6.新たなる門出

 「この11年間、本当にいろいろなコトがありましたねぇ、お姉様」

 「ジーナちゃん、体はまだ19歳なのに、その言い方はオバサン臭いですの」

 「な……! さすがにそれはヒドいんじゃないでしょうか? せめて、言い回しが大人びているとか、ほかに言い方はあるでしょう?」

 「おねーちゃんを差し置いて、そんなけしからんオッパイを育てた妹へのささやかな仕返しですよ~」


 ベェ~ですの、と片目に指をやる姉の姿にジーナは苦笑する。

 戸籍上の年齢はすでにアラサーにさしかかっているはずなのに、ファミィはよく言えば「童心を忘れない」、身も蓋もない言い方をすると「きわめて子供っぽい」女性だった。


 これで、秘書としての事務処理&マネジメント能力は、それ専門に開発されたセクレタリアンドロイド(無論、頭脳部まで完全に人工のものだ)を上回ると言うのだから、人は見かけによらないものだ。


 ──ちなみに、現在の擬体に換装してから6年あまりでジーナの胸はB→C→Dと順調に巨乳化して姉を追い越し、いまや母キャリオのEカップに迫る勢いである。生真面目に食生活やバストアップ運動に励んだ成果であろうか。


 「おや、ふたりとも、まだこんなところにいたのかえ」


 いつもにもまして気合いの入った艶やかな振袖をまとった女性──由梨恵が、姉妹の姿に呆れたような声を漏らす。


 「こら、そこのポンコツ娘、さっさと着替えてこんか。今日は貴様の晴れ舞台であろうが。そのためにワザワザこの多忙なワタシが来てやったのだぞ」


 その背後にいるゴスロリ(いや、白とピンクだから甘ロリか)風のミニドレスを着た8、9歳くらいの金髪少女が、腕組みしてふんぞり返り、天使のように愛らしい外見とは裏腹な尊大な言葉を吐く。

 言葉だけでなく、態度といい雰囲気といい、10歳にも満たない幼女とは思えぬ迫力があった。しかし……。


 「これ美佳、年長者にそのような口をきくのは感心せぬぞ?」


 ムニュッと由梨恵に頬を抓られると悲鳴をあげ、一気にそのプレッシャーが霧散する。


 「あ、イタタタ、こ、こら止めろ……いえ、お願いだから、やめてください、母上」

 「うむ、わかればよいのじゃ」


 その呼びかけからすると、どうやら由梨恵の娘のように思えるが、彼女の実子というわけではない。そもそも、由梨恵は“まだ”結婚もしていないのだし。

 少女の名前は神威美佳(かむい・みか)。チビっ子のナリをしてはいるが、これでも本性は天界でブイブイ言わせていた泣く子も黙る大天使長ミカエルである。


 天界きってのイケメンエリート、下級の女性天使のあいだで「抱かれたい上司」ナンバーワンの座にここ数千年間燦然と輝き続けてきたミカエルが、どこをどう間違って、こんなチビッコ幼女になってしまったかについては、いずれ語る機会もあるだろう。


 ともかく、当分は元の天使の姿に戻れる見込みもなく、当然そのままでは天界にも帰れないため、人間界での天使の融和派代表のひとりとして活躍する神光寺由梨恵ことユリエルにその身柄を預けたのである。


 もうひとりの代表、ジブリーを頼らなかったのは「思い切り笑われ、いぢられそうだったから」。

 確かに、あのお気楽極楽が服を着て歩いてるようなジブリーなら、間違いなく今の”彼女”をおもちゃにするだろう。


 由梨恵は快く了承したものの、彼女の保護者となるにあたってひとつの条件をつけた。

 それは、「自分を母とみなして接し、その外見相応の態度で振る舞うこと」。どうやら、ふたりの愛娘に囲まれて幸せそうなキャリオや、先年男女の双子を出産(!)して子育てに勤しむジブリーを見て、密かに羨ましく思っていたらしい。


 今の体では神通力が完全には使えず、人間界に知り合いもほとんどいない美佳としては、その提案に従うほかはなかった。ちなみに、「神威美佳」という名前は由梨恵が考えたものだ。

 なお、設定カバーストーリー上は「天涯孤独となった遠縁の子を引き取って育てている」ということになっているらしい。


 「うぅ…ホントは我の方がずっと年上なのに──忙しいのもホントなのにぃ」


 仮に悪魔ファムカ時代を計算に入れても、ミカエルのほうがずっと先に生まれていたことは間違いない。ジーナは言わずもだなだ。

 また、人間界の常識を学ぶために小学校へ通うかたわら、できる範囲で由梨恵の仕事も手伝っているため、確かに並みの小学生とは比較にならぬほど多忙ではあった。


 「うんうん、そうですね~。美佳ちゃん、わざわざ来てくれてありがとうですの」


 ──それなのに、かつては半ば敵対していた組織の元司令官の頭を、平気で「いい子いい子」と撫でられるファミィは、やっぱり大物かもしれない。


 「お姉様、たしかにそろそろご用意されるほうがよろしいのでは?」


 姉の底知れぬ胆力(いや、実は何も考えていないだけかもしれないが)に戦慄しつつ、ジーナはファミィに注意を促す。


 「あぁっ、そーです、だーりんを待たせてたの忘れてたですの! じゃあ、ジーナちゃん、由梨恵ちゃんに美佳ちゃん、ファミィは新婦控室に行くので、あとでまたよろしくですよ~」


 こういう時だけ、無駄に優れた運動性能を発揮して、バビュンと風のように去るファミィ。


 「やれやれ、あの子はちぃとも変わらぬのぅ。あの調子では、婿になる殿方はさぞや苦労するであろうよ」


 呆れたような、それでいて慈愛のこもった目で、ファミィが去った方角を由梨恵は眺める。


 「まぁ、確かに、義兄になる方は恐ろしく度量の広い人物ではありますが」


 ジーナは苦笑する。正確には「人」ではなく、とある吸血公爵の19番目の息子(ダンピール)だったりするのだが、そこに突っ込むのは野暮というものだろう。


 「はん! 大方三十路を目前にして、さすがのあのおポンチ娘も焦ったのだろうさ。脳みその中味はサーティ(30)どころか、サーティーン(13)のクセしてな……イタタタタ、すみません、もう言いませんから、許して母上!」


 バカにしたように鼻を鳴らして毒舌を吐く美佳だが、無論、傍らにいる母親に耳を引っ張られておとなしくなる。


 「ふむ。ところでジーナ。お主の方はどうなのじゃ?」

 「ええっ!? ど、ど、どう、とは?」


 由梨恵の問いに非常に分かりやすく動揺するジーナ。


 「我が当ててやろうか? ホレ、貴様がいつも買い物に行く際のアッシー兼荷物持ちにしている、あのワーライオンの小僧だろう?」

 「いやいや、美佳よ、わらわのオフィスでメッセンジャーとして働く天狗の小童も怪しいぞえ」

 「そう言えば、卒業式で近隣の学校の男子生徒からラブレターをもらったとも言ってたな。ちゃんと返事はしたのか?」

 「ほほぅ、そんなことが……」


 元は天使とは言え、今はれっきとした女性(含む少女)、こういう恋バナになると盛り上がるのは、普通の人間と変わらないようだった。


 「れ、レオネイルくんは、歳が近くて付き合いが長いから仲がいいだけの、ただのお友達です!

 そもそも天狗の九郎さんとはまだ2、3度くらいしか会ったことはありません。

 お手紙をくださった近くの高校生には、キチンとお断りの返事を出しました!」


 キッパリと否定してみせるジーナだったが、その答え方で自分の本心を暴露していることには気づかない。


 「おお、本命はレオネイルかえ」

 「やれやれ、あんなデリカシーに欠けるガサツ者のどこがいいのやら」

 「し、知りませんっ!」


 パタパタと会場の方に向かって駆けていくジーナ。もっとも、そこで話題の主であるレオネイルと出会って、真っ赤になっているところを、この母娘に再び冷やかされるハメになるのだが。


 そうこうしているウチに、いよいよ本日の“メインイベント”が始まる。


 『──それでは、新郎新婦の入場です。』


 司会者の言葉に続き、パイプオルガンの調べとともに、純白の婚礼衣装に身を包んだ一組の男女が入場してくる。


 「お姉様、綺麗……」


 うっとりとその光景に見とれるジーナ。自分が今の姿になるキッカケとなった、母キャリオの結婚式の日の記憶も頭の片隅をかすめたが、すぐに年頃の乙女らしい感慨によってかき消される。


 「い、いやぁ、確かにファミーリア姐さんはキレイっスけど、その……ジーナお嬢も決して負けてないと思うっス、オレは!」

 「ふふっ、ありがと、レオネイルくん」


 普段は口下手なのに、ここぞというところで嬉しい言葉をくれる傍らの少年の姿を、頼もしげに見上げる。


 ちなみに、元はスレー邸に派遣された警備班の一員だったレオネイルだが、この春から正式にスレー家に雇われ、家令とメイド長を兼ねたような立場のジーナの下で、執事見習い兼ボディガードとして働いている。就職理由は言わずもがな。


 この結婚式にも、「スレー邸で働く者は、皆家族同然」と言うキャリオとファミィの意向で出席しているのだ。執事として働くようになって、堅い服装にも多少慣れたのか礼服着こなしはそれなりに様になっていたが、それでもどこか窮屈そうだ。


 「うっうっ、ファミィお嬢様、リッパになられて──あたしゃ感無量ですよ」


 ボギーが辞めた今、屋敷の使用人中もっとも古株と言えるハンナは、早くもハンカチで涙をぬぐっている。


 現在は正式にスレー夫妻の娘となり、以前より大幅に人が増えた屋敷内の使用人たちを家宰兼侍女長として統括しているジーナといえど、この女傑には頭が上がらない。

 もっとも、それは姉のファミィや、ひょっとした屋敷の主であるキャリオですらそうかもしれないが……。

 スレー邸の厨房を預かり、三ツ星レストランにも劣らぬ味と外食にはない家庭料理ならではの暖かさを兼ね備えた料理の数々を生み出しているのは、主に彼女の功績にほかならないからだ。


 ハンナに十年間指導を受け、既に「国際侍女試験A級」に合格したジーナですら、いまだ料理に関しては遠く師匠に及ばなかった。


 「あらあら、ハンナ、あの娘のおめでたい門出なんですから、そんなに泣かないでください。ね?」


 キャリオが優しく慰める──いや、これでは親と身内の立場が逆なのでは?


 「むぅ、これが「娘を嫁にやる父親」の気持ちか。寂しさと嬉しさと悔しさが入り混じったような不思議な感慨は、4000年以上生きてきた我でも初めての気持ちであるなぁ」


 どうやら姉妹の義父のマルコ氏も、“花嫁の父”の感傷を存分に味わっている様子だ。


 ファミィがいつものようにドジをやらかすこともなく(さすがに女の晴れ舞台だけあって気合いを入れたのだろう)、つつがなく式典は進行し、いよいよ新郎新婦退場の時を迎えた。


 ひと足先に会場から外に出ていた参列者たちは、古えからの伝統に従ってライスシャワーを撒く。中には勘違いして(あるいはやっかみから?)新郎に全力で米をブツける不届き者もいたが、新郎がさり気なく「シールド」の魔法を張っていたため、事なきを得た。


 「ジーナちゃん!」


 と、一瞬ライスシャワーが途切れた瞬間を見はからって、ファミィが妹の名前を呼ぶ。


 「? おねぇ、さま?」


 キョトンとした表情で姉の顔を見つめるジーナの元に、ファミィは力いっぱいその手に持ったブーケを投げた!

 ──力が入り過ぎて、ジーナが咄嗟には反応できず、傍らのレオネイルがブロックして受け止めることになったのは、まぁ微笑ましいハプニングの内だろう。

 無論、レオネイルが慌てて手にしたブーケをジーナに渡したことは言うまでもない。


 「つぎは~、ジーナちゃんの番ですの! ファイト~!」

 「クスッ、ありがとう、お姉様……お幸せに」


 姉らしいエールに感謝し、姉自身の幸福を祈りながら、新婚仕様のエアカーで去っていくファミィをジーナは見送った。


 「──じゃあ、帰りましょうか、レオネイルくん」


 差し出した手は、これまでの「単なる友人」や「上司と部下」とは違う関係に踏み出すための第一歩。


 「! はいっ、お嬢!!」


 一瞬目を見開いたものの、獣人族の若者はうれしそうに、そっと思い人の手をとるのだった。



-HAPPY END-

 ……and Continued to “Lovely Golden Angel”

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