第6話 チリツモハテナシ

 この世界の教育は権利だ。

 基本的に俺達の学校というのは第四階層にある夕闇学園ナイトアカデミアしかない。

 初等部、中等部、高等部、大学部の四つの区分とそれぞれの校舎、校舎に付随する施設諸々を一つの階層に集約している。

 その区分ののか、またはという選択すら各々に委ねられる。

 なお、始める区分は自由だが、一度決めたらそれより前の区分に戻ることは出来ない。

 要するに、高等部の後には大学部しか行けない。初等部とか中等部に逆流は出来ないという事だ。

 そして今は中等部二年の俺達。当たり前だが学生の本分にして権利は学業である。

「ユーニ」

「ひぃ!」

 昼休み、昨日のしごきがよほど堪えたのか逃げ回ったユニを、ルネが裏山の木陰で発見した。いきなり上空から奇襲を掛けられれば誰でも恐れ慄くよな。

 歯の根噛み合って無いんじゃないか? 可哀想に。

 俺? 俺は普通に走って現地着。翼ないし。

 ちなみにこの裏山、中等部の校舎から2キロくらい距離ある。木々も生い茂り歩きにくいことこの上ない。やっぱ川を走って遡上するのが一番楽。

「もー。探したんだよ? 教室に行ってもいないし」

「な、なん、なんで」

「一緒にお昼食べよー」

「謹んで辞退させて頂きます」

「いや、土下座やめい」

 俺達がいじめてるみたいじゃん。

「てか、それ昼飯?」

「はい……」

 ユニの両手で握り潰されたタマゴパン。コッペパンという長細いパンにタマゴフィリング挟んだものの無惨な姿。それ一つ? 足りなくね?

「食欲、無くて……」

 正座して死んだ魚の目でこちらを見上げてくる。

 あれか。昨日の負荷が抜けてないのか。

 まー、常人なら初めてあれ経験したら吐いて暫く食欲失せるからな。

「ダメだよ? ちゃんと食べないとー」

 ルネがそう言ってどう見ても入らないだろうポーチから五重の四角いお重を取り出す。

「じゃ、じゃーん」

 パカッと一番上のフタを取ると溢れるいかにも美味しいですよと言わんばかりの匂い。

 黄金色の卵焼きから始まって宝箱よろしく色々詰まっている。

「父様が作ってくれたお弁当。一緒に食べよう?」

「い、いや、だから食欲、が……」

 途端にユニの腹部から抗議するように音が響く。

「お昼休み、二時間あるからゆっくり食べられるね」

 各休み時間は十五分程度だが、お昼の休み時間はたっぷり取られる。それこそ学食堂でランチコース頼んでもいける余裕。

 やがて観念したのかユニはせっせと小皿に取り分けられたルネの弁当を複雑そうな顔で食べ始める。

 ちなみに俺的には今日一番のオススメはジューシー唐揚げだ。



「フェルちー、ユニの曲作ってぇー」

「舐めとんのかオドレは」

 現在放課後。ルネに確保され引きずられとある部室にやって来たユニは、そんなやり取りに蒼白な顔で激しく頭を横に振っていた。

 まあ、フェルグス怖いし仕方なし。

 覗いた部屋の中には椅子に行儀悪く座っている人物が一人。

 短めの肩くらいの黒髪を片方の側頭部で編み込みにして、健康的に焼けた肌。若干据わってる切れ長の金瞳、耳には多めのピアス。

 ブレザーだけは羽織っているものの、他はほぼ改造制服という有様だ。赤地に金糸のチェック柄を取り入れ、ベルトやら何やらで装飾的。足元は黒い厚底。

 あとついでにガラも悪い。能力はあるけど人柄的に一見さんお断りの極み。

「ルネ、おめぇワシを舐めてっと痛い目みさすぞコラ」

「やだ怖ぁい」

「今すぐ叩き出す!」

「はいはい、そこまで。フェルグス、悪いけど超特急で一件お願いしたい仕事があるんだ」

 立ち上がり掛けたフェルグスを押し留め、ユニの肩を掴む。

「新しいメンバー入れるから、ソロ曲を一つ」

「…………」

「ひぃっ」

 フェルグスの鋭い眼光がユニに向けられる。

 まるで蛇に睨まれた蛙のようにユニが硬直するのがわかった。

「新しいメンバぁ?」

 頭の天辺から足の爪先までフェルグスがジロジロと無遠慮に眺め回す。

「あ、あの、いえ、その、じ、自分に、曲、いらな」

「あぁぁあ゛ぁぁん? 儂の作る曲が歌えねえと? そう言いたいのかゴラァア!」

「ひえっ! 滅相もございません!」

 なあフェルグス、古のチンピラみたいだよ? または酔っ払い。シラフだろ?

 こういうのが塵も積もれば山となるで果てなく悪印象になるのに……。





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