第14話 犬の尾公

 そして、帝国は新王フェルナ・ルドゥの時代を迎えた。

 フェルナは人と人との交流を大切にし、帝都に人が集う場を多く作った。公園では詩人が声を披露し、広場では屋台を出すことが認められ、帝都の外からも多彩な料理が並ぶようになり、帝都の食文化は著しく向上した。禁じられていた飲酒や宝飾品の販売も許されるようになり、酒場に人が集い、祝いの席で美しい宝飾品を披露しあうようになった。他国との交流も盛んになり、帝都では大きな市が開かれるようになり、帝都の外からも多く物品が集まり、帝都の暮らしは豊かになった。

 フェルナはひとびとの交流の場によく姿を現し、共に笑い合い、不平不満にも耳を傾けた。やがて、帝都の民はフェルナを「豊楽王」と呼ぶようになった。


 ヤの国とは、たびたび小さな争いが噂されたが、それが大きく広がることはなく、停戦の協定が延長されることになった。その席で、壁の剣はヤの国に返還されることになったが、壁の剣が元宰相のパテル・グランの手にわたった経緯をヤの国が説明することはなく、パテルとヤの国の内通は否定も肯定もされなかった。パテルの軟禁は解かれたか、疑惑はそのままとなり、パテルが政治の一線に戻ることはなかった。


 ヴァリン・ルドゥは、フェルナ王の治世が軌道に乗ったころ、みずから、森の魔術師によって、犬に変えられたことを告白した。戦場の英雄としてヴァリンを讃えていた人々は、名も無い魔術師にやぶれ、犬の姿に甘んじていたことに失望した。さらに、ヴァリンは犬の姿のなごりだという白い尾をさらして街を歩き、毎晩のように酒場に姿を現すようになり、その名声は地に堕ちた。多くの侮蔑とわずかな親愛で、帝都の民はヴァリンを「犬の尾公」と呼ぶようになった。


 犬の尾公ヴァリンは帝都からたびたび姿を消し、妹である豊楽王フェルナを悩ませているという噂も囁かれていたが、ある時、またも帝都から姿を消していたヴァリンが、女性を伴い帝都にもどると、いきなり「結婚する」と発表し、帝都の人々を驚かせた。

 披露の席に、背中まで伸びた艶やかの黒髪、白銀のドレスに母親から譲られたものだという宝飾品を胸に飾ってその女性は現れた。わずかに色の違う赤色の宝石をいくつも組み合わせ、動くたびに笑うようにきらめくその宝飾品と、それに負けない美しい笑顔を見せるその女性に帝都の人々は魅了された。そして、その女性はヴァリン公とのなれそめを尋ねられると――

「わたしね、犬だったこのひとに愛情を注いで人間に戻してあげたのよ。でもね…」

かたわらにいた犬の尾公の白い尾を持ち上げると、

「ここまでは、愛情がまわらなかったみたいなのよね」

と、大輪の薔薇のように笑った。

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犬の尾公の帰還 はりはら @HaLiHaRa

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