4.天使よ、過去を省みよ

 「新宿動乱」とは、宇宙歴(太陽系歴)71年から76年にかけて、おもに地球を中心に散発した強硬派閥の天使による一連の紛争やテロの中でも、最終期に発生し、かつそれらの中でも一般人の被害が大きかったことで有名な事件だ。


 通常、天界において天使は、「四大天使」と呼ばれる4人の幹部が率いる4つの派閥のいずれかに所属している。


 思想的には対立しているミカエルが率いる「強硬派(武闘派)」とガブリエルが率いる「穏健派(開明派)」が、合わせると全体の7割近くを占め、残りの3割余りが、ユリエル率いる「中立派」かラファエルの「静観派」のいずれかに属している。

 中立派は強硬派と穏健派のあいだに立って仲介することを旨としており、静観派は、その三者から一歩引いた立ち位置から、天界の行く末を見守る姿勢を見せてきた──これまでは。


 しかし、そのバランスは宇宙歴70年代に入ってから崩れ、「開明派」と名を変えた穏健派の勢いが増し、本来その名の通り「中立」であるべきユリエル配下の勢力も、どちらかというミカエル寄りになっていることは、すでに説明された通りだ。


 もっとも──魔族(悪魔)の「人界大移住」がなくとも、「現在の天使の体制は遠からず維持できなくなっていただろう」というのは、強硬派も含めた天使上層部の共通した見解ではあった。


 そもそも、この世界における“天使”は、人間のあいだで言い伝えられているような「幸運/奇跡をもたらす神の使い」ではない。

 あえて即物的に言うなら「悪魔の過剰な進展や不当な“契約”を監視し、また契約すら結ばず、人間に危害を加える悪魔を滅殺する」ことが、彼らの使命であり存在意義でもある。


 しかし、旧地球歴1950年代以降、人間側からの悪魔と“契約”を望むものが激減したこと、そして悪魔側も魂の“養殖”技術が上がったことにより、“契約”の必要数が低下したことから、両者の関わりが大きく減少していたのだ。


 無論、悪魔の一部に“過激派”がいたことも事実ではあるが、それはいうなら“悪徳業者”のようなもので、悪魔内の自浄作用もある程度機能していた。

 いわゆる「悪徳業者かげきはは出荷よ~」というヤツだ。


 ファミィ(当時のファムカ)が遭遇したような過激派の大攻勢テロの方が、むしろ彼らが追い詰められていたことの証左でもあるのだ。

 人間名マルコ・スレー(魔族名:マルコ〇〇〇)氏が、後の妻となる女性に「我らの一派が勢力を減じた」と語ったのは、あくまで「マルコ〇〇〇大侯爵直属のメンバーが」という意味だったりする。

 そもそも上級悪魔だけでも70体以上存在し、大小規模の違いはあれど、それぞれが派閥を持っているのだ。無論、その派閥にも大まかな方針・傾向があり、別の派閥と友好/敵対関係にあるというのも、逃れられない組織の定めだ。


 閑話休題それはさておき


 前述の通り、天使は「何かを能動的に“為す”」というより、「他の陣営の活動の監視・取り締まりを主旨とする」ある意味、受動的な存在だ。

 その対象である2陣営──人間と悪魔の関りが薄くなったり、あるいは両者間の揉め事がほとんどなくなってしまうと、彼らの“お仕事”も激減してしまうのだ。


 もちろん、軍隊が、戦争の無い平時に軽視されがちながら、万一の備えに無くすことはできないのと同様、事態が悪い方向に変化した時のために“天使”の存在や役目を蔑ろにはできない。


 だが──先の軍隊の例えになぞらえるなら「軍縮」、「予算・人員の削減」という考えは、天使たちの中でも不可避な状況だったのである。


 さて、ここで最初の話題「新宿動乱」に戻るが、コレは、前述のような状況──人間-魔族間の緊張緩和デタントによって割をくった魔族・天使両陣営の過激派が、自分達の存在価値を高めるために実行したマッチポンプ的数多のテロの、太陽系歴以降最大規模のものだった。


 人間・亜人の犠牲者(死者)が4桁に及び、実行した側・阻止ししようとした側合わせて、天使765人、魔族961人が死亡(肉体の損傷のみならず魂レベルでの完全死)するという人的損害もさることながら。


 かつての古き良き20~21世紀日本文化の象徴として重要文化財指定されていた“都庁ツインタワー”や“繁華街カブキ”などの物的存在も数知れず。

 さらに(ある意味、これが一番大きいが)人間・天使・魔族の三陣営での制度システム面での大規模な改革みなおしも早急に必要となったのだ。


 そして──そのおおよそ1ヵ月にも及ぶ「新宿動乱」の直接的な引き金となった「悪魔による建物の不法占拠事件」に、天使を差し向け、「魔族に対処したという名目で介入する」という作戦を命令した強硬派のトップこそが、“ワシ”──美佳になる前の四大天使筆頭ミカエルだったのだ!


 「天使・強硬派の頭であるミカエル」としては、当時の判断が大きく間違っていたとは思わない。

 “あの時”の“あの立場”の者であれば、大半が“ワシ”と同じような判断を下すだろう。


 あえて言えば、情報収集をもっと念入りにしていれば、あの計画では失敗する公算が高いこと(事実、失敗と言うしかない結果だった)が、事前に分かっていたかもしれない。

 だがそれでも──成功率があまり高くないと分かっていても、余程のことがない限り、ワシはGOサインを出しただろう。それくらい当時のワシは追い詰められ、ある種の独善的視野狭窄に陥っていた。


 だけど……。


 「悪魔や人間は元より、部下たる天使さえ、“数字”としてとらえてきたことのツケ、じゃろうなぁ」


 無二の親友とも呼ぶべき存在から肉親を喪わせてしまったという事実を突き付けられると、精神的には1000歳を越えるはずながら、今はか弱い人間の幼女でしかない身には、存外こたえた。


 「はてさて、如何ようにしたものかのぅ」


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<著者注>

文字だらけの解説回になってしまいましたが、シリアスさんはここで終了。

次回からは再び「幼女百合てぇてぇ」なノリに戻る予定。

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悪魔は狡猾!? ~いえ、むしろ人間の方がずっと~ 嵐山之鬼子(KCA) @Arasiyama

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