第9話 心折ろうとすんな


「……お試しって」

「さー! 今日もレッスン頑張ろうね!」

「ひいぃぃぃ!」

 当初のお試しでと言われた言葉の意味を再確認しようと呟いた瞬間、ユニはルネに引きずられて行った。俺も後から行くけど。

「あー。ユニの分のキンブレも発注しとかなきゃな」

 これはメンバーが使うキンブレ。振り付けでメンバー自身も使用する場面がある。流石に少し仕様が違っていて、例を挙げるなら色変えは手元でカチカチしなくて良い。そういうパフォーマンス中に使っても支障のない仕様になっているとだけ。

「……キンブレの話題出たし、多分今日はアレだな」

 キンブレ召喚と返還の魔術を使いながらのレッスン。多分これだろう。

 歌や踊りながらの魔術行使の基本練習に最適だし。

「最適だけど、キツいんだよな」

 ユニ達の向かったレッスン室の方角に向けて合掌しておく。

 まず指先に可視化した魔力と不可視の魔力の二つを集めて、それぞれを別々に動かさなければならない。可視化された魔力で線を描き、その裏で不可視の魔力自体で召喚の魔術式を描く。

 可視化されは方は指の動き通りだから簡単だが、不可視の方は魔力自体に動きを独立させて持たせなければならないのでめっちゃ大変。

 正直、普通やらない。やろうと思うのは変態の域。

「そもそも、魔力可視化させるのだって普通に難易度高くてキツいし、それだけで汗滝だし」

 俺もキツい。どうにか出来るけど、毎日やって慣れてないとマジで疲れる。

 そんなやり方を考えるとか頭おかしいんだが、まあ実際頭おかしい奴らが作った術式だし、発端はルネだけど術式自体は大学部の有志が自らの趣味と欲望で快く開発してくれたオタク魂の結晶……。

「……確か、変身ものに使えるとか何とかでやってくれたんだよな」

 異界の週末に放映されてるアニメで何かあるらしい。それが大好きな奴らが、これ再現出来るんじゃね? って嬉々として開発してた。

 衣装も何かそれっぽく変える着替えの術式も提供されたけど、そっちは使ってない。だっていきなり全身全裸でプリズムに光って衣装が徐々に変わるとかだし。

「ユニの口上、こっちで考えるか」

 多分そんな体力気力共に残らないだろう。出来るフォローはしとかないとな。



「おーい、生きてるー?」

「…………」

 現在レッスン室。

 床に撃沈&五体投地して白く燃え尽きて灰寸前のユニ、その頭をつつく。ピクピクしてるから大丈夫だろ。普通はそれすら出来ない筈だけど、流石獣人。体力は他種族より多いな。

「な……なん、な……」

「ユニー? まだ回復しない?」

 タオルで汗を拭きつつルネがユニを見下ろす。

「今日はキンブレ召喚する所まで出来たら終わりだからファイト!」

 鬼だな。種族としての鬼の方がまだ優しい。彼らわりと気が良い奴ら多いし。まあ怒らせなきゃの話だけど。

「んー。仕方ないなぁ」

 そんな事を言いながら、ルネが手にしたのは良く鉢植えとかに刺さってる緑色のアンプル。え。刺すのか?

「おい、ルネ」

「えーと、一滴……面倒だし、全部」

「待て待て待て」

 用法用量は守れ。それ薬か?

 這って逃げようとするユニ。さもありなん。

「これ? これは魔力回復薬だよ」

 フリフリと指で摘んだアンプルを揺らすルネ。

「うちのかかりつけのお医者さんがくれたの」

 ルネからそれを受け取ると、アンプルの側面にちゃんと用法用量が書いてあった。

 これ、緊急時に使うもんだって書いてあるぞ。

 緊急時にアンプル割って使えって。そうじゃないなら一滴を三倍に薄めろ書いてあんじゃねーか。

「没収」

「えー。まあ、あと四本あるから良いケド」

「まだあんのかよ」

 とりあえずこれは預かっておこう。

 で。だ。

「ユニ」

 いや、俺の声でも固まるのやめい。

「怯えなくて良いから。ほら、これ食え」

 ブレザーの胸ポケットから、包み紙にくるまれた女子の小指の爪くらいの小さい飴玉を取り出す。

 大サービスで包み紙をむいてから飴玉をユニの口に押し込んだ。

「…………ぁ、こえ、で、る」

 ヨロヨロヨボヨボと何とか床から身体を起こして、ユニは飴玉をなめる。

 回復量とか即効性は多分ルネから没収したアンプルに劣るが、この飴もそこそこ良いはず。

 飴をなめ終えたユニに水の入った筒を差し出すと夢中で飲み始める。

「回復した?」

「ルネ、ちょっと待ってろ。普通の奴はそのペースでやられたら心折れんだよ」

 今だってガクブルしてんのに。これ以上ゴリ押したら逃げられるだろ。

 俺は青い顔……ってより前髪で見え難いけど化け物みる顔でルネを見てるらしいユニに話し掛ける。

「魔力の可視化はいけそう?」

「……た、ぶん」

 ほう。中々に筋が良い。普通、魔力の可視化も一日じゃ出来ない奴多いのに。

「えー。でも召喚まで」

「黙れ。心折ろうとすんな」

 貴重な人材なんだぞ。

 可視化まで出来れば今日は良いにしとけ。

「ルネ、見本」

 黙れと言われたからか、無言でふくれっ面になりつつ、ルネが片手の人差し指を立てる。

 その指先に淡いピンク色の光が現れ、そのまま指を動かすとハート形の軌跡を描く。

「とりあえず、丸でも良いから何か描けたら今日は終わりな」

 絶句すんな。ルネの言ってたキンブレ召喚までやるよりはマシだから。

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