第9話 陽香は小振りで可愛らしい

 もうすぐ四月だというのにまだまだ朝は寒いもので、目が覚めても布団からすぐに出ることは出来なかった。まだ春休み期間中だからいいとは思うのだけれど、学校が始まってしまえばそうも言っていられないだろう。僕はまだ布団に入っていたいという思いと早く布団から出て朝ご飯を食べたいという欲求の狭間で葛藤していた。もう少しだけ寝ていたいと思っていたのだけれど、僕は意外な事に一度目が覚めるとなかなか寝付けないのだ。そんなわけで起きて着替えようと思ってベッド横に真弓が座っていた。


「お兄ちゃんおはよう。もっと寝てるかと思ったんだけど意外と早起きなんだね」

「え、何で真弓がそこにいるの?」

「なんでって、漫画を読もうかなって思って部屋に入っただけだよ。お兄ちゃんの寝言とか聞いてないし、寝顔も見てないからね」

「それって、言葉と逆の事をしたって言ってるようなもんじゃない?」

「そんな事ないよ。ねえ、ちょっと寒いからお布団の中に入ってもいい?」

「駄目だよ。すぐに下に降りて行かないとご飯が無くなっちゃうかもよ」

「無くなったりはしないと思うけどな。でも、お兄ちゃんの部屋って私の使ってる部屋より少し寒いかも。あ、もしかして、窓とか開けてたりするの?」

「さすがにこの時期に窓を開けて寝たりはしないでしょ。春と入ってもまだまだ寒い日は続くからね。そう言えば、真弓の部屋って布団だけど、向こうでも布団を使って寝てたの?」

「違うよ。お家ではベッドを使って寝てたの。でも、陽香お姉ちゃんと二人で二段ベッドを使ってたから今は近くに誰もいなくて寂しいかも」

「へえ、真弓は陽香と一緒の部屋だったんだ」

「沙緒莉お姉ちゃんも一緒の部屋だったけど、そのお陰でみんなで受験勉強も出来たんだよね。お互いに分からないところを教え合ったりしてたんだよ」

「中学と高校と大学の勉強を三人でしてたの?」

「うん、やってることは基本的には同じだからね。参考書を読んで問題集を解いて答え合わせをするってだけだからね。土日はお姉ちゃんたちの問題集も解いてみたりしてたんだけど、合格点を取れるか微妙なところだったから恥ずかしかったけどね。でも、そのお陰で高校の勉強は少し理解出来たかもしれないよ。だからさ、お兄ちゃんが勉強でわからないところがあったら真弓が教えてあげるからね」


 真弓は誇らしげにそう言うと、相変わらずもこもことして暖かそうなパジャマを着たまま胸を張っていた。パジャマの厚みもあるのだろうけれど、昨日見た陽香の胸元よりも真弓の方が膨らんでいるようにも見えてしまっていた。こんなことは誰にも聞けないけれど、陽香よりも真弓の方が胸自体は大きいのかもしれない。いや、それは昨日会った時から気が付いてはいたのだ、そう思っても何も感じていないようにふるまっていただけである。


「頼りになるな。でもさ、逆に中学でわからないところがあったら僕が調べて教えてあげるよ」

「調べなくても教えてよ」

「それでもいいんだけどさ、ちゃんと教えるなら勉強して調べた方がいいかなって思ってね。僕はちゃんと覚えてるか不安だったりもするからね」

「それもそうだね。でも、真弓はお兄ちゃんが真弓のために何かしてくれるってだけでも嬉しいよ」


 そんな事を話しているとノックの音が聞こえてきた。ちょっとだけ力が入っているノックの音なのだが、そのノックの音に応えたのは僕ではなく目の前にいる真弓だった。

 真弓がドアを開けると、そこには陽香が立っていた。昨日のパジャマ姿ではなく普通に服を着ていたのだった。何となく可愛らしさを感じさせる服なのだが、その様子が陽香にはぴったり合っているのか凄く似合っているように見えた。


「昌晃をちゃんと起こせた?」

「うん、ちょっと漫画を選んでたけど昌兄ちゃんはちゃんと起きてるよ」

「それなら良かったけど、真弓も早くパジャマから着替えて下に来るんだよ。早くしないとご飯冷めちゃうからね」

「わかったって。今から着替えて下に降りるね。陽香お姉ちゃんは朝ご飯のお手伝いとかしたの?」

「したよ。朝は簡単にできるものがいいって言われたんだけど、私にはどれも同じくらい難しいと思ったよ。明日は真弓もお手伝いできるといいね」

「朝は苦手なんだよな。それでも、おばさんに教えてもらえるのは嬉しいかも」

「じゃあ、今日のお昼か夜のお手伝いしたらいいんじゃない?」

「うん、おばさんにお願いしてみようかな。じゃあ、真弓はいったん部屋に戻って着替えてくるよ。陽香お姉ちゃんみたいに可愛い服を探してきちゃおうかな」

「な、何言ってるのよ。私は一番上にあったからこれを着てるだけで、変な意味とか無いんだからね」

「どうなんだろうね。陽香お姉ちゃんがそういうならそれでいいんだけど、昌兄ちゃんに陽香お姉ちゃんの着ている服が似合っているか聞いてみたらどう?」

「バカ、なんでそんな事を聞かなきゃいけないのよ。恥ずかしいじゃない」

「そうは言ってもさ、陽香お姉ちゃんの顔は昌兄ちゃんの感想を聞きたいって顔しているよ」

「そんな事ないって。でも、真弓がそう言うんなら聞いてみようかな。ねえ、昌晃はこの服が私に似合っていると思う?」

「陽香にその服はとても似合っているよ。昨日と少し印象変わるけど、どっちもいいと思うな」

「そうなんだ。それなら良かった。でも、早くしないと本当にご飯冷めちゃうよ。温かいうちに食べた方がいいと思うよ」

「じゃあ、僕も着替えて下に降りていくからさ、二人はいったん部屋から出てってもらってもいいかな?」


 陽香と真弓は特に何かをするわけでもなく、僕のささやかなお願いを聞いてもらえた。陽香はそのまま階段を下りていったようだし、真弓も自分の部屋に戻っていったようだ。僕はとりあえず、すぐそこに掛けてあるジャージに着替えるとそのまま部屋を出て下へ向かおうとした。


「ねえ、お兄ちゃん。ちょっとだけ助けてもらってもいいかな?」

「え、何かあったの?」

「うん、ちょっと段ボールが真弓の事を襲おうとしているの。これって何か特別な段ボールなのかな?」

「そんなことは無いと思うけど、いったん部屋に入ってもいいかな?」

「大丈夫だよ。その時は真弓の事を助けてね」


 僕は真弓の使っている部屋にこれから入っていくのだが、とりあえずノックをして返事が返ってくるのを待っていた。すぐに真弓の返事が返ってきたので何の問題も無かったのだ。とりあえず助けるにも状況を確認する必要はあるのだ。部屋の中では真弓が段ボールに押し潰されそうになっている以外は僕の知っている部屋そのものだった。


「ねえ、どうしてそんな状況になっているわけ?」

「どうしてって、私もよくわからないんだけど、着替えが入っている箱を開けてたらこうなっちゃった。なんでだろうね?」

「さあ、不思議な事もあったもんだね」


 僕は今にも真弓を飲み込みそうな段ボールをそっと持ち上げて横に移動させたのだが、それをしている間も真弓はずっと僕の顔を見ていたのだった。


「ねえ、その箱の中身ってみた?」

「いや、見てないよ。何が入っているの?」

「内緒。見たらダメだからね」


 見てはいけないと言われたものほど気になって見たいと思う感情がわいてくるのではないだろうか。ただ、僕は真弓の信頼を裏切る事はしたくないと思っているので、その箱の中身を見ることは無かった。


「お兄ちゃんってさ、やっぱり真面目だよね。陽香お姉ちゃんも真面目だけど、お兄ちゃんってそれよりも真面目な気がするよ」

「真面目って程でもないんだけどね。陽香が真面目だって言うのは何となくわかるかも」

「じゃあ、お兄ちゃんにはどっちが真弓っぽいと思う?」


 そう言って真弓が僕に見せてきたのは昨日と同じような服と陽香が来ていたような清楚な感じの服だった。僕はどっちも似合うんじゃないかと思っていたのだけれど、そんな答えで真弓が納得してくれるとは思わなかった。思わなかったので、僕はそれっぽい理由を付けて真弓が昨日着ていた服に似ている方を選んだ。真弓はとても嬉しそうにしていた。


「じゃあ、今日はお兄ちゃんが選んでくれた服を着て過ごそうかな。そうだ、お兄ちゃんはどっちの色が好き?」


 次は靴下の色でも聞いてくるのかなと思っていたのだけれど、真弓が見せてきたのは色違いのパンツだった。いや、パンツだったら履きやすいのを第一に考えればいいんじゃないかな。そう思っていたのだけれど、僕はそのパンツがパンツだという事を認識するまでの記憶がハッキリしないのだ。


「ねえ、お兄ちゃんが好きなパンツはどっちなのかな。それとも、真弓が今はいているのを見たいのかな?」


 真弓はイタズラっぽくそう言ってパジャマのズボンを下ろしていった。ずっと気が付かなかったのだが、ズボンを脱いでも上が少し長い造りになっているのでパンツ自体は見えなかった。しゃがんだりしなければ見えないと思うのだけれど、きっと真弓はそれをしてくるんだろうなと思っていた。

 だが、真弓は沙緒莉姉さんと違ってそんな事はせず、普通にショートパンツを履いていた。パンツ自体は見えなかったので良かったことにしよう。


「じゃあ、上も着替えちゃおうかな。どのシャツにしようか悩んでるんだけど、お兄ちゃんに選んでもらってもいいかな?」

「それくらいだったら選ぶよ。どこにあるのかな?」

「多分、その段ボールの中だと思う。」


 僕は真弓の指さした段ボールを開けてみると、そこにはいろいろな種類の服が入っていた。そのどれもが真弓に似合いそうなのだが、ほとんどが着用していない新品同然の状態であった。そんな中から元気な真弓に似合いそうなオレンジ色のシャツを選んで手渡した。


「ありがとう。この服はまだ着た事なかったかもしれないけど、ありがとうね」

「いえ、どういたしまして。それよりも、早くそれを着た方が良いよ。まだまだ寒そうだしね」


 真弓は僕から受け取った服を着る前に何かを確かめているのだけれど、僕のいる位置からはそれが何を調べているのかわからなかった。

 真弓は僕が渡した服を着るまでは上半身ブラジャーだけという状態でいたのだ。なんでブラジャーだけで立っているのかわからなかったが、それを見てしまって僕は記憶の中の陽香と目の前の真弓のサイズを勝手に比べてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る