第27話 帰ってきた沙緒莉姉さんは僕にブラジャーを見せてくる

 我ながらチキンライスは美味しく出来たと思う。何度か味見をしたおかげで最低限の評価は貰えると思って間違いないだろう。問題は、卵で綺麗に包むことが出来るかどうかという事だ。

 僕は真弓と一緒に何度も動画を見て包むコツを学んだのだが、火加減が弱すぎたようで卵が固まる前に包もうとしてベチャベチャになってしまった。これは僕が責任をもって食べようと思っていたのだけれど、真弓がこの明らかに失敗したやつを食べると言ってきかないのだ。


「そんな失敗したのじゃなくてさ、ちゃんと成功したのを食べようよ。それは僕が食べるから真弓はもう少し上手に出来たやつにしようよ」

「ダメ。真弓はこれが良いの。これじゃなきゃダメなの」

「これじゃなきゃダメって、どうしてさ」

「だって、これはお兄ちゃんが初めて作ったオムライスでしょ。だから、お兄ちゃんが最初に作ったオムライスは真弓が食べないとダメなの」

「ダメってことは無いと思うけど、チキンライスもベチョベチョになっちゃってるし、せめて作り直そうよ」

「真弓はこれで良いんだって。だって、お兄ちゃんが食べるのは真弓が作ったやつだもん。お兄ちゃんが自分で作ったのを食べたら真弓が作ったやつ食べれないじゃん」

「うーん、そこまで言うならそれでもいいけど、次は真弓が作る番だよ」

「大丈夫。真弓はお兄ちゃんの失敗から学ぶ事が出来たし、チキンライスを投入するのは卵が固まってからだね。じゃあ、さっそく卵から行くよ」


 真弓は何でも理解するのが早いのだ。きっと今回も僕の失敗から学んだ経験を生かして一発で成功してしまうんだろうな。そう思っていたのだけれど、真弓はとんでもない失敗をしていた。そして、それには全く気付いていなかったのだった。


「ねえ、真弓が作っているのはオムライスで良いんだよね?」

「そうだよ。今集中しているところだからあんまり話しかけないでほしいかも」

「うん、それはわかるんだけどさ。でも、本当にオムライスを作っているんだよね?」

「もう、そうだって言ってるでしょ。お兄ちゃんは自分で作ったのもが何なのか覚えてないっていうの?」

「いや、覚えてはいるけどさ、オムライスなのになんで目玉焼きを焼いているの?」

「え、目玉焼き?」

「うん。目玉焼き」

「そんなわけないでしょ。だって、これからチキンライスを乗せて包み込むんだよ」

「でも、フライパンの上にあるのは完全に目玉焼きだと思うけど?」

「お兄ちゃん。気付いても言わなくていいこともあったりするんじゃないかな。これは目玉焼きに見えるって言うか、完全に目玉焼きだよね。真弓もフライパンに直接卵を落とした時に気付いてたよ。そりゃ気付くさ、真弓だって馬鹿じゃないんだからね。やっちゃったなって思ったよ。でも、真弓は一生懸命ここからリカバリーするにはどうしたらいいかって考えてたんだ。考えてたんだけどさ、もう完全に白身が固まっちゃってるから無理なんだよ。そもそも、フライパンに卵を直接落とした時点でもう無理だったんだよ。真弓が作るオムライスはチキンライスon目玉焼きになっちゃった。でもね、チキンライス自体は美味しいんだからさ、その方がいいかもしれないって事だよ。だからね、その方が美味しいって思うんだ。だからね、お兄ちゃんには申し訳ないんだけど、目玉焼きで勘弁してもらえないかな。お願いします」

「別にそれはそれで美味しそうだし、また今度機会があったら作ってもらおうかな」


 こういった料理は出来たてが美味しいと相場は決まっていると思うのだが、今回の料理に限ってはそんなことも無いだろう。とりあえず、僕たちは決まっている自分の席にオムライス風の料理とサラダを並べていた。

 ちなみに、チキンライスを作った時に余った具材を使ってコンソメスープを作ったのだが、市販のコンソメを使って水の分量もきっちり量ったこともあってとても美味しいものが出来上がった。

 ちょうどそのタイミングで陽香がキッチンにやってきたのだが、僕たちの作ったオムライス風の料理を見て何かを察したようだ。

 陽香は僕たちの前に立って自らチキンライスをお皿によそって成形し、ボウルに卵を二つ入れて丁寧に溶いていたのだ。

 そして、熱していたフライパンが十分に加熱されたタイミングで溶いた卵を投入して、綺麗な薄焼き卵を作っていたのだった。


「陽香お姉ちゃんって凄いね」

「ああ、あんな風に手際よく作れるなんて感心するよ」

「いや、そうじゃ無くてさ。私達が作ったのを見て一瞬で自分で作ろうって決めたとこだよ。私達に作らせる隙を与えないように手際よく完成させてるもんね」

「そう言われたらそうかもな。でも、あんなに綺麗に包めるなんて結構練習してるって事なんじゃないかな」

「そうかもしれないね。もしかしたら、陽香お姉ちゃんは昔からお菓子作りが得意だから私達よりも調理するって事に慣れているのかもね。ママの影響で味付けはちょっと物足りないこともあるけど、今回はお兄ちゃんが作ってくれたチキンライスが美味しいから、そこは心配いらないもんね」

「ああ、でもさ、悔しいけど、僕たちが作ったやつよりも陽香が作ったやつの方が美味しそうに見えるよな」

「使ってる材料は何一つ違わないのにね。今度から仕上げは陽香お姉ちゃんにやってもらった方がいいかもね」

「全くその通りだな」

「ちょっと二人とも、そんなに丁寧に解説しないでよ。ちょっと恥ずかしいじゃない」


 陽香はまんざらでもなさそうな表情でそう言った。僕たちは普段から凄いと思ったことは褒めるのだけれど、陽香の場合は褒められて嬉しいという感情が顔に全て出てきてしまうのだ。学校ではそんな事なかったりもするのだけれど、家ではとにかく褒められることに弱い性格なのである。


「もう、お姉ちゃんがいつ帰ってくるかわからないから先に食べちゃいましょ」


 陽香は完成したオムライスを自分の席に置くと、照れ隠しなのか僕たちの顔を見ないようにしていた。


「そうだね。陽香お姉ちゃんの美味しそうなオムライスが冷めないうちに食べちゃおうか」

「ああ、僕たちのは冷めてもそんなに美味しさは変わらないと思うけど、陽香の綺麗なオムライスが美味しそうに見えるうちにたべようね」

「あ、ちょっと待って。お姉ちゃんのオムライスにグリーンピース載ってないから載せてあげるよ」

「え、いや、いいよ。このままでいいからさ」

「でも、せっかく買ってきたんだし載せようよ。お兄ちゃんが陽香お姉ちゃんのために買ってきたんだからさ」

「そうなの?」

「うん、好きだって聞いたから買ったんだけど。嫌いだった?」

「えっと、どっちかって言うと嫌いかも。あんまり食べた事ないけど、そんなに好きって感じではないかな」

「そうだったんだ。じゃあ、無理して食べなくてもいいんじゃないかな」


 僕がそう言ったタイミングで真弓はスプーン一杯のグリーンピースを陽香のオムライスの上に載せていた。

 載せるにしても限度ってものがあるとは思うのだけれど、陽香に対する真弓の行動は嫌がらせをしているようにしか見えなかった。もしかして、自分が失敗して陽香が成功したオムライスの事で何か思うところがあったのかもしれない。

 しかし、あれほどの量のグリーンピースは好きでなければ嬉しくはないだろう。僕はグリーンピースが好きでも嫌いでもないけれど、あの量を載せられるのがわかっているのであれば、嫌いだから載せないでと嘘をつくかもしれない。それくらいの量が載せられていたのだ。


「こんなにあったらさ、隙でも嫌いになっちゃいそうだよ」

「でも、お兄ちゃんが作ってくれたチキンライスと相性良いかもしれないよ」

「うう、チキンライスは美味しいけど、後味は緑の味しかしないよ」


 僕たちはその後も少しずつお互いのを味見しあっていたのだが、グリーンピースを除いて食べた結果、陽香が作ったオムライスが一番おいしかった。僕と真弓の失敗作が成功していたとしても綺麗に包むことが出来ている陽香の勝利は間違いないだろう。

 ただ、僕たちは別に勝負をしているわけではない。そもそも、チキンライスから造ったとしたならば、僕の勝利は揺るがないだろう。でも、これは勝負ではないし、僕が勝手にそう思っているだけなのだ。


「ただいま。お、今日はオムライスとサラダとスープなんだ。いいね。ちょうど洋食が食べたいと思ってたところだったんだ。あ、みんなはそのまま食べてていいよ。私は自分で作ってくるからさ。チキンライスってまだ余ってるよね?」

「うん、沙緒莉お姉ちゃんが何時に帰ってくるかわからなかったから冷蔵庫にしまってあるよ。さっき入れたばっかりだからそんなに冷えてないかもしれないけど」

「大丈夫大丈夫。オムライスなんて作るの久しぶりだから上手く出来るかわからないけど、ちょっとやってくるね。あと、スープとサラダも貰っちゃうよ」


 僕と真弓は沙緒莉姉さんがキッチンに入っていくのを見送っていた。本来であれば、料理当番である僕たちが作るべきなのだが、優しい沙緒莉姉さんは僕たちが食事中だという事を思って自分で作ると言ってくれていた。例え、僕たちのように失敗作が出来上がったとしてもバカにしたりするのはやめておこう。

 誰にだって失敗はあるのだし、家庭料理なんて見た目にこだわる必要なんてないのだから。美味しく食べることが出来ればそれでいいと僕は思うのだ。


「ちょっと味見したんだけどさ、このチキンライスって凄く美味しいね。真弓じゃなくて昌晃君が味付けしたでしょ?」

「そうだけど、美味しくなかったら真弓が作ったって思うって事?」

「そうじゃなくてさ、なんとなくそう思っただけだよ。ほら、昌晃君って調べたり量ったりするの好きでしょ。なんか、業務用みたいに整った味だなって思っただけだからさ。それに、スープも一口飲んでみたら、すっごく美味しかったよ。これも昌晃君が作ったんでしょ?」

「ちょっと沙緒莉お姉ちゃん。その通りなんだけどさ、そんなこと言うのやめてもらってもいいかな」

「ごめんごめん。でも、サラダも凄く美味しいよ。真弓は料理も天才だね」

「ねえ、なんでサラダを作ったのが真弓だってわかるの。ちぎって並べただけだから?」

「そうじゃなくてさ、素材を殺さない感じで天才っぽさを感じたからだよ」

「もう、そんなに褒めなくてもいいのに。お姉ちゃんのオムライスを真弓が作ってあげようか?」

「大丈夫だよ。フライパンもチキンライスもイイ感じに温まったと思うし、そろそろ卵を焼いてこようかな。みんなはもうすぐ食べ終わりそうだし、今日は私が洗い物するから誰か先にお風呂入ってていいからね」

「じゃあ、今日は私が先のお風呂に入ろうかな。真弓も昌晃もゲームしたそうな顔してるしさ」

「ゲームはしたいけどさ、陽香お姉ちゃんも一緒にやろうよ。もちろん、沙緒莉お姉ちゃんもね」

「はいはい、でも、先にお風呂に入ってくるね。ゲームは皆がお風呂に入った後でもいいでしょ」

「それでもいいけどさ、じゃあ、時間を短縮するためにお兄ちゃんと一緒に入ろうかな」

「ちょっと、変な事を言うのやめなって。昌晃もすぐに断りなさいよ」

「もう、陽香お姉ちゃんには冗談が通じないんだな。あ、沙緒莉お姉ちゃんのオムライスが出来たみたいだよ」


 沙緒莉姉さんは自分の席にオムライスを置いたのだが、僕の作ったオムライスとも違う。真弓や陽香が作ったオムライスとも違う。沙緒莉姉さんの作ったオムライスは、チキンライスの上にオムレツが載っているタイプのオムライスだったのだ。

 僕と真弓はそのオムレツをどうするのか見守っていたのだが、沙緒莉姉さんはオムライスなのに持っていたナイフを使ってオムレツに切れ込みを入れていた。その切れ込みにナイフを差し込みつつオムレツを開くと、そこにはまるでヒマワリの花のようなオムライスが完成していた。

 僕も真弓も沙緒莉姉さんの作ったオムライスを見て止まってしまっていたのだが、キッチンに食器を持っていっていた陽香そのオムライスを見て完全に固まってしまっていた。


「ねえ、沙緒莉お姉ちゃんが作ったのって、何?」

「え、何って、オムライスだけど」

「なんでそんなにふわふわトロトロなの?」

「なんでって、そういう風に作ったからだよ」

「お兄ちゃんが作ってくれたオムライスはトロトロではなくベチャベチャだったんだけど、それってどうしてなのかな?」

「どうしてって言われても見てないからわからないな。そんなにベチャベチャになることってある?」

「わかんない。でも、沙緒莉お姉ちゃんのやつみたいに美味しそうには見えなかった。いや、味は美味しかったんだけどさ、見た目的な話ね」

「よくわからないけど、美味しかったならそれでいいじゃない。それにしても、このチキンライスもスープも美味しいわね。毎日食べても飽きなさそうだよ。これってさ、昌晃君が作ってくれたんでしょ?」

「そうですよ。でも、沙緒莉姉さんの作るそのオムライス凄いですね」

「でしょ。陽香はなんだか怒ってるみたいだけど、お風呂に入れば機嫌も良くなるかな」

「そうだと思うよ。でも、真弓もちょっと落ち込んじゃったかも。食器片づけてくる。あ、お兄ちゃんの分も今日は真弓が持っていくよ」


 真弓は少し不安定な体勢で食器を片付けてくれていた。途中で落とさないか心配ではあったけれど、大きな音も叫び声も聞こえなかったので良かった。


「それにしても、このチキンライスもスープも美味しいね。サラダも美味しいけどさ。こんなおいしいものを作ってくれた昌晃君にはお礼をしなくちゃね。ほら、これを見て」


 沙緒莉姉さんは着ていたトレーナーとキャミソールをめくると、黄色いブラジャーを僕に見せてくれた。まあ、見せてもらう事がお礼とかよくわからないのでどうしたものかと考えていたのだけれど、何の反応も示さない僕を見ている沙緒莉姉さんが逆に恥ずかしくなったようだった。沙緒莉姉さんはキャミソールとトレーナーを素のように戻すと、恥ずかしさを隠すためなのかうつむいてオムライスを食べ始めていた。


「あ、もしかしてその色ってその美味しそうな卵の色だったんですか?」

「え、たまたまそうだった感じになるけど、そういう意味ではなかったかも」

「じゃあ、どういう意味なんですか?」

「いや、昌晃君に見せることに関して意味なんてないけどさ」

「意味がないならやらなければいいと思いますよ。ちなみに、真弓も似たような色のを見せてきましたよ。姉妹って似るんですかね?」


 沙緒莉姉さんは顔をあげずにオムライスを完食していた。スープを飲むときに少しだけ見えたのだけれど、今日の沙緒莉姉さんは耳まで真っ赤になっていたのだった。

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