二章

第21話 蛍の光より弱々しく



「じゃあ正式に歌うっつーことだな?」

「そいうこと」

 昨日の電撃引っ越しから一夜明け、休み時間に俺はフェルグスと飲み物を買いに購買に来ている。

 うん。自販機の釣り銭口を確認してから買ってるフェルグスに何か微妙な気持ちになる通常運転。別にフェルグスってユニと違って全然困ってないはずなのに。種族柄しかたないのか。

「お。当たりじゃ」

「良かったな」

 軽快な音をさせて自販機の操作パネルがエフェクトを出す。もう一本貰えるのを選ぶフェルグスを横目に、透明樹脂の入れ物に入った冷たい紅茶のフタを開ける。

「それで、作ってもらった曲なんだけど、これキーとかは」

「あ? 原曲キーしか認めんが?」

 真顔で言うな。

「だよな。りょーかい」

 他の誰かが歌うならいざ知らず、フェルグスは作った対象が歌う時は完璧にそのまま原曲で歌う事を要求してくる。これは相手が俺でも同じ。

 自分の作った曲に絶対の自信と矜持を持っているからこそ、歌う側にも一切の妥協は許さない。

 他のグループから聞こえてくる噂では、良いものを作るが、曲に関してだけは気が狂ってるくらいの熱度だからおいそれと発注出来ない、と。わかりみ。納得しかないな。職人てどっか狂ってるの多いから普通とも言えるけど。

「で。いつから見に行ってイイんじゃ?」

「うーん。今日の放課後から作ってもらった曲を伝えて、レッスンに組み込む予定なんだけど」

「おし。今日から行くわ。楽しみじゃけぇのぅ」

 あ。ユニ大丈夫かな。ファイト。

 ヤバくなりそうだったら止めよう。

「ところでフェルグス」

「おん?」

「もらった曲、名前無かったけど」

「それなぁ、ちぃとばかし悩んどる」

「そなの? 珍し」

「幾つか候補はあるんじゃけどな。だから実際歌とぉるとこ見て決めたいんじゃ」

 ユニ用に書き下ろされた曲、今まで作ってもらってた俺達のと毛色違うからなあ。

「了解。今日は小ホール貸し切って練習してるから」

「おう。あんがとな」




「と、言うわけで。ユニが正式に加入した記念すべきレッスン。今日から歌の練習を入れます」

 歌詞つきの楽譜とダンス概要をプリントアウトした紙を配りつつ、モニターに実際踊ってもらった映像を流す。振り付けとデモダンスはプロに頼み、それをお手本としてイメージを描く。

 小ホールの舞台の上で円形になりミーティング中だ。

 フェルグスは客席で前の席の背もたれに抱きつくようにしてこちらを見ている。圧が凄い。主にそれユニに向いてるから、ユニは何か顔色悪いな。

 ストレッチなど準備運動は済んでいるし、早速始めよう。

「ユニ」

「は、はい」

「試しに歌ってもらうからよろしく」

「あの! ちょっと待っ」

「ちなみにあんまりな感じだと、フェルグスの特別強化レッスンに切り替わるからそのつもりでね」

 フェルグスの特別強化レッスンは俺達でもつらい。ちな全員一回はやられてる。一回でこりて次から死にものぐるいになる、とも言う。

 そして三時間後のユニがこちら。

「…………」

「もっと腹から声出さんかおどりゃあ!」

「……は、ぃ」

 舞台の上には今にも吐きそうな顔のユニとフェルグス(鬼講師モード)、そしてユニ以外の俺達メンバーは客席の一番後ろの列に立っている。

 手には音に反応して光る音量測定球を持って。

 今のところ、蛍の光より弱々しくしか光らない。

「フェルグスー。ユニあんまいじめちゃダメだよー?」

「いじめとらんわ!」

 ルネの一言に間髪を入れず返すフェルグス。相当イライラしてるな……。

「んー……。リジー、レー。これお願い」

 ルネが自分と俺の持っていた測定球を双子に預け、舞台へと近づいていく。

「?」

 スタスタと近寄って来るルネにユニが首を傾げた。

「えいっ!」

「っみゃあああああぁぁぁぁぁ⁉ なっ、にすんですか!」

 叫び声から間をおかず、寸前までルネのいた場所を斬って空振るユニの平手。

 何をしたか? 答え。ルネがユニの尻尾を掴んだ。

「あ。ほら、光ってるよ。やれば出来るじゃない、ユニ」

「〜〜っ」

 ブチッとユニの何かがキレる音が聞こえた気がする。

「ふっ……ざけるなあぁぁぁぁっ! いきなり尻尾掴んどいて何言ってる⁉ いい加減にしろ! いつもいつもいきなりワケわかんない事して! 貴族は何しても許されるとか思ってるなら大間違いだから!」

 おー……。光ってる光ってる。音量測定球、めっちゃ光ってる。

「なんじゃ。やっぱやりゃー出来るじゃねぇか」

「アンタも! この間はいきなり首締めてくるし何なんですか!」

「カリカリすんな。じゃかあしゃあ」

 フェルグス。いくらどうでも良いからってそんな耳ほじりながら対応しないで。うちのメンバーなんだから。

「しっかし、まあ、クックッ……いいじゃねーか。活きがこれだけええなら、この曲はぴったりじゃあ。さすが儂。さす儂。目に狂いはねかった」

 フェルグスが満足そうに片手で自身の顎をさすり、ドヤァな雰囲気で腕を組む。ルネといい、フェルグスといい、自信に満ち溢れていて羨ましい。

「レフ、儂ぁ帰るけん、後はようやれや」

「ああ。了解。もう気が済んだのか?」

「おう。曲のタイトルも決まったわ。あと少しアレンジ入れるが、ダンスと歌詞は変わらんから心配すなや」

 イライラから一転、ウキウキでフェルグスはホールから出て行った。

 さて、俺は未だに息の荒いユニとそれをケラケラ笑ってかわしてるルネの方をどうにかするか。

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