第28話 ホラー映画を見た日の夜は
今日は何となくで決まったのだが、ゲームをせずに映画を見ることになった。陽香と真弓は恋愛物を見たいと譲らなかったのだが、沙緒莉姉さんが借りてきたのは僕が小学生くらいの時に流行ったホラー作品だった。
僕はあまり映画自体見る機会はないのだけれど、ホラーやサスペンス系は時々見ることがあるのだ。沙緒莉姉さんが借りてきた映画は見たことは無いのだけれど、何度かいろんなところで結末を聞いているので見ているような気になっていた。ホラーと聞いているのだけれど、そんな終わり方をして本当に成立しているのか気にはなっていたのだけれど、今の今まで見る機会は無かった。沙緒莉姉さんがわざわざ借りてきていなければ今後も見る機会なんて無かったと思う。
陽香はホラー自体は好きではないみたいだがそこまで苦手ではないらしい。沙緒莉姉さんは自分で借りてきたくせにホラーは苦手とのことだ。そして、真弓は全面的にホラーは嫌いで見たくないそうだ。
でも、みんながホラー映画を見てるのに、一人で部屋にいるのも怖いという事もあって仕方なくみんなと一緒に映画を見ることにしたらしい。ただ、端っこに座ってみるのは嫌だという理由で真ん中に座っているのだけれど、真弓の座っている場所は画面から一番近くて正面だという事には気付いていないようだった。
映画自体はそれほど怖いというわけでもなく、どちらかと言えば音と映像で驚かせる系の作品だった。画面いっぱいに幽霊が出るたびに真弓は叫んでいたりしたのだけれど、真弓に隠れて目立っていないだけで陽香も若干声が出ていたのを僕は聞き逃さなかった。
聞き逃したところで何もないし、わざわざ陽香にそれを確認することも無いのだけれど、なんとなく弱点が分かったみたいで嬉しかった。
映画も終わり無音の室内なのだが、誰かが窓を揺らしているような音が響いていた。僕は風が強くなってきたのかなと思ってカーテンを開けてみてみたのだけれど、当然そこには何も無いくらい庭があるだけだった。
窓に反射している室内の様子を横目で見てみると、陽香と真弓はお互いに抱き合って震えているのだけれど、なぜか沙緒莉姉さんはソファの後ろに隠れて顔だけを出してこちらを見ているのだ。
「今日は風が強いからちゃんと戸締りしとかないとね。一応、一階は見ておくから二階の自分の部屋だけ確認しててもらってもいいかな?」
「え、お兄ちゃんも一緒に行こうよ」
「そうね、私達だけじゃなくて昌晃もいた方がいいと思うな」
「確かにね。二人だけじゃ心配だし、昌晃君に確認してもらうのが一番かもね」
「いや、自分の部屋の戸締りくらい確認しましょうよ」
「でもさ、さっきの映画みたいに窓に外から覗いている人がいたら怖いもん」
「え、そんなシーンあった?」
「いや、無かったと思うけど。真弓は何か見間違えてない?」
「そんな事ないもん。最後の方の家から夜の海を見てるシーンで窓の外に映ってる人がいたもん」
「ちゃんと見てなかったけど、そう言われる時になっちゃうな。確認してみようか?」
僕は再び映画を再生して問題のシーンまで飛ばしたのだが、いくら探しても真弓の言うような人を確認することは出来なかった。なぜか真弓にも人が覗いている姿を見付けることが出来ないでいたのだ。
「ほら、やっぱり真弓の勘違いだったんだよ。だからさ、そういう冗談言うのやめようね。私も少し怖くなっちゃったから」
「真弓は本当に見たんだけどな。でも、今見たらいないんだよね」
「ねえ、真弓が見た窓ってどれ?」
「その窓だよ。さっき見た時は誰かいたと思うんだけどな」
「あのさ、その窓って壁際だから覗いている人がいるのって変じゃない?」
「変じゃないよ。今は見えなくなってるけど、さっきはいたもん」
「そうじゃなくてさ、その部屋って壁際の部屋だから窓から中を覗くためには何か足場が無いと無理なんだよ。もしかしたら、撮影でそういうのを使ってるかもしれないけどさ、そんな事をしても何の伏線にもなってないじゃない」
「そうかもしれないけど、さっきは窓に映ってたもん。それが覗いているように見えたのかもしれないけど」
「窓に映るって、あの女の人が反射して映ってるけど、他に人が映るようなスペース無いよ?」
「あれ、この女の人じゃなかったと思うけど。もっと年上だったように見えたんだよ」
「そう、そんなこと言い合うのやめてよね。私も少し怖くなって調べてみたんだけど、この映画でそんな事を話題にしているの真弓だけだよ。他の誰も気付いてないって事は、真弓の見間違いなんじゃないかな」
「本当にいたんだけどな」
真弓は沙緒莉姉さんに自分だけがそう見えるのは勘違いか思い込みなんじゃないかなと言われて落ち込んでいるようだった。何故か陽香も下を向いて落ち込んでいるようなのだけれど、沙緒莉姉さんは一人で何か納得して楽しそうにスマホを見ていた。
「ねえ、お兄ちゃんにお願いがあるんだけど聞いてもらってもいいかな?」
「一緒にお風呂に入ろうってのだったら無理だよ」
「違うよ。違うけど、それも少し考えたの。でもね、おトイレについて来て欲しいの。中までじゃなくて外で待っててくれるだけで良いから。お願い」
「怖くなっちゃったの?」
「うん、そう」
「トイレの外までならいいよ。僕もちょうどトイレに行きたいって思ってたからさ」
「ありがとう」
「ねえ、私もトイレについていくわ。二人だけだと寂しいでしょうし」
「ちょっと待ってよ。それじゃ、私だけ一人になっちゃうじゃない。陽香は二人が戻って来てからにしてよ」
「それだったら一人になっちゃうじゃない。お姉ちゃんが怖いからってそういうのやめてよね」
「違うの。私もトイレに行きたいの。でも、四人でトイレに行っちゃったらここが誰もいない空間になるってのが少し怖いの。だから、二人が戻って来てから二人で行きましょ」
「そ、そう言われるとそうかもね。誰もいない空間ってちょっと怖いかも」
「あ、それってさ。私達の部屋が今そんな感じになってない?」
「なってるかも
「お姉ちゃんたち、そういう怖い話は真弓がトイレに行ってる間にしてよね。怖くて部屋に戻れなくなっちゃうよ」
僕と真弓は二人で仲良くトイレへと向かっていった。普段は僕に触られるのを嫌がる真弓も今だけは自分から手を繋いできていた。その小さな手が少しだけ震えているのは寒いからではなく怖いからなのだろう。だが、この家はそんな曰くなんてないし、この辺も別にお寺や墓地があったという場所でもない。そんなに怖がることなんてないのだけれど、思い込みでそう感じてしまうのは真弓の感受性が高いからなのかもしれないな。
僕が先にトイレに入っていったのだけれど、外で一人待っているのが怖くなったらしく、真弓はトイレのドアノブをガチャガチャと回していた。僕はちゃんと鍵をかける人なので問題はないのだけれど、なんとなくせかされているようで落ち着かない。
手を洗ってトイレから出ると、そこには半泣きの真弓が僕を恨めしそうな目で睨んできた。真弓は僕に睨みながらも玄関を指さしていた。何かあるのかなと思って見て見ても、そこにはもちろん何もないのである。
「どうしたのかな。何かあったの?」
「ううん。何もないけど、玄関の所に誰かいたような気がした」
「気のせいじゃない?」
「そうかもしれないけど、わかんない。トイレしてくるから待ってて」
僕は廊下の壁にもたれながらも真弓が指をさした玄関を見ていた。誰かいるわけもないし、何かが見ているという事もない。何の変哲もないいつもと変わらない玄関なのだが、真弓はいったい何をそんなに怯えていたのだろうか。僕には何もわからなかった。
真弓はトイレから出てくると同時に僕の手を取って、真弓自身の頭の上に僕の手を乗せていた。僕は何をしたいのかわからなくて戸惑っていたのだが、真弓は僕が頭を撫でるように動かすと嬉しそうにしていた。いつもの真弓の笑顔になっていた。
「遅いよ。私も少し我慢してたんだからね。お姉ちゃんは大丈夫?」
「うん、大丈夫だから陽香が先に使っていいよ」
「ありがとう。じゃあ、待っててね。いなくなったら怒るからね」
「そんな事しないって。私もトイレに行きたいんだからね」
僕と真弓はテレビに映っている番組を黙って見ていた。晩御飯を食べた後にすぐ映画を見たのでまだそんなに遅い時間ではないのだが、今から順番にお風呂に入るとしたら、最後に入る人は日付が変わっているかもしれないな。そんな事を考えていると、トイレから戻ってきた沙緒莉姉さんと陽香が真弓に相談を持ち掛けていた。
「ねえ、今から順番にお風呂に入ったらさ、最後に入る人が遅い時間になっちゃうと思うんだよね。だからさ、私と陽香は一緒にお風呂に入ろうかと思うんだよ」
「それでさ、真弓も私達と一緒にお風呂に入らないかなと思ってね」
「ほら、一人ずつ入ってたら昌晃君の番が夜中になっちゃうかもしれないしね。それに、たまには姉妹仲良くお風呂に入るのもいいんじゃないかなって思ってさ」
「そうなのよ。私達は一人で入るのが怖いんじゃなくて、昌晃が遅い時間にお風呂に入るのがかわいそうだなって思ってさ」
「それとも、真弓は一人でゆっくり入りたいかな?」
真弓は二人からの問い掛けに応える前になぜか僕を一回見ていた。そこで僕を見る必要なんて無いと思うのだけれど、それでも真弓は僕を見て何かを確認していたようだった。
「うん、たまには姉妹仲良くお風呂に入るのも悪くないかもね。お兄ちゃんは男だから一緒に入れないけど、一人で待っててね」
「ごめんね。一人で待たせることになるけど、気にしないでね」
「そうそう、気にしてたら余計に怖くなっちゃうかもしれないからね」
「あ、僕の事なら気にしないで良いよ。三人で仲良くお風呂に入って仲良く寝るといいよ」
「ちょっと変なこと言わないでよ。寝る時は昌晃も一緒よ」
「そうね、私達が後で真弓の部屋に布団を持っていくからそこで一緒に寝ましょう。あ、もちろん昌晃君は私達とは別の布団だけどね」
僕のゴールデンウィークはきっと平和に終わらないんだろうな。そう思う一日の出来事だった。
が、まだ今日の話はここで終わらないのでした。
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