【其の弐.メイドロボは見た!】
1.被害者(?)による状況説明
「うれしいでしょう、ジーナ。こうして憧れのファミィのそばにいられるのですから」
「──は、はい、奥様」
くぅーっ、なんたる屈辱! しかし、敵の力は強大。苦しくとも今は耐え、相手に従うふりをして油断を誘い、なんとか勝機を見出さなくては!
ちなみに、僕の名はジーナ──などではない! それは世を忍ぶ仮の姿。魂の名前は、「ゲオルグ・ジバン・ユーフォミア」、欧州経済の要とも言われ、200年を超える歴史を持つジバン財閥の第七位後継者だ。
良血にして眉目秀麗! 信仰心篤く頭脳明晰! しかし──そんな僕を、世間の庶民どもが羨んだのか、どこに行っても僕は孤独だった。フッ、真の高貴なる天才は、俗世の理解を得られぬものか。
──ああ、本当はわかってるさ。僕のこの尊大で傲慢な性格のせいで、他人がロクに寄り付かないということはね。
仕方がないじゃないか! 子供のころからお金に不自由はしたことはないものの、第七位後継者なんていわばスペアのスペアのそのまたスペアみたいなもの。使用人任せでロクロク家族の愛情も与えられずに育てば、それは多少性格がヒネたりもするというものさ。
学校に通う年代になっても、友人らしい友人はできず、仕方なく勉学に励む日々。そのおかげで何学年かスキップし、16歳にして大学入学、18歳でテラ・アカデメイア留学の機会を得たことは、収穫と言えなくもないだろうが。
そんな僕のことも、唯一祖父だけは何くれと気にかけてくれた。実際、もし祖父がいなければ、僕はジバンの名を捨てて出奔し、今頃どこかで気ままに暮らしていただろう。
いや、今の状況をみる限りでは、あるいはその方がよかったのかもしれない。
祖父は、月面どころか火星や金星にまで人が住み、木星の4つのガリレオ衛星でもテラフォーミングが進みつつあるこの太陽系歴時代には珍しい、敬虔なクリスチャンだった。僕が大学で神学を専攻したことに、祖父の影響がなかったとは言えないだろうね。
テラ・アカデメイア(地球圏学術総合研究所及び付属大学)は、確かに施設や教授陣のレベルも高く、それでいて自由闊達な雰囲気にあふれた、学問を志す者にとっては理想とも言える環境だった。
そしてそこで──僕は「
ファミーリア・D・スレー、愛称ファミィ。このアカデメイアの所長にして学長を務めるキャリオ・スレー女史の“娘”であり、秘書として片腕を務める女性だ。
極上の絹糸のようにしなやかで輝きのある薄い金色の髪。
少女と大人の女性の境界線上にあるような、瑞々しく均整のとれた肢体。
少し舌足らずで拙い感じもするが、いつまで聞いていたくなる小鳥の囀りのようなその甘い声音。
普段は18歳という年相応の愛らしさを見せるが、時折深い知性や経験の重みを感じさせるその表情!
そして、冥界の王ハデスを虜にしたペルセポネもかくやという無垢にして温かいその笑顔!!
嗚呼、彼女を初めて目にしたときのこの胸の高鳴りは、僕がそれまで生きてきた人生の中で一度も経験したことのない未知なる領域にまで達していたと断言しよう!
無論、ミドルネームの“D”から、彼女がdoll──即ち人工的に作られた存在であろうことは理解していたさ。キャリオ学長は、人造擬体技術と人工知能研究の第一人者としても知られている。彼女は、学長がその技術の粋を凝らして生み出した“愛娘”なのだろう。
しかし、その程度の
とは言え、僕がいかに我儘放題に育ったボンボンであっても──いや、だからこそ本気で好きになった女性にどうやってアプローチしたらいいかなんて、わかりっこない。世に溢れるハウツー本の類いもあまり参考にはならなかったし……。
彼女と出会ってから4ヵ月、いまだ顔見知りレベルから進展しないふたりの仲に悶々としていた時、僕に「天使様」が囁きかけてきたのだ。
かのお方は、キャリオ学長が悪魔の誘いに堕ちて彼らと手を結ぼうとしていることを教え、さらに僕の愛しき人までが、その魔手に捕えられようとしていることを知らせてくださった。
僕は言われるがままに、かの方々への協力を約束し──紆余曲折の末、捕えられ、年端もいかない少女型メイドロボ擬体に押し込められるという憂き目をみているわけだ。
はぁ~、それにしても、あのファミィ嬢の
実家からも見限られてしまったようだし……。クッ、当面はキャリオ学長の思惑に従うふりをして、臥薪嘗胆、再起の機会を窺わなくては!
「あのぅ……大丈夫ですの?」
──ハッ!
「い、いえ、問題ありません」
この
「よかった~。あのね、ジーナちゃん、色々慣れなくて大変なことも多いと思うですけれど、何か困ったことがあったらファミィに相談してほしいですの」
そもそも女の子の体になったこと自体困ってる──と言いたいが、さすがにそれは無駄だろう。
それよりも、こんな間近から憧れていた女性に顔を覗き込まれるという経験に、胸のメインダイナモの回転数が3割上がり、体表循環液の温度が1.5度上昇するというのは、いかがなものか。無駄に人間じみて高性能だな、この擬体。
「だい、じょうぶ……です」
ああ、認めざるを得ない。
僕は彼女の中身が悪魔だとわかってもいまだに彼女に憧れているのだということを。
タンポポの花のような素朴で優しいこの笑顔を向けられるだけで、冷えた心がたちまち暖かくなるのだということを!
「あのね。ジーナちゃんには、これからウチでメイドさんとして働いてもらうんですけど、ジーナちゃんさえよかったら、ファミィのことはお姉さんみたいに思ってくれると嬉しいんですの」
「
「はいです! ファミィ、ずっと妹が欲しかったんですの……お嫌?」
確かに今の僕は、身長150センチ足らず。162センチくらいのファミィ嬢にも上から見下ろされる立場だから、その感慨も致し方ないのかもしれない。
「いえ、恐縮です」
想い人の気遣いを無碍にするわけにもいかず、僕はそう頷くしかなかった。
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