第3話 次女陽香は恥ずかしがり屋だった

「今日の晩御飯は三人の歓迎会と合格祝いを兼ねておばさん張り切って作るから楽しみにしててね」

「わあ、おばさんの料理ってママの料理と違ってソースの味じゃないから好きなんです。これからちゃんとしたものが食べられると思うと、真弓はすくすくと成長しちゃうかもしれないですね」

「ホントよね。ウチのママって料理は無駄に健康志向だから全部薄味だったもんね。しかも、醤油は塩分が多いから使っちゃ駄目だって言ってなんでも無添加のソースを使ってたもんね。さすがにお寿司とかは醤油だったけど、本当に醤油なのかなって味だったもんね。お姉ちゃんは一人で外食とかしてたから平気かもしれないけど、私と真弓はずっとあの料理を我慢して食べてたんだよ」

「でもさ、あんた達って給食あったでしょ。最低でも平日に一回ちゃんとしたものを食べられていただけマシよ。私は確かにあんたたちの言う通りで外食とかもしてたけどさ、それって月に一回か二回くらいの話よ。私だって少ないお小遣いをやりくりしてたんだからね」

「でも、お小遣いがもらえてただけましだよ。私も真弓も高校生になるまではお小遣いなしって言われるもんね」

「そうだよ。でも、陽香お姉ちゃんは高校生になるんだからお小遣い貰えるんじゃない?」

「そうかもだけど、今はパパもママも一緒に暮らしているわけじゃないからお小遣いなしなんじゃないかな」

「その事なんだけどね。あなた達のご両親から生活費としてお金をいただいているのよ。ウチはそんなお金を貰わなくても大丈夫ですよって言ったんだけどね、娘たちが安全安心に暮らしていけるようにって事で受け取ってほしいって言われたのよね。でも、家族が三人増えたからって食費も光熱費も倍になるわけじゃないのよね。だから、頂いた分の中で余った分は三人のお小遣いにしていいからね。じゃあ、三人を代表して一番お姉さんの沙緒莉ちゃんに渡しておくから、配分は三人で決めるのよ。おばさんは晩御飯の準備でもしてくるからね」


 僕の母さんは沙緒莉姉さんに封筒を渡していた。たまに銀行に行った時とかコンビニのATMに備え付けられているような封筒だったと思うのだが、その中身を見た沙緒莉姉さんは声にこそ出してはいなかったが今まで見たことも無いような表情で驚いていた。


「おばさん、三人でこの金額は多すぎると思います。この半分でも十分なので受け取ってください」

「駄目よ。このお金はあなた達のご両親から生活費としていただいていて、残った分は好きに使ってくれてかまわないって言われているからね。だから、おばさんに渡そうとしても沙緒莉ちゃんたちにもう一回渡すだけだからね。おばさんもおじさんも生活費はちゃんといただいているから気にしなくていいのよ。それに、三人とも可愛いんだからオシャレにお金を使ってもいいと思うわよ。何だったら、明日か明後日にでも昌晃を連れて洋服でも見に行ったらいいんじゃないかしらね」

「本当に私達で使っちゃっていいんですかね。私達は嬉しいですけど、そこまで甘えるのは申し訳ないと思うんですけど」

「若い子はそんな事を気にしちゃ駄目よ。昌晃があなた達の立場だったら私は一円も渡してないと思うけど、三人ともしっかりしてるから大丈夫だとおばさんは思ってるのよ」

「それでしたら、料理の手伝いをさせてください。私もちゃんとした料理を作れるようになりたいんです。それに、おばさんの料理って美味しいから自分でも美味しい料理を作ってみたいなってずっと思ってたんですよ」

「あら、それなら一緒に作りましょうかね。でも、今日はちょっと難しい料理を作るからちゃんと教えるのは次の機会にしましょうね」


 そう言って母さんと沙緒莉姉さんはキッチンへと消えていった。途中で母さんが僕の事を荷物も地として使っていいと言っていたような気がするが、僕は休みだからっていつでも予定が入っていないとは思わないで欲しい。実際に予定なんて何もないけれど、ゲームをしたり本を読んだり忙しいかもしれないしな。よし、今から予定を作るためにも部屋に戻ることにしようかな。

 僕はとりあえず空気だと思われているうちにこの場を抜け出して自分の部屋へと戻ろうとした。ちょうどその時、僕の行く手を遮るように父さんがリビングのドアを開けたのだ。


「なんだ昌晃、どこかへ行くのか?」

「ちょっと部屋に戻ろうかと思って」

「そうか、それはちょうどいいな。お前の部屋にゲーム機があっただろう。それをリビングに持ってきなさい」

「え、なんで?」

「なんでって、お前一人で遊んでないでみんなで遊んだほうが楽しいだろ。お前の部屋だと父さんたちが一緒にゲーム出来ないからな」

「いやいや、僕が一人でやるゲームだってあるんだから無理だって。それにさ、同じの買えばいいだけじゃん」

「同じのを二つも買ってどうするんだ。一つあれば十分だろ」

「そうは言ってもさ、一人一つ使うゲームだってあるんだよ。今流行ってるのは皆で同じ画面を見てやるのと、別々の画面を見てやるってのもあるんだからさ。それに、沙緒莉姉さんたちがゲームやるとは限らないだろ」

「それもそうか。二人はゲームはやるのかな?」

「私は時々真弓とスマブラで対戦したりもしてるけど、あんまり上手くはないですね。真弓はめっちゃうまいよね」

「友達の中ではそんなに強くない方だけど、陽香お姉ちゃんよりは強いと思うよ。昌兄ちゃんもスマブラやるの?」

「スマブラもスプラもやってるけど、友達とオンラインでやることが多いかも。うまいかどうかはわからないけど、後で一緒にやってみる?」

「うん、じゃあさ、おじさんもおばさんもみんなでやろうよ。おじさんとおばさんには真弓がやり方を教えてあげるからね」

「ん、真弓ちゃんもゲーム機を持ってるのかな?」

「持ってるんですけど、私のは携帯機の方なんです。一応対戦とかは出来るんですけどテレビに繋ぐことが出来ないやつなんですよ」

「そうか、よくわからないが、テレビに繋げるやつがあればいいんだな。よし、今から昌晃に買いに行かせよう。いくらくらいあれば出来そうだ?」

「いや、こんな寒い中で今から買いに行けって酷くないか」

「父さんはな、晩御飯の手伝いをしなくちゃいけないんだ。それに、父さんが買いに行ったところで何もわからないんだぞ。ちゃんとわかっているお前が買いに行くのが一番じゃないか」


 僕は渋々行くことを了承したのだが、今まで持ち歩いたことも無いような大金を手にして家の中だというのに歩くのも緊張してしまっていた。僕は意外と小心者なのかもしれないなと自嘲していたのだが、とりあえず部屋に戻って買う必要がありそうなものを整理しておくことにしよう。あとからアレが足りないと言われて買いに行かされるのは嫌なのだ。

 とりあえず、ソフトは僕が持っているのを使えばいいし、対戦用のコントローラーもいくつかあるので買う必要はないだろう。マイクロSDカードもスマホで使っていたのがあるのでそれで十分だな。あとは、僕が持っていないパーティーゲームを二つくらい買っても文句は言われないだろう。


「さっきも思ったけどさ、昌晃の部屋って意外と綺麗だよね。コントローラーも綺麗だけどさ、誰かとここでゲームしたことってあるの?」

「なんでそんな事を聞くの?」

「何となく思っただけだよ。でも、ちょっと前まで受験勉強をしてたんだからそんな暇なんて無かったかもしれないもんね。それともう一つ、気になってることがあるんだけどいいかな?」

「なにかな?」

「ベッドの下に何か隠してあったりして」

「ちょっと、やめなって」


 僕は陽香を止めようとしたのだが、僕が陽香の動きを止める前に陽香はベッドの下を覗き込んでいた。もちろん、そこには何もないので問題はないのだが、沙緒莉姉さんが何か置いていった可能性もあるのではないかと思って冷や冷やしていた。


「なんだ、何も無いんだね。あれ、アレは何だろう?」


 何も置いていないはずのベッドの下に何があるというのだろうか。僕は気になってベッドの方を向いてしまったのだが、そこにはベッドの下を覗き込んでいる無防備な陽香がいた。陽香は当たり前のようにスカートをはいているし、当然のようにそのスカートも捲れあがっていた。

 そこには陽香の少し小ぶりなモノを包み込むように縞々の布が目に入ってきたのだが、僕は思わずそこから目を逸らしてしまった。


 人間というのは不思議なもので、はっきり見えないものはどういうものなのか気になってみようとしてしまうのだが、こうもはっきりと見えてしまうと目を逸らしてしまうのだ。これが陽香の意図してやっている事なのかはわからないが、こうもはっきりと見せられてしまうとわざとではないのだろうかという疑問さえ浮かんできた。

 それがわざとではなかったのではないかと思った理由なのだが、スカートが完全に捲れあがっていた事に気が付いた陽香は顔を真っ赤にしてうつむいてしまい、壁に掛けてあった僕のキャップを目深にかぶっていた。


「私もゲームを買いに行くのについていくことにしたんだけどさ、ちょっと寒そうだからキャップ借りるね。ついでにこのコートも借りていいかな?」

「キャップはいいけどコートを貸したら僕が着るものなくなるじゃない」

「そっか、じゃあ、自分のコートを持ってくるから下で待ってて」


 僕は陽香に取られそうになったコートを着て玄関で待っていた。それからすぐに陽香は下りてきたのだけれど、僕が階段の方に顔を向けると陽香は自分のスカートを両手で押さえながら降りてきた。

 この角度ではどうやってもスカートの中なんて覗けないとは思うのだが、陽香はそれなりに羞恥心というものを持っているという事がわかったのだった。

 陽香は僕と目を合わせないようにキャップをさらに深くかぶっていたのも印象的だった。

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