未来編.約束の場所
──さぁ、わたしと一緒に約束の場所へ行きましょう
* * *
うん、まぁ、そりゃね、僕も人並み程度の生への欲求くらいはあるからさ。事故なんかで死にたくはなかったよ?
だから、全身ズタボロで無事なのは頭部の鼻から上のみ──なんて状況から助けてもらったことについては、フタバに本当に感謝してるんだ。
でも……でもね?
「擬体に入れるにしても、コレはないんじゃないかなぁ?」
目の前の鏡を覗き込みながら溜め息をつく。
ビスクドールのように白い肌と愛らしく整った顔立ち。
腰まで伸びた綺麗なパープルブロンドの髪。
やや小柄で全体に華奢だが、胸や腰などは優美な曲線で構成された肢体。
さらにトドメは豊富なフリルとレースで飾られた黒のいわゆるゴスロリ系衣裳。
念の入ったことに、髪の毛はリボンでツーティルとかツインテールとか呼ばれる髪型にまとめられてる。
そして、それらの各種要素が組み合わさった結果、鏡の中から物憂げにこちらを見返しているのは、紛れもなく「極上の美少女」と称するべき存在だ。
──なお、僕の名前は、トシヒコ・ユース・リーフ。こう見えても生前(?)は、そこそこ長身のれっきとした19歳の男性だった。
「ノンノン、残念だけど、法的にはもう貴女はトシヒコくんじゃないの」
え? どういうこと?? 太陽系連邦法では、たとえ擬体に入っていても、元の人権は認められるはずだけど。
チッチッチと人差指を振るフタバ。まだ18歳だと言うのに、これほど白衣の似合う女の子も珍しいだろう。
「うん、そうよ。それが“擬体”なら、ね」
な…ん……だと!?
「貴女が入っているその体は、かのドクター・スレーの最新作──いえ、まだ実験試作段階の代物なんだけど、市販されてる最高級の擬体すら足元にも及ばないほど精巧かつ高性能に出来てるの。
ドクターいわく「天使と悪魔の特性のいいとこどり」をしたらしいわ」
それって要するに僕は人体実験に使われたってコト?
「そうとも言うわね」
そこ、さらっと流さないでよ!
「でも、真っ当に高級擬体を買うお金なんて、ないでしょ?」
ぐっ……正論だ。
「ちなみにその体、連邦のチューリングチェックでも、本物の人間でないと証明する手段はないそうよ。バイオロイドはおろか、シンプルクローンですら判別できるあの試験でもね」
えっと、つまり……。
「そう、貴女はこのままだと、ただの身元不明の推定15、6歳の女の子なの。
安心して! もちろんそんな状況で放り出すなんてコトしないわ。
ウチのパパやママとも相談して、「火星のスラム出身で地球に密航してきた女の子」である貴女は、ウチで養女として引き取ることになったから」
いや、その結論はオカシイ!
確かに、目の前の天才少女──フタバ・
「今日から貴女の名前はワカバ・
けれど、そう言ってとびきりの笑顔で僕を抱きしめるフタバに、僕は何も言えなかった。
フタバの目の端にキラリと光る涙を見つけてしまったから。
そして、唐突に子供の頃にした、ある“約束”を思いだす。
(ねえ、フタバちゃん、おおきくなったら、なんになりたい?)
(わたし? わたしはね、かがくしゃになるの。
それでね、あかでめいあってところでいっぱいいっぱい“けんきゅう”して、いつかあのそらのおほしさまにまでいけるのりものをつくるんだ)
(ふーん。そしたら、ぼく、うちゅうひこうしになるから、そののりものをうんてんさせてね?)
(いーよー、ふたりでほしのうみにいこうねー)
幼児同士の他愛ない約束──と切って捨てることはできない。
なぜなら、フタバはその優秀な頭脳とたゆまぬ努力によって、わずか18歳にしてカノープス移民計画に関わるほどの優秀な科学者になったのだから。
当然、僕だって、負けてはいられないよね?
フタバのような天才的頭脳はないけど、16歳の時、運よく少年宇宙飛行士育成計画に応募して採用された僕は、厳しい訓練をひとつずつくぐり抜け、あと少しで正規のアストロノーツになれるところまで来ていたんだ。
──まぁ、その最終試験で起きた事故で、こんな状況になっちゃったけどさ。
「大丈夫。あの日の約束はまだ有効よ。わたし──というか、ウチの家自体が、カノープス第一次移民団の移民として採用されたからね」
涙を拭いて、とびきりの笑顔を見せるフタバ。
「さぁ、わたしと……わたし達と一緒に
-FIN-
<appendix>
ところでさ、フタバ。
「ダメよ、ワカバ。お姉ちゃんと呼びなさい。姉上とかお姉様でも可。姉貴は不許可ね」
えっと──じゃあ、姉さん。
「うーーん……ま、いいでしょう。それで何?」
どうしてこんな女の子の体にしたのか、まだ聞いてなかったんだけど?
「────じ、じつは」
うんうん。
「わたし、ずっと昔っから可愛い妹が欲しかったの!」
へ!?
「いえね、優しいお兄さん代わりのトシヒコくんも勿論嫌いじゃないわよ? でも──でも、それ以上に、研究に疲れたわたしを家で出迎えて優しく癒してくれる、天使のように愛らしい妹が欲しかったのよ。貴女も元オトコならわかるでしょう?」
わかるかーーーッ!
て言うか、ご両親とも存命中でまだ若いんだから、「わたし、妹が欲しいな」とか言えばよかったんじゃない? あの万年ラブイチャ夫婦ならまだ若いし、喜んで協力してくれたと思うけど。
「!! その発想は、なかったわ」
やれやれ。
──とかなんとか言いつつ、移民船内のプライベートスペースで、エプロンドレス姿で甲斐甲斐しくお茶を入れてあげる“あたし”は、やっぱり義姉に甘いのかもしれない。
「ワカバちゃーん、おねーちゃん、何か甘いものが食べたいな」
「はいはい。今ホットケーキ焼いてるから、もうちょっと待っててね、姉さん」
……
…………
………………
そんな会話をした数日後、妙にお肌が艶々している
あ、あたしのせいじゃない……わよね?
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