第8話 真弓は一人で寝るのが寂しい
真弓は何のためらいもなくお風呂から出てきたのだけれど、僕がそれに気が付くよりも早く沙緒莉姉さんが真弓にバスタオルを渡していた。僕はそれを察して脱衣所から出たのだけれど、そのままリビングに戻るのは何となく気まずかったので自分の部屋に戻ることにした。リビングに置いてあるゲームはとりあえず後で取りに行くことにして、僕は買っておいてまだ読んでいなかった漫画を読むことにした。
漫画を読み終わってトイレに行こうかなと思ってドアを開けると、自分の部屋に戻ろうとしている陽香がいた。僕は音を出さないようにドアをそっと閉めようとしたのだけれど、陽香とバッチリ目が合ってしまった。
「ちょっと、なんで閉めてるのよ」
「いや、なんとなくだけど」
「真弓のお風呂に付き添ってたことが気まずいって思ってるならそんなに気にしなくてもいいわよ。あの子って時々あんな風になるって私もお姉ちゃんも知ってるからさ。それに、おじさん達にもちゃんと説明しておいたから」
「そうだったんだ。でもさ、それって僕じゃなくて母さんとかの方が良かったんじゃない?」
「それはそうかもしれないけどさ、ちょっとこれからの事で話したいことあるんだけどさ、廊下だと寒いから昌晃の部屋に入ってもいい?」
「僕の部屋?」
「そうよ。私の部屋に入りたいって言うなら私の部屋でもいいけど、まだ荷物の整理終わってないんだよね」
「別に僕の部屋でもいいけど、ちょっとトイレに行ってからでもいいかな?」
「え、ああ。じゃあ、部屋で待ってるね」
陽香は何のためらいもなく僕の部屋に入っていったのだけれど、もう少し遠慮してくれてもいいのではないかと思ってみたりもした。沙緒莉姉さんもそうだけど、彼女たちは僕の部屋の事を共有スペースだと勘違いしているんじゃないかな。
僕はトイレをさっさと済ますとそのまま自分の部屋へと戻った。誰かが自分の部屋にいる状況というのは今まで無かったので変な感じがしたのだけれど、こんな時に二階にもトイレがあってよかったと心底感じていた。
僕は自分の部屋に入るのだから当然ノックなどしないのだけれど、いきなり部屋に入ってきた僕を見て陽香は変な声を出して驚いていた。驚いた勢いでそのまま何かをごまかすように椅子に座っていた。僕は陽香から少し離れた位置のベッドに腰を下ろした。
「ちょっと、部屋に入る時はノックくらいしなよ。いきなり入ってくるとびっくりするじゃない」
「いや、ここは僕の部屋だし、そんなに驚くことも無いでしょ」
「いやいや、自分の部屋だからって中に私がいる事を知ってるんだからノックくらいして欲しいわ」
「って言うかさ、そんなに驚いて何を見てたの?」
「ゲームだけじゃなくて漫画もいっぱいあるんだなって思って見たたのよ。見た事ない漫画ばっかりだからどんなのがあるのかなって思って」
「読みたいのあったら持っていってもいいよ。本棚にあるやつは全部読んだやつだからさ」
「ありがとう。漫画ってあんまり読まないから今度お願いするわ。そうだった、ちょっと気になることがあるんだけど聞いてもいいかな?」
「どんなこと?」
「あのさ、ちょっと言いにくいんだけど。もしかして、昌晃って私の下着を見ようとしてなかった?」
「え、そんな事ないけど」
「じゃあさ、私がお風呂に入ってる時に脱衣所に入ってこなかった?」
「あ、気付いてたんだ。でも、覗こうとかそいう言うのじゃないからさ」
「やっぱり昌晃だったんだ。脱衣所に鍵をかけたはずなんだけど、どうやって鍵を開けたの?」
「鍵はかかってなかったよ。沙緒莉姉さんも鍵のかけ方がわからなかったみたいだけど、そんなに難しいものかな?」
「え、だってドアを閉めれば勝手に鍵ってかかるんじゃないの?」
「オートロックじゃないんだし、そんな機能はついてないよ」
「もしかして、トイレもそうだったりする?」
「うん、自分で鍵をかけなきゃかからないよ」
「嘘。気を付けなきゃ。じゃなくて、なんで私がお風呂に入っているのを知ってて脱衣所に入ってきたのよ」
「えっと、トイレのタオルを交換したんだけど、それを洗濯籠に入れようと思って持っていっただけだよ」
「その時に私の下着を見ようとしたの?」
「そんな事はしてないって。なるべく洗濯籠以外見ないようにしてたし」
「私の脱いだパンツが洗濯籠に入ってたんだけど、それを見たってこと?」
「見てない見てない。見てないって」
「本当に?」
「本当だって。洗濯籠にすぐタオルを入れて外に出たからさ」
「私のパンツには興味ないってこと?」
「そう言うわけじゃないけど、そこまでして見ようとは思わないって言うか、それってよくない事だって思うし」
「冗談よ。昌晃が入ってきたのは何となくわかってたけど、すぐに出ていったのも知ってるからね。でも、いきなりドアが開く音がしたらドキドキするもんなんだね。お風呂に入ってきたらどうしようって思っちゃったよ」
僕も年頃の男の子なので女の子のパンツに全然興味が無いということは無い。ただ、興味があるからと言って覗きのような事をする必要なんてないのだ。覗きというのは犯罪だからやってはいけない。そんな事をしなくても彼女たちが自分から下着を見せてきているのだからリスクを負う必要もないのだ。
と言うか、陽香のパジャマのズボンが少し小さいのか陽香が動くたびに腰の部分が下に下がって少しだけパンツが見えているのだ。きっと陽香は沙緒莉姉さんみたいに自分から見せるつもりなんてないのだろう、逆に沙緒莉姉さんみたいに堂々と見せられるとドキドキしないもんなんだなと感じていた。
「でもさ、昌晃ってそういう事しなそうだもんね。なんか、視線もいやらしくないし、真弓とも仲良くゲームしてくれているしね」
「ゲームくらいだったら誰とでもするでしょ」
「そうじゃないのよ。真弓ってさ、ゲームも勉強も普通の人より理解するの早いから一緒にやってくれる人ってあんまりいないんだよね。私もお姉ちゃんも全然うまくないし、真弓の相手をちゃんと出来る人って少ないんだよね。たぶん、真弓って昌晃の事を凄く信頼してるんだと思うよ」
「そんなに信頼されるような事した覚えは無いんだけどね」
「でもさ、信頼してなかったらお風呂について来てなんて言わないと思うよ」
「そうかもしれないけどさ、これからその信頼を裏切らないようにしていくよ」
「大丈夫。今のまま変わらないでいてくれたらそれでいいからさ。それが難しいってのは私もお姉ちゃんも知ってるんだけど、昌晃なら大丈夫だって信じているよ」
陽香は立ち上がってキャミソールの裾を直すと僕に手を振って部屋を出ていった。僕はその後姿を見送っていたのだけれど、やっぱりパジャマのサイズが合っていないようでお尻の形とパンツの線がやたらと強調されていた。陽香は胸が控えめなのにお尻は綺麗な形をしているのかもしれないと思って見てしまっていた。こんなことを考えていたらせっかく信頼されているというのにダメになってしまうんじゃないかと一人で苦笑いしてしまった。
寝るにはまだ少し早いのだけれど、今日は色々とあって疲れていたので早めに横になることにした。横になっているだけで眠くはないのだけれど、不思議なもので横になっていると眠気が襲ってくるのだ。気持ちよい感じでウトウトとしていると、誰かが控えめにドアをノックしてきた。
陽香が何か忘れ物でもしたのかなと思ってドアを開けると、そこにはもこもこしたパジャマを着ている真弓が立っていた。
真弓は泣きそうな顔で僕の顔を見上げると、そのまま僕に抱き着いてきた。
「一人で寝るの寂しい」
「え?」
「でも、昌兄ちゃんに抱き着いたら大丈夫になったかも。昌兄ちゃんって不思議だね」
「不思議って?」
「なんかね、よくわからないけど、一緒に居ると落ち着くの。パパみたいに安心出来るかも」
「落ち着いてくれるなら良かったけど、寂しいなら沙緒莉姉さんか陽香と一緒に寝たらいいんじゃないかな?」
「うーん、沙緒莉お姉ちゃんにお願いしてみようかな」
「聞くだけ聞いてみたらいいと思うよ」
「ねえ、昌兄ちゃんのお部屋に陽香お姉ちゃんいるの?」
「いや、いないけど」
「そうなんだ。昌兄ちゃんのお部屋から陽香お姉ちゃんの匂いがしたからそうかなって思ったんだよね。あ、本当にいないんだ」
「陽香の匂いってそんなの感じないけど」
「だよね。普通はそんなに感じないもんね」
「真弓って凄いな。僕に出来ない事色々出来そうだもんな。そうだ、眠れないなら何か漫画でも貸してあげようか?」
「真弓は凄いかな?」
「凄いよ。勉強出来るだけじゃなくてゲームも上手だからね。明日も時間あったら何かゲームやろうよ」
「いいの?」
「うん、真弓が良ければだけどさ」
「ありがとう。楽しみにしておくね。あと、漫画はまた今度借りに来るよ。ありがとうねお兄ちゃん」
真弓は僕の手の甲を軽く触って自分の部屋に戻っていった。それに何の意味があるのかわからなかったけれど、ちらりと見えた真弓の横顔は嬉しそうに見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます