第26話 真弓がオムライスを作りたい理由

 僕と真弓は図書館で有意義な時間を過ごすことが出来た。さすがに一目があるところなので真弓も変な事はしてこなかったという事もあるのだが、お互いに少しわからないところを教え合うことが出来たというのがとても素晴らしいと思った。

 中学生に高校の勉強を教わるのもどうかと思うが、真弓はすでに高校卒業程度の学習は終えているそうなので恥ずかしいことではないだろう。それに、真弓もなぜかわからないところがあるみたいで僕に尋ねてきたりもしていたけれど、それはきっと僕ばっかりに質問をさせないようにしようという真弓なりの気づかいだと思う。こんな少女に気を遣わせるのは少し恥ずかしい気もするのだけれど、それが真弓の優しさでもあるのだから無理にやめさせることはしないでおこう。


「陽香お姉ちゃんって結局最後まで私達に気付かなかったね。あんまり私達の事に興味ないのかな?」

「そうではないと思うよ。たぶんなんだけど、陽香って誰かといる時に他の事が目に入らないタイプなんだと思うんだよね。ゲームやってる時とかでも目の前の敵を倒すことに集中し過ぎて簡単に後ろを取られたりもしてるからね」

「そういうのって意外と初心者よりも中級者の方が多かったりするよね」

「そんな真弓もなぜかアナログゲームになるとそうなっちゃってるもんな。今日も帰ったらオセロで勝負するか?」

「いや、お兄ちゃんはオセロでずるをするからやらない。だって、真弓の石を全部取ろうとするんだもん」

「それって真弓が簡単に引っかかりすぎなだけだと思うけどな」

「そうかもしれないけどさ、なんでかアナログゲームになると先が見えなくなっちゃうんだよね。もしかしたら、真弓って人間相手に戦う事が苦手なのかもしれない」

「そうは言うけどさ、格ゲーとか落ちゲーだと真弓強いじゃん。今じゃ落ちゲーも母さんより強いもんな。対戦相手が横にいるか正面にいるかでそんなに変わったりするの?」

「そうじゃないんだよね。うまく言えないけどさ、テレビゲームだと動く前に一瞬その人独特の間が生まれるんだけど、アナログゲームだとそれがわかりにくいんだよ。お兄ちゃんとかテレビゲームだとわかりやすいのにさ、アナログゲームだと予備動作も無しでいきなり動くから焦っちゃうんだよ」

「よくわからないけどそう言うもんなんだね」

「せっかくだからさ、このまま買い物して帰ろうよ。その方が無駄に往復しなくて済むからいいんじゃないかな?」

「それでもいいんだけどさ、冷蔵庫の中身を確認してこなかったからさ、足りないものとか余ってるものを確認しに帰らないとダメだよ」

「そっか、家を出る前に確認しておいたら良かったね。でも、家を出る時に決めてなかったから無理だったかもね」


 僕たちはそんなやり取りをしながらいったん家へと変えることにした。

 家についても玄関には鍵がかかっていた。沙緒莉姉さんか陽香のどちらかが帰って来ているのかとも思ったけれど、まだ誰も帰宅していない状態であった。

 僕は手を洗ってから冷蔵庫の中身を確認していた。玉ねぎと卵はあるし、後は鶏肉とケチャップを買えば問題無さそうに思えた。

 真弓も冷蔵庫の中を確認したいのだろう。僕の周りをうろうろしながら野菜室を開けたり卵の数を数えたりしていた。


「お兄ちゃんに質問なんだけどさ、お兄ちゃんってオムライスにグリーンピース載せる派?」

「僕はあえて載せることなんてしないけど、真弓は載せたいの?」

「真弓もどっちでもいいんだけどさ、沙緒莉お姉ちゃんがグリーンピース隙みたいだから会ったら喜ぶんじゃないかなって思ってね」

「そうなんだ。じゃあ、シュウマイとかのグリーンピースも好きだったりするのかな?」

「多分好きだと思うよ。グリーンピースを避けてるところを見た事ないからね。時々陽香お姉ちゃんのグリーンピースを取ってママに怒られたりもしてたからね」

「怒られてもいいくらい好きってのは相当好きなんじゃないかな。それなら、グリーンピースが売ってたら買ってみようか。でも、グリーンピースって普通に売ってるのかな?」

「多分、缶詰とかで売ってるんじゃないかな。真弓は直接見たことは無いけど、そんな気がするよ」

「缶詰なら使いやすいかもね。他には何か必要そうなものあるかな?」

「オムライスだけだったら寂しいと思うし、サラダとか作った方がいいんじゃないかな?」

「そうだね。じゃあ、真弓はオムライスとサラダを作るのどっちがいい?」

「え、そんなのサラダに決まってるでしょ。真弓はオムライス作ったことないもん」

「僕もないけどさ、包めなかったらチキンライスに変更しちゃおうね」

「真弓はどっちも好きだけど、卵があった方が嬉しいな」

「それなら頑張ってみようかな。でも、真弓も一個くらい挑戦してみたらいいんじゃないかな」

「ええ、フライパンとか重いから無理だと思うよ。無理すれば大丈夫だと思うけど、怪我とかしたくないしな」

「いやいや、オムライスを作る工程で怪我をするとかないって。そんなに貧弱じゃないでしょ?」

「そう言われればそうかもしれないけど、真弓は意外と力が無いんだよ」

「そんな胸を張って言うような事じゃないと思うけど。とりあえず、一個くらいは作ってみようよ。失敗しちゃったら僕が食べるからさ」

「そう言ってくれるなら挑戦してみようかな。お兄ちゃんが食べてくれるって思えば成功しそうな気もするしね。成功したら自分で食べちゃおうかな」

「失敗した時だけじゃなくて成功した時も僕が食べてあげるよ」

「ふふ、成功した時は真弓が自分で食べちゃうかも。なんてね、お兄ちゃんのために作るよ。成功しても失敗しても気にしないでね」

「いや、気にはするでしょ。最初からうまく行くとは思わないけど、卵を焼くだけなんだから酷い失敗にはならないと思うもんね」

「そうだよ。真弓は頑張って美味しいオムライスを作るからさ。でも、それにはお兄ちゃんが作る美味しいチキンライスが必要不可欠なのです」

「作ったことないけど頑張るよ。ちゃんと味見して作らないとね」

「そうだよ。味見をしないと大変なことになるからね。真弓のママは味見しているのに薄味だったけど、何を確認してるのか毎回謎だったけどね。それと、お兄ちゃんに聞きたいことがあるんだけど聞いてもいいかな?」

「何を聞きたいのかな?」

「これの事なんだけどさ、何色だと思うかな?」


 真弓は僕の正面に立つとズボンのボタンを外してからシャツを両手でたくし上げた。ズボンが重力に逆らうことも無くするすると下がっていくと、そこには薄いオレンジなのか濃い黄色なのか微妙なラインのパンツが目の前に出現した。

 視線をそのまま上にずらすと同じ色のブラジャーが僕の目に飛び込んできた。僕は図書館でも今の今まで大人しかった真弓に油断していたのだが、この子も露出趣味があるという事を完全に失念していた。


「ねえ、お兄ちゃんにはこの下着が何色に見えるかな?」

「黄色かな。いや、オレンジにも見えるけど」

「ブブー。正解は、オムライスの卵の色でした。残念だったね」

「もしかして、オムライスが食べたいって言ったのはそれを見せるための前振りだったの?」

「どうだろうね。でも、お兄ちゃんはオムライスを食べる時に真弓の下着を思い出しちゃうかもね。ケチャップいっぱいかけて見えなくしちゃダメだからね」


 僕は戦う前から真弓に負けている気持ちになってしまっていたが、そもそもこれは戦いなのであろうか。

 いや、これは戦いなどではない。ただ一方的に僕が下着を見せられただけの話なのだ。それならば、お返しに僕も真弓に下着を見せてしまってもいいのではないだろうか。

 そんな事を考えてみたけれど、僕は実行に移す事はしなかった。

 なぜなら、誰かが玄関を開ける音が聞こえたからだ。誰も帰宅していなかったとしても僕は見せるつもりなんてないし、見せたところで何もないという事は知っている。


 やられっぱなしは癪に障るので、僕は真弓の横を通るついでに頭を軽く撫でてあげた。

 真弓は声が出ないように必死にこらえていたのだけれど、その表情からは耐える限界が近いようにも見えた。

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