの、写真だの、ポエムだのが掲載されていたわ。それから、さらに詳しく調べたら、「管理用」というタイトルのページに、ログインフォームが設けられているのを見つけたの。

 それで、さっそく、アカウントIDとパスワードを使って、ログインしてみたんだけれど……もう、びっくりよ。燮永会のウェブサイトに遷移したんだから」

「燮永会のウェブサイト……ですか?」

「ええ。といっても、あくまで、会員たちが、チャットで連絡をとったり、アップロードされているデータを確認したりするための、簡単な物だったけれどね。

 もう、このURLと、アカウントID、パスワードさえあれば、このスマホは燮永会の会員の物である、と証明できるじゃない? それで、警察に提出する前に、ちょっと、ウェブサイトを閲覧しておこう、と思ったのよ。もし、そこに、鶯磐庭園に関する何らかの情報が載っていたとしても、最悪の場合、煩林家が、それを隠蔽することだって、考えられるから」

「それで……」燐華は、ごくり、と唾を飲み込んだ。「どうだったのですか?」

「鶯磐庭園に関する情報は、すぐに見つかったわ。それも、鶯磐庭園だけの問題じゃなかった。燮永会は……いわゆるクーデターを起こして、九州地方を征服しよう、と考えているのよ」

 沈黙が発生した。十数秒後、燐華は、「えっと……」と言って、それを打ち破った。「それは……どうやって、ですか? 日本は、警察も自衛隊も、とても優秀です。燮永会が、クーデターを起こそうとしたところで、けっきょくは鎮圧されるのがオチだと思うのですが……」

「まず、彼らは、とある方法を用いて、日本を──正確には、日本列島の九州地方以外を、大混乱に陥れるつもりなの。で、それに便乗して、九州地方を乗っ取って、支配するつもりなのよ」

「大混乱……ですか?」

「ええ」燠姫は、こくり、と頷いた。「燮永会は、鶯磐庭園の地下に溜まっているマグマを、地上に噴出させるつもりなの」

「マグマを……?」

「ええ。具体的な量を言っても、ピンと来ないだろうから、簡単に言うけど……鶯磐庭園の地下には、それはもう、大量のマグマが溜まっているの。燮永会は、それらを、すべて、人為的に噴出させるつもり。

 ウェブサイトには、各種のシミュレーションのデータも、詳しく載っていたわ。もし、鶯磐庭園の地下に溜まっているマグマが、すべて噴出したとすれば、火砕流だけでも、半径約百五十キロにわたって、流出する。四国地方、中部地方、近畿地方の、ほぼ全域が飲み込まれることになるわ。

 それだけじゃない。そんな噴火が起これば、とうぜん、火山灰も、大量に発生する。具体的に言うと、北海道ですら、約二メートルの高さにまで積もるほどよ。

 火山灰って、かなり厄介なの。ほとんどの航空機は、飛べなくなるし、農作物は、育ちにくくなるし……いえ、それ以前に、もはや、人間的な生活が送れるかどうかも怪しいわ。なにせ、豪雪のごとく、火山灰が積もるわけだからね。自動車も電車も、ろくに走れないでしょうし、停電は頻発するでしょうし……」

「し……しかしですよ、そんな事態が発生すれば、燮永会が支配しようとしている九州地方も、ただでは済まないのでは……」

「いいえ──それが、済むのよ。日本の上空では、ジェット気流が、西から東へ吹いているから。火山灰は、東にばかり、流れていくの。

 これについても、詳しいシミュレーション結果が、アップロードされていたわ。それによると、九州地方には、火山灰はほとんど降らない、と考えていいみたい。

 今までは、いくら、鶯磐庭園の地下に溜まっているマグマが、すべて噴出するような事態が発生したら、日本列島が壊滅的な被害を受ける、とはいえ、その確率は、とても低いから、まったく問題視されていなかったわ。鶯磐庭園の地下に溜まっているマグマが、一回、噴出するより、富士山が、百回、噴火するほうが、先でしょうね。

 でも……燮永会は、手に入れてしまったの。地中にあるマグマ溜まりを、人為的に噴出させる技術を。やつらは、ガブロ・メソッド、って呼んでいるみたい」

「人工噴火、ってわけですか……そんな、陰謀論めいたことが、可能なのですか?」

「ええ」燠姫は、苦々しげな顔をして、こくり、と頷いた。「ウェブサイトに、いくつか、ガブロ・メソッドに関するファイルが、アップロードされていたわ。もっとも、それらは、全体の一部だけだったから、技術の全貌を把握できたわけじゃないけど……間違いないわ。ガブロ・メソッドを使えば、地下に溜まっているマグマを、人為的に噴出させることができる。もちろん、地理的・地質的な制限は、あるけれど……少なくとも、鶯磐庭園に対しては、ガブロ・メソッドを行使することができるわ」

「信じられません…………あ、いえ、お嬢さまがそう判断されたのであれば、そうなのでしょうが……」

「三月下旬に起きた、談正市の火山災害、覚えている? 実は、あれは、燮永会による、ガブロ・メソッドのテストだったのよ。実際に、それを行使することにより、地下に溜まっているマグマを噴出させることができるか、談正市で試してみた、ってわけ。結果は、知ってのとおり、大成功。

 そりゃ、MIKAGEでも、予測できないはずよ……あれは、人為的な物だったんだから。

 燮永会としては、結果に満足したみたい。今は、さっそく、鶯磐庭園に対して、ガブロ・メソッドを行使する計画を立てているわ」

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