5話 喧騒と別れ

 ホタルは酷い頭痛に襲われた。母が死んだことが蘇ってくる。ソフィアを助けた。それは助けを求める声が聞こえたからだ。僕はかつて母を助けられなかった。今度は困っている人間を助けたい。あの時からずっと思っていたことだった。でも違った。世の中は複雑なのだ。

「ええっと…でも君は家出してるじゃないか。ほら、もうポール家とは関係ないんだろ?」

「あたしは外の世界が気になってて…でも両親はあたしを家の外に連れて行ってくれなかったの。だから一人で黙って抜け出しただけ。殺して欲しいなんて思ってないわ。」ソフィアはこっちを睨みながら言った。間違いない。自分が逆の立場ならそうだろう。でもそうじゃないんだ。こればかりはそうじゃない。

「僕は希望の国に母親を殺されたんだ。他にも同じような思いをした人間がここに集まっている。もうやるしかないんだ。」

「分かったわ。その為にあたしを助けたんでしょ。あたしを捕らえて両親の家に攻め込むのを見せて苦しめる為に。」

「違うんだソフィア。僕はただ…」

 その時、閉めていた扉が勢いよく開いた。メルンが焦った声で言った。

「ホタル急げ。敵が来たぞ。この場所が襲われているんだ。」扉の外に注意を向けると悲鳴と複数の足音が聞こえてくる。

「くそ、ソフィアも来て。」

「…うん。」

 二人はメルンに連れられて裏口の階段を降りた。一階は物騒だった。敵味方入れ乱れ、人の血が溢れ、剣の擦り合わす音がよく聞こえる。見たことある顔の仲間が血まみれで倒れている。

 三人は柱の影に隠れてタイミングを伺った。だが革命派の人が次々と倒れているのを見てメルンは一か八かのかけに出た。塞がっていた扉を蹴飛ばして外に出た。ホタルとソフィアもそれに続いた。外には一人の男が待ち構えていた。

「待っていたぞ、ソフィア。」

 ホタルは驚愕した。ハーマン・ポール。まさにホタル達が倒そうと思っている男が今、目の前に居たからだ。

「パパ、なんでここが分かったの。」ソフィアが言った。

「今はそれよりも、やることがあるだろ。」ハーマンはそう言ってホタルとメルンを交互に見た。

「革命派か。娘に何をしたかは分からんが生きて出られると思うなよ。」ハーマンは剣を抜いて構えた。

「ホタル、俺が相手をする。お前はその隙に逃げろ。」メルンはそう言って剣を抜いた。

 ハーマンは間合い詰めて一気に切りかかってきた。メルンはその剣を受け止める。だがその気迫に押されてメルンは扉のところまで下がって受け流した。

「その程度で革命とは笑わせるな。」

 ハーマンは踏み込んだ。メルンもう一度受けようとする。だが間に合わない。血しぶきが上がった。メルンが倒れる。

 ホタルは呆然とて立ちすくんだ。ハーマンがこちらを向く。恐怖で足が動かない。殺される。

 ソフィアが動いた。ハーマンに抱きついたのだ。

「もうやめて、パパ…。」

 ホタルは我に帰った。歯を食いしばって逃げた。後ろは一切振り向かない。ここで死んでたまるか。その思いがホタルの中からふつふつと湧き上がって来た。

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