第10話 選択権をあげよう



「ユニー、立てる?」

「……」

 ルネがそう問うも、声も出せないでうつ伏せで倒れているユニ。

 片手の指先でミミズがのたくった様な文字が魔力で書かれているらしく、消え入りそうな光量で光っていた。恐らくダイイングメッセージを残したかったのか……。

 本日、何回目かの魔力枯渇状態で今だと吐き気、目眩、悪寒、その他諸々の症状で動けないって所かな。

 俺は黙ってユニの口に再び飴を押し込んだ。

 魔力を回復させれば症状は治まる。倦怠感はしばらく残るけど仕方なし。

 俺も通った道。

「む、り……やめさせて、下さい」

「大丈夫だよー。本当にヤバかったら、レフが止めてくれるから」

 まあ、そう。歯止めが俺の役目だし。

 俺の見た所、まだユニはいける。

 ダイイングメッセージ残そうって考えられるし、実行に移してるからむしろまだ余裕だろう。

 ルネなんかいきなりぶっ倒れるからな。

 俺達だって出来るようになるまで、何度も限界ギリになった。俺は倒れてないけど、それは歯止め役が倒れるわけにいかないからだ。他人様を管理するなら自身の管理は出来て当然だしな。

「とりあえず、文字が出来たんだから今日はOKで」

「えー」

「ユニとお前の速度は違うんだよ。そこは飲み込め」

「はーい。じゃ、今日はここまで!」

 パン! と両手を叩くルネに、ひっそり黙々レッスンに参加していた双子が掃除用具を持って動き出す。床をモップ掛けしたり、壁面の鏡拭いたり。

 使う前より綺麗に! が信条の活動だからな。

「ユニ、立てそ?」

 俺の言葉にユニが何とか腕立て状態で身体を起こす。でも両腕ぷるぷるしてんなー……。

「ルネ。ユニ送ってくぞ」

「りょーかいっ。リジー、レー、あとよろしくね!」

「「はい。兄様」」

 相変わらず自分の兄貴には物凄い素直で良い子やってるな。少しは他人にもそのサービスしろよ。

「あの……大丈夫、なので」

「いやいや。無理でしょ」

 未だに立ち上がれてないし。プランクやってんの?

「選択権をあげよう。ルネに色々ゴソゴソされて転移石トラベルノーツ探られるのと、自分で差し出すの、どっちが良い?」

「どっちも嫌です」

 しかしルネが笑顔で両手をワキワキしてにじり寄って来るのを見たユニは、震えながら転移石を俺に差し出してきた。これ、カツアゲに見えないよな?

「第二階層か」

 転移石に設定されている学園からの行き先に思わずそう呟く。

 第二階層……そしてこの座標は万年雪の山脈だな…………寒そう。

 万年雪の山脈付近は夏でも肌寒いくらいの気温だ。現在は基本晩春。そろそろ暑くなるかなーって季節なんだけど。

 そしてそんな環境よりも気になるのはこの転移石。お手製だ。

「レフ、眉間に皺できてるよー?」

「あ、ああ。悪い」

 軽く眉間を揉んでから、ルネに肩を貸して立つルネから、ルネの転移石を預かって行き先を設定する。俺のも同じ設定をして、転移した。



 転移石とは、階層のに使用する道具だ。俺もルネ達も第一階層の実家からこれを使って第四階層にある学園まで通っているわけだが……。

 辺りの大森林と呼べる飲み込まれそうな深い緑と蒼穹を背に広がる真白な大山脈を前に、俺は今一度ユニの転移石を見る。

 設定座標を確認するために預かったそれは、お手製だ。それだけの事実だが、少し頭が痛くなる。本当にあいつは厄介なもんを好んで収集するな。

 ユニの転移石は半ば白く濁っている。装飾もない裸石ルースだ。込められている往復座標は一つでここと学園だけ。

 いや、正しくは一つしか設定出来なかったんだろうなぁ……。

 石自体の質は、もういつ粉々になっても驚かないレベルのものだった。これじゃ一つしか設定できないよな。術式を込めるには石の質が重要だ。質が良いほどたくさんの設定が出来るし、貯められる魔力も多い。

 この最低質の魔石で、魔力空っぽでも石自体の値段は5万Cクラリティ。術式自体は一応大学部出てれば独学でも書ける。少しクセのある書き方してるから多分独学。

 そして転移石は最低価格が一つ10万Cで往復縛りはなく三つの座標が設定出来る。

 ……はあ。何かくる予感。

 ひとまずユニが立てるようにはなったみたいだし、ルネと代わるか。

「ユニ、家どっち。ルネ、先導な」

「オッケー」

「いや、あの、ここで良いので。自分で帰れますから」

「予め言っておくと索敵してみたら近くにブラットベアいるっぽいけど置いてって良い」

「ごめんなさい北に1キロくらい進んで下さい」

 ブラットベア。普通の動物である熊の最大種より二倍くらいデカい。性格は獰猛。

 普段の状態ならともかく、今のユニだと若干焦るくらいには強いらしい。ルネなら空から攻撃して倒せるから脅威度低めだけど。

 そんなこんなで俺達はユニの家を目指して進み始めた。

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