第13話 飼うって言うな



 ユニの家を後にして、俺達は家がある第一階層、ルネの住んでいる街の南門外にある陣駅サークルステーションにいた。

「じゃあ、また明日ね」

「ちょっと待て」

 ルンルンで帰ろうとするルネの首根っこを掴んで引き止める。背中の翼と髪を避けて首根っこだけ掴むのって結構難しいんだ。

「なぁに?」

「なぁに? じゃない。ユニの弟妹にどんな話した」

「えー? ライブやるから観に来てね、って」

「他は」

「レフのお歌は凄いよー! って言っておいたよ!」

「言わんでいい!」

 何してくれてんだ!

「あとは高い高いして、ついでに練習してる魔術見せただけだし」

 そう言いながらルネは人差し指でピンク色の軌跡をハート形に描き、描かれたハートは少しして空気に溶けて消えてしまう。

「ユニにも出来る? ってあの子達が言ったから、ユニも頑張って何とか丸描いてた」

 可哀想に。やっと解放されたと思ったのにやる羽目になったのか。そりゃ、弟妹に期待されて出来ないとか超言いづらかっただろう。やるしか無いよな。頑張ったんだな、ユニ。

 思わず心の中で合掌した。

 でもまだ始まったばかりなのでさらなる頑張りを期待する。本番までにその裏でもう一つ魔術走らせなきゃいけないし。無詠唱で発動して、口は歌わないといけない。

 やることは山積みだ。そしてやる事と言えば、

「ユニのご実家、どうする?」

「んー……兄様に相談してみる」

 珍しく神妙な面持ちでそう言うルネ。本当に珍しい。普段が能天気で紛れもないアホの子だから超貴重映像。

「100万C以上動かす時はまず報連相してって言われてるし」

「まあ、確実にそれ以上は動くな」

 聞いた話を元に携帯型の端末を操作してさっくり概算出してみたけど、最低200万Cが確定で掛かる。

「ユニにも一度確認しないといけない……」

「そうだねー」

 と、言った所でいつものルネに戻った。あれか。真面目な顔は時間制限でもあるのか。

「いざとなったら家族ごと買えば良いけどね☆」

「やめい」

 冗談に聞こえるがこいつはやりかねない。

「だってぇ、ユニみたいな掘り出し物そうそう居ないし」

 人差し指を唇に当てて上目遣い。耐性のない奴はルネのこの仕草で8割が陥落する。俺はしないけど。

「それでも一応最低限、本人の同意がないと人身売買は成立出来ないだろ」

 ダメ、無理矢理、絶対。

 ちなみに人身売買自体は特に規制されてないし、領地の法にも触れない。それも全て前提が合意の上だから。

 基本、全ての前提は両者の合意。合意しているなら春をひさごうが、身売りしようが、臓器売ろうが咎められる事はない。異世界では駄目な所もあるとは聞くが、とにかくここでは合意の元に結ばれる契約は誰も咎めない。

「まあ、ねえ。そこも含めて兄様に相談してみる。飼ったらちゃんと面倒みなきゃだし」

「飼うって言うな。飼うって」

 言い方ってもんがあるだろ。

「俺の方でも利益とかのやつ取りまとめておく」

「ヨロシクー。頑張ろうね」

「はいはい。お前がユニ拾って来たんだから一番頑張って責任持てよ?」

「モチロン!」

 本当に大丈夫だろうな? 下手な説明だと色々詰むんだからな?



「ごめんね。レフ君」

「いえ……」

 なあ、大丈夫つったよな?

 現在、その翌日放課後。俺はルネと一緒にシアンレード領騎士団、その応接室の一つにいる。

 応接室の中央、ローテーブルを挟んで置かれた一対の二人掛けソファの一つに腰掛けている訳だが、その向かいにはルネのお兄さん。

 複数ある応接室でもわりとこじんまりして、そこまで堅苦しくない部屋なのは用件がごく身内的なレベルの為だろう。洒落たカフェの個室的な内装で、本来なら俺もこんな背筋伸ばして引きつった笑み浮かべなくて良い雰囲気なんだけどな。本来は。

 ルーティカリスさん、愛称で俺はルカさんて呼ばせてもらってるルネのお兄さんは、ルネとは全然違う。

 見かけは父君寄りらしく、束ねた白い長髪に褐色肌に赤い瞳、わりと外見から違うからパッと見では兄弟ってわからない。雰囲気もたおやかって感じで落ち着いていて、今も困ったように微笑んでいる。

「今日はお加減は……」

「うん。大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

 大丈夫の前に「今は」って幻聴が聞こえた気がする。

「レッスンもあるのに呼びつけてごめんね。弟から昨日、少し話を聞いたんだけど、レフ君からも聞きたくて」

「いえいえ、いつもこちらこそお世話になっています」

 ルカさん、うちの最大出資者だから。

 他にも出資してくれてる人がいるけど、割合的に最初期の出資はルカさんがダントツ。

 かくしてユニには自主練向け宿題を出して駆けつけたわけだ。

 肌の色的にはルネより断然健康そうなのだが、雰囲気が儚い。儚いってより気苦労で瀕死みたいな。

「本当は、ユニさんという方にも会ってお詫びを申し上げたかったのだけど……」

 憂いをたっぷり含んだ濃い紅の瞳がルネを一瞥する。言わんとする事はわかる。そっちに構って取り返しがつかなくなる前に、デカい方から対処しようって事だろう。この人の事だから、詫びの品の用意とかもあるって思って先に弟をどうにかする判断したんだろうな。

「それで、ルネからは家族単位の人身売買の話しか上がってこないんだけど詳しく聞いても良い?」

「はい……」

 うん。埒があかなかったんだな。

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