第7話 職人て面倒臭い

「で、ストックの中で回せそうなのある?」

 良く言えば無邪気にルネが言い、

「んな急にある理由ねぇだろ! しかも初がストックなんざ儂の矜持が許さねぇんだよ!」

 まだわかんねぇのかオノレはぁぁぁあ! とついに立ち上がったフェルグスがルネの胸ぐらを片手で掴んで叫んでいる。いやもう本当にチンピラだからやめい。ほんと職人て面倒臭い。

「はいはいそこまで。本当に一応うちの看板だからお触り無しで」

 チッと舌打ちを一つしてフェルグスが再び椅子にドカッと腰を下ろす。

「超特急ってまさか次のライブに間に合わせろとか言わねーだろうなぁ?」

「すまん。そのまさか」

「ふざけてんのかテメェ!」

「いやいやいや、本当にすまん。でもやって」

 無言でユラリと立ち上がられると怖いな。

 しかし、だ。

「超特急って事で、依頼料弾むから」

 ピタッとフェルグスの動きが止まる。

 立ち昇っていた殺気が瞬時に引っ込んだ。

「いくらだ」

 ブスーっとして腕組みしたフェルグス。ちなみにここで提示金額間違うと多分殴られる。まだ俺は殴られた事無いけど、フェルグスの行動は予想できる。

「いつもの三倍でどう?」

「あん?」

 勿論、最初からこの額では通らない事は承知。

 これをベースに値上げするのが様式美である。

「うーん、無理言ってるのこっちだからなぁ、四でどうよ?」

「ふん……」

 フェルグスが腕組みを解いて片手を腰に当てる。もう一押しだ。

「五」

「チッ。今回だけだ!」

 ちゃりーん。本気で値段交渉ならもっと低いところから細かく上昇させるけど、今回は形だけ。フェルグスもわかっているからここで手を打つ。

「ありがとう」

 依頼を受けるとなったフェルグスがルネにホールドされているユニにロックオン。

「おい、ちょっとコッチ寄れや」

 片手の指をクイクイと曲げて近寄って来いと言う。

「はい、パース」

「ひぎゃあ⁉」

 軽くトンと背を押され、フェルグスの前にユニが飛び出る。その両肩をフェルグスがガッチリ鷲掴みにした。

 あれだ。飛来した猛禽に捕まった兎とかのイメージ映像に置き換えられても違和感ない。

「う、あ、や、や、やめ」

「ほぉん。まあまあ良い筋肉ついてんじゃん」

「ぎゃあああ⁉」

 脚から腰、腕、全身を撫で回されてユニの尻尾が毛羽立つ。多分耳も同様。というか全身の毛を逆立ててると思う。

「ぐっ⁉」

「おう。ちょっとこのまま声出してみ」

 はたから見るとフェルグスがユニの首を絞めている様に見える。……いや、本当には絞めてない…………はず。

「あ゛? 聞こえねぇぞ腹から声出せやぁ!」

 絞めてないよな? 本当に絞めてないよな?

「ぅ……ぁ……かはっ」

「んだよ、根性ねぇなぁ、そこのアホですら笑って普通に話してたっつーのによ」

 いや、ルネは普通じゃないから。そこ基準にしないであげて。

 それでも気が済んだのかフェルグスがユニの喉から手を離す。

 途端に床に崩れて咳き込むユニ。良かった生きてる。咳き込むなら生きてる。

「粗方わかった。とりあえず三日寄こせや」

「了解。悪いな」

「そう思うなら依頼してくんじゃねぇよ。もしくはもっとコレ弾め」

 片手の親指と人差し指で輪を作って見せるフェルグス。異界には地獄という場所もあるみたいで、そこもお金さえあれば何とかなるらしい。ピッタリな言葉だよな。

 しかし、ユニは完全に怯えたみたいで、ルネにホールドされてるのに部屋の出入り口まで一直線だ。

 リードごと飼い主引っ張ってく犬みたいな。

 とりあえず用は済んだので、俺達はフェルグスの部室を後にした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る