第28話 ノミの心臓



「おい、吾輩にもデータ送れ」

「はいはい」

「プライバシーって知ってます⁉」

「大丈夫だよユニ。諸先輩方とはちゃんと機密保持契約してるから」

「そういう問題じゃなく!」

 恙無つつがなくデータ共有は終わる。

「どんなに騒いでも必要なんだから仕方ないだろ。いい加減、ユニも慣れる……というか腹くくって」

 なにはともあれ、これで衣装替えの道具も作ってもらえる。

「データ、受領した。明後日には送れるだろう」

「こっちは曲データも必要だ。振り付けデータもあるのだろう? 演出に関係するものをゴソッと全部送れ。他データが来次第、対応する」

「ありがとうございます。よろしくお願いしますね」

 よし。これで曲、衣装、小道具が揃った。あとはひたすらユニを鍛えるのみ。

 宣材写真も撮ったからグッズも発注出来たし、俺、頑張った!

 と言いたいところだけどまだあるんだよなぁ……。会場のデザインも少し変更したりチケットの販売とか諸々の確認とか。

 ほんと、分裂でもしないと間に合わないレベルになってきた……。俺も練習しなきゃだし。真面目に裏方補充は検討だな。

「しかし、失礼は承知だがよくこの新メンバーを入れようと思ったな?」

 シル先輩の言葉にミト先輩も頷く。

「吾輩にもわからんな。今受け取ったデータを見ても特段何かあるわけでもなさそうだが」

「本当に失礼ですね先輩方。いいんですよ。うちのルネが直々に拾っ……スカウトしてきた逸材なんですから」

「「今、拾って来た言おうとしたろ」」

 疲れてるから取り繕いも甘くなるんだよなぁ。失敗失敗。

「あ、あのっ」

「なに? ユニ」

 クイクイとユニが顔を引きつらせて袖を引く。

「な、なんで、体型とかのデータでこんなの言われてるんで……言われるの?」

「ああ。そりゃ、体型以外のデータも見やすくレーダーチャート表示にして閲覧出来るからだけど?」

「…………は?」

 体型データの他、学園のデータベースとも連携して情報引っ張ってきてるから、簡易表示でレーダーチャートが見られる。

 レーダーチャートってのは円の中に複数個の項目があって、それぞれの項目の頂点を線で結んだやつ。

 今のユニはどの項目も低くて、俺達と比べると結ばれて出てくる図形自体が小さい。

 ちなみにこのレーダーチャートには期待値の図形も表示出来る。

「なっ、あの、ねぇ! ふぎゅ⁉」

「それでも、これだけ数値が違うとハッキリ言って足手まといでは? まあ顔の造形は期待値高いが」

 シル先輩が優雅に、しかしがっしりとユニの顎を片手で下から掴んで、色々な角度から観察している。

「このデータを見る限り、脳筋の香りがするな。考査も近いだろう。大丈夫か? この成績で」

 ミト先輩はデータとユニを見比べて眉を下げる。あの顔は本気で心配してるな。

「ご心配なく。これからが勝負なので」

 いわずもがな赤点なんて取ったら補習で部活も制限される。それは絶対回避させないといけないから、手は尽くしますよー。

 ルネはいつも成績は中間を維持してるし、俺はユニに付きっきりでも問題無いよな。

 シル先輩がユニを解放するのを横目にしつつ、また増えた業務に少し疲労を感じたが仕方ない。

 データで苦手科目はなんとなくわかるし、ルネよりは教えるの楽そう。落ち着きって意味で。

 まあそんな感じで和気あいあいとしていたんだが……。

「キミたち、パトロン様にあんまり失礼なことして機嫌損ねないようにね?」

「ひゃっ⁉」

 今まで無かった声音が突然その場に落ちたもんだから、ノミの心臓なユニが飛び上がった。垂直飛び。

「「理事長」」

 先輩方の声と表情が揃う。うげ、って感じに。

「なぁにかなぁ? その顔と声ぇ……。僕、理事長よ? 権力者よ? 今まで散々、うだつが上がらなくて万年赤字のこの研究室を潰さないで目溢ししてあげてた慈悲の化身だよ? その態度なくない?」

 淡い茶の髪に丸い耳と子供らしく丸みのある顔。瞳はくりくりとして、その言葉とは似つかない可愛らしさだ。身長なんて俺の胸下までしかない。

 白いシャツにリボンタイ、茶基調のチェック柄ベスト、濃い目の茶の膝丈ズボンに靴下ベルトで紺色のソックスを吊っている。足許は見るからに質の良いローファー。後ろを向けばふさふさな尻尾が見えるだろう。……狸のな。

 可愛い。が、銭ゲ……利益追求はフェルグスと張るんじゃないかな……。

「ねえ、お茶は? あと、応接セットもないのに自分達の作業机とかだけ充実させてるってどうなの? バカなの? パトロン兼クライアント様に見逃して貰ってるからって甘え過ぎなの自覚して?」

 とりあえず俺は壁際にあったパイプ椅子を理事長の所に持ってこう。

 すぐにパイプ椅子に腰掛けて足を組む理事長。一応座る時にお礼を言ってくれる。そして諸先輩方を睥睨する。

「ねえ、お客様、しかも何度も言うけどパトロンに用意させるって正気?」

「も、申し訳」

「謝る前にまださっき言ったお茶出てこないんだけど?」

「た、只今!」

 パイプ椅子に肘置きがあれば皇帝の玉座に見えそうな気がする。まあ実際偉いんだけど。



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