3.花嫁さん26歳
あまりにショックなマルコ氏の話は無論、嘘ではありませんでした。
なぜ、そのことを言わなかったのかと、ファミィに聞いたところ、「だって、ファミィは、もうマルコ様の息子のファムカじゃなくて、キャリオお母さまの娘ですの!」と答えられました。
いえ、そう言ってくれるのはとても嬉しいのですけどね。せめて、事情くらいは説明しておいて欲しかったわ。
ちなみに、マルコ氏が出した3つ目の条件は、「研究完成までの私とファミィおよび研究所の警護」でした。しかも、常時ではないにせよ、原則的にマルコ氏が滞在して自らニラみをきかせてくださると言うのですから、恐ろしい程の好条件です。
無論、それだけこちらの研究に期待されていた、ということなのでしょうけれど。
そして……。
「「「所長、ご結婚おめでとうございます!」」」
「あ、ありがとう、皆さん」
かつて一度経験があるとは言え、さすがにこの歳になってウェディングドレス姿で知人の前に出るというのはいささか気恥ずかしいものですね♪
──え? 「ババア、いい歳して照れてもキモいからやめれ」? ウフフフ……改造、しちゃいますよ?
「お母さま、おめでとうですの。今日からマルコ様が、またほんとのお父さまになってくれて、ファミィも嬉しいです!」
えーーーと……まぁ、お聞きのとおり、今私と腕を組みながらニコヤカに招待客に挨拶している夫は、誰あろうあのマルコ氏です。
警護役として研究所に滞在する彼との交流が深まるにつれて、私は誠実で男らしい(悪魔として、それでいいのでしょうか?)マルコ氏のありかたに惹かれていきました。
幸いと言うべきか、マルコ氏も私に興味、そして次第に恋慕の情を抱いてくださってたようで、3年経って例の研究が一応の完成をみた日に交際を申し込まれました。
とっくに実質恋人と言ってよい間柄(デートはもちろん……その、ベッドも何度か共にしてましたし)であったのに、なぜ今更と聞いたところ、「早く研究を完成させるために、貴女を籠絡したように思われるのは不本意だから」というお答え。
ふふ、本当に融通がきかない人ですねぇ──そこがイイわけですけど♪
そして正式な交際開始から半年後、プロポーズされて現在の華燭の宴に至る、というわけです。
「ヤッホ~~! キャル、ご結婚おめでと~」
この一見清楚で知的な「お嬢様学校のお姉様」風なのに、口を開くと果てしなくカルい美少女は、私の親友のジブリー。実は、彼女も正体は人間ではなく、「天使」側の穏健派代表だったりします。
例の研究の完成によって、マルコ(もう自分の旦那様なんだから、呼び捨てにしてもいいですよね)の率いる派閥は悪魔側の最大勢力となりました。
元々、魔界には娯楽が少なく、人間界に来ることは最上級の気晴らしだったとか。しかし、人間界への“渡航”には天使との条約により制限がありましたし、そもそも実体化すること自体、相応の実力がないと不可能らしいです。
その意味では、ファムカもあれで相応の力を持っていたと言えるのでしょう。
その前提条件を覆し、一族郎党ごと人間界に移住して拠点を築き、あまつさえこちらでの活動用の“肉体”を提供してもらえる──とあっては、中下級の悪魔を中心にマルコのシンパが増えるのも無理ないことでしょう。
そして、それに呼応するように、天使側の穏健派──いえ、今となっては「融和派」と呼ぶべきかもしれませんね、そちらからの接触がありました。
その交渉人として現れたのが、今目の前で大口開けて生ハムメロンを頬張っている、この俗物天使ことジブリー、一般には四大天使の一柱「ガブリエル」として知られてる御仁でした。
私はもちろん、当時同席していたマルコもさすがに腰を抜かしそうになりましたよ、ええ。
マルコの場合は、元「息子」であったファミィを通して面会を申し込んで来ましたし、侯爵級の魔王とはいえ、その上にはまだ公爵級や宰相級の大物もいます。
しかし、ガブリエルといえば大天使長ミカエルに次ぐ、天使軍の最上位統括者のひとりでしょう? 少なくとも私達はそう認識してましたし……。
しかし、彼女からのアプローチは、私の斜め上をいきました。
ちなみに、悪魔が下級なものほど両性具有が多いのとは逆に、天使は下級な者は性別が分化していて、格が高い者は中性というか無性になるそうです。その意味では、厳密にはガブリエルを「彼女」と呼ぶのは誤りなんですけど、顔立ちといい言葉づかいといい、どう見ても女性としか思えないため、私は“彼女”を一貫して女性として扱うようにしています。
その彼女ですが、なんと私がブログで公開しているメアドあてに、メールを出してきたんです。それも顔文字とかがいっぱい入った女子高生かと思うような文面で……。
正直、極秘機密に触れた内容について言及されてなければ、悪戯だと思って読み飛ばしていたところですよ。
で、1週間後、正式にお付き合いを始めたばかりのマルコと、娘のファミィを同席させたうえで、私は彼女の来訪を受けました。
──いきなり、部屋の真ん中のテーブル上に、花びらの舞うつむじ風とともにワープしてくるという出現方法には、かなりヒきましたけど。
とはいえ、そういう風に少々悪ふざけが過ぎる(本人いわく、ちょっとしたお茶目な)点を除けば、彼女は気さくで話のわかる、そして信頼するに足る人格の持ち主でした。
まずは当面のマルコを主導者とする「魔族(悪魔という呼び方はちょっと体裁悪いですからね)の人間界移住計画」について、話せる範囲でよいからと詳細を聞かれ、差支えのない部分を話すと、しばし考え込んだのちに彼女からも相談があったのです。
それが、「一部天使の人間界常駐&実体化計画」でした。
天使は、ほとんどの場合、悪魔…もとい魔族と異なり、人間界でも受肉して実体を持つことはありません。そのほうが、対魔族戦闘という観点からは有利だからなのですが──同時に、その状態では人間界の「楽しみ」を知ることもほとんどできなくなっています。幽霊みたいなもので、物体に触れられず、他人にも見えませんからねぇ。
ファンダメンタルなストイシズム溢れる古典派の天使達は「それでよし。人間界の楽しみなど、百害あって一利なし」と切り捨てているようなのですが、やはり天使も人の子……ってのも妙な表現ですが、要は「お役目のために生まれ、お役目のために死す」というどこぞの忍者漫画のようなノリの者ばかりじゃないってことです。
その筆頭が、今ビールを手酌でグラスに注いでいる、この不良大天使なわけでして……。
「人間界に悪魔が移住するなら、それを監視する天使側の勢力も必要だ」という理屈のものとに、彼女も配下の一団とともに、人間界側に拠点を設けた──という次第。
その際、「任務遂行のため」という建前のもと、私は人数分の擬体の製作を依頼されました。報酬はオリハルコン1トン分。
人間側の科学技術の最先端のひとりであると自負している私のラボでさえ、1グラムのオリハルコン合成に、貴金属数トンを要しているのが現状ですから、喜んで依頼を受けましたとも。
それに、彼女達がいることで、逆に魔族が社会に受け入れられやすくなるというメリットもありますしね。
え? どうしてそうなるか?
そうですねぇ。たとえるなら──見知らぬ荒くれ者が集団で引っ越してくれば警戒する人も多いでしょうけど、すぐそばに警察署もできたと知れば、多少は安心するでしょう?
加えて、ガブリエルは、仕事抜きでプライベートの“同性”の友人としては、非常に気が合う得難い相手でしたしね。出会ってまもなく、互いに「キャル」「ジブリー」と愛称を呼び合う仲になりました。
「でも、ホント、よく食べますね~。年頃の淑女として少し慎んだほうがよいのでは?」
「いやぁ、キャルの作ってくれたこの身体、すごく調子いいんだけどお腹がすくのよね~」
ちなみにジブリーが今入っている擬体は、私が自ら手掛けたカスタムモデルです。ちゃんと18歳の人間女性をモデルにして、豊かな乳房も女性器(含む卵巣&子宮)も存在してますから、現在のジブリーはまごうことなく「彼女」と呼んで差し支えないでしょう。
娘のファミィが使っているAM-87F+(さらにバージョンアップしました)と同じくらい、お金と手間暇がかかっているため、常人はおろか他の擬体天使と比べても段違いに高性能なのです。
まぁ、その分、エネルギーコストが悪いため、ジブリーが腹ペコ王状態なのでしょう──たぶん。本人の食い意地が張ってるだけという説も否定はできませんけど。
具体的な性能は、人狼族のベテラン戦士と素手でガチの殴り合いができ、使える魔法の出力は吸血鬼族の長老格とタメを張れるくらい。それでも、ジブリー本来の力の100分の1にも満たないって言うんですから、四大天使の本気の実力っていったい……。
ほとんどドラゴ●ボールの世界ですね。
「視聴覚に関しては神通力を使わない素の状態とほとんど遜色ないし、味覚や嗅覚って本来の天使にはないものだから、毎食がとても新鮮よ~」
ユーザーに喜んでいただけるのは、製作者冥利に尽きますけどね。
でもせめて、毎「食」じゃなくて毎日と言ってほしかったです。
「──それでね、ユリエちゃんからの情報どおり、やっぱり来るみたい」
不意に声をひそめて囁くジブリー。
そうですか。魔界にいるマルコの友人からも同様の知らせが入ってますし──どうやら、過激派同士が呉越同舟で手を組んだという噂は、やはり真実のようですね。
「──まぁ、いざとなったら貴女の手をわずらわせるかもしれませんけど、ある程度の害虫駆除(ムシヨケ)は、こちらで何とか致しますので」
「オッケー、期待してまーす」
満面の笑顔でヒラヒラ手を振るジブリーの席を離れ、披露宴の新郎新婦席に私が夫と戻った直後に、それは起こりました。
招待客のひとりが立ち上がり、懐から何か通信機のようなものを取り出して掲げます。アレは──確か、神学ゼミのゲオルグくんだったかしら。
24世紀の現代となっては珍しい敬虔なクリスチャンで、その頭脳を買われてウチの大学部に留学(一応、ウチのアカデメイアは、地球圏最高学府のひとつと言われてますから)してきた子ですね。
リベラル(というよりワリと無茶苦茶)なウチの学風に、あまりなじめなかったみたい。所長兼学長として、よそさまから預かった留学生だからそれなりに気を使ってたつもりなんですけど──裏目に出たのかもしれません。
多分、アレが
人間外に関してはチェックが厳しかったので、人間を手駒に使ったのでしょうけど──ナメてもらっては困ります。
「!? どうして、天使様が突入して来ないんだ?」
困惑するゲオルグ青年。
「あらあら、あなたがお探しの方々はこちら?」
イヤリングに偽装した脳波式コントローラーから会場内のスクリーンを操作し、外──この式典用豪華宇宙客船"銀影殿"の周囲の光景を映し出します。
そこには、百近い戦闘機や機動ロボと交戦し、追い立てられつつある天使達の一群の姿がありました。
フッフッフ、いかに通常は不可視の天使といえど、両陣営からの協力を得た私なら、それを探知するレーダーシステムを構築することなど造作もありません。
精神生命体である天使にダメージを与えるための武器も同様です。
「ば、バカな!? やめろ、学長! 神聖なる天使様に歯向かうつもか?」
「ええ、もちろんです。そもそも先に攻めて来たのはアチラからですよ? 私は、自分と自分の大切な人々を害する相手とあらば、たとえ神そのものであっても容赦するつもりはありませんから」
私が堂々とそう宣言すると、ゲオルグくんの顔色が変わりました。
「なっ……背教者め!」
「おや、それでは貴君はこの鼠どもには、覚えがないと?」
夫のマルコが顔だけはニコやかに空中にもうひとつの映像を映し出します。
そこには、警備システムの死角(じつは、わざと残してあったのですが)から、この会場を強襲しようと潜り込んだ悪魔の一群が、吸血鬼と獣人の混成部隊に捕獲されている光景がありました。
「……」
必死に目を逸らして沈黙を守っているゲオルグ青年ですが、その表情からド素人でも貴方の心中は理解できますよ?
「貴君の信じる宗教では、悪魔と手を結ぶことを戒めていたのではなかったかな?」
「──た、大義のためだ」
「へ~、大義ですか。そのために、この会場に集まった人々を傷つけ、死に至らしめると? 私も夫も確かに清廉潔白な身の上だとは言いませんけど、この会場に集う人々の大半は、死なないといけないほどの罪は犯してないと思いますけど」
「……」
堅く口を閉ざした青年に、さらに一言言ってやろうとしたところで、タイミングよく連絡が入りました。
「こちら、テラ・アカデメイア所属3番艦艦長ワトソン、敵対勢力はその数を15パーセントに減らしたうえで逃走。引き続き索敵を続けます」
「こちら、傭兵部隊V&W第5分隊隊長コンラッド。姐さん、ドブネズミの掃除もあらかた終わりやしたぜ」
さすが、ウチのスタッフは優秀ですね♪
「おふたりとも御苦労さま、申し訳ないけど、そのまま警戒と残存敵兵力の捜索を続けてちょうだい」
「了解致しました。学長、我々のことはお気づかいなく」
「合点でさぁ。キャリオ姐御は、心置きなく女の晴れ舞台をキバって務めておくんなせぇ」
実直な提督と剛毅な人狼の傭兵が、笑顔で通信を切ります。
「──くっ、悪魔め……」
おや、その台詞を吐かれたからには、こう答えるのがお約束ですわね。
「悪魔で結構。では、悪魔らしいやり方で、あなたからお話を聞かせていただくことにしますわ、ゲオルグ・G・ユーフォミアくん」
「ぼ、ボクを拷問にでもかけるつもりか? ボクはこれでもジバン財閥の後継者候補だぞ!?」
ジバン? ──ああ、あの。
私は、わざわざ会場の係員に旧式の電話を持って来させて、サウンドオンリーでとある場所に回線をつなぎました。
「あ、会長さんですか? ええ、私、キャリオです。どうも御無沙汰しておりますわね……」
それからの1分あまりは、ゲオルグ青年には悪夢のような時間だったでしょうね。
ジバンは現在の地球の欧州地域ではそこそこ大きな財閥ではありますが、惑星間コングロマリットなどとは比べるべくもありません。
こういうことを言うのは大人げないのですが──私の場合、昔の「香月双葉」ではなく今の「キャリオ・スレー」の名前を出すだけで、どこのコングロマリットのトップも、即アポをとって下にもおかない扱いをしてくださるでしょう。
実際この披露宴にも、個人的に付き合いのあるそういった大財閥から、重役が何人か出席されてますし。
さらに、ジバンが基幹としている産業のいくつかは、私の研究成果のパテントに依存しています。
つまり……。
「ええ、それでは、ジバン財閥としては、ゲオルグ・G・ユーフォミアという人物のことはまったく知らない、一族の名を騙る詐欺師であるとの見解でよろしいのですね?
はい、それでは当該人物の処分は、こちらに一任させていただきます。おくつろぎのところ、お騒がせいたしました。それでは、また」
──チン!
「あら可哀想に。ゲオルグくん、おじい様から切り捨てられちゃったみたいですよ?」
「ま……まさか! そんなことが……ウソだぁ!!」
ここに至って、ようやく青年は自分がケンカを売った相手がどういう人間か、正確に理解したようです。
まぁ、アカデメイアの学長、あるいは研究室での研究者としての私の姿しか見てないと、確かに誤解しがちなのでしょうけれどね。
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