第20話 他大学からの大学院進学生
朝、研究室に行く前に図書館へ寄る。
ここには
私は
名前がないということは、教授・准教授・講師・助教といった教員ではなく、
そして、魔材関係の研究室の
研究室の
気になるが、マリさんのことだからきっと元気に研究活動を再開しているだろう――そんな根拠のない思いをもって自分の研究室に向かった。
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卒論と修論の提出に追われた年度末の研究室と違い、春の研究室は雰囲気がなごやかだ。雑談をしたり、
しかし、魔材理論チームはどうも様子が違う。
各人が黙ったまま専門書を読んでおり、会話らしい会話がない。
やはりケレエタさんの件でチームがうまく機能していないようだ。
みんなの前でこんな話をする訳にはいかないから、ケレエタさんをディスカッションルームにでも誘って、個別に事情を聞いてみる必要がありそうだ。
『ケレエタさん、ちょっといいかな? 研究のことで話があるので、ディスカッションルームまで来てくれない?』
頭の中でそのフレーズを繰り返すが、年下の眼鏡女子を二人っきりの部屋に誘い出す、そんな状況を考えるだけで頭がフラフラする。まるで恋の告白をする男の子みたいじゃないか!
なんて難易度の高いミッションなんだ。それに、絶対にそんな長いセリフをどもらずに言える気がしない。ケレエタさんや他の学生に変な誤解をされたらどうしよう。
頭の中でケレエタさんを誘う
だめだ。二人だけになるチャンスが全然ない。
これはもう諦めて声をかけるしかなさそうだ。
『みんながチームワークを発揮して良い研究成果が出せるよう、現場をまとめあげよう!』と決心したばかりでないか。やるしかない。
私は『あ、そうだ!』と声に出し、何か思いついたふりをしてケレエタさんの近くに行った。我ながらわざとらしいと思うが、これは自らを後戻りできないようにさせる掛け声のようなものだ。
「ケレエタさん、ちょ、ちょっと……」
「はい? なんでしょう?」
「ちょっと……、その、こっち……いい?」
私は研究室の出口を指さした。
「は、はい……」
彼女は
よし、この調子だ。
私は進行方向をちょんちょんと指さしながら、ディスカッションルームへ歩き出した。
彼女も無事についてきてくれている。
成功だ!
そして、ディスカッションルームに入り、できるだけ距離をとって座る。
眼鏡女子と二人だけ。しかも、彼女は私を凝視している。
心臓がバクバクとするが、落ち着け、これは研究のディスカッションだ。
しかし、先に口を開いたのはケレエタさんだった。
「先輩、どこかで会ったことありましたっけ?」
……っえ?
「いや、初めてだと思うけど……」
「そうですか、失礼しました。先輩が何か言いたげによく見てくるので、気になってたんです」
……ええええっ? そんなによく見てた? 気にされていた? あああああ………
「で、何のお話ですか?」
私が思考停止に陥っているものだから、彼女が話を進める。
そうだそうだ、研究の話だ。意識を集中しろ!
「ええと、研究の調子はどうかな?」
まずは無難な話題からだ。
「はい、難しいですが、とても勉強になっています。みなさん優秀な方ばかりで、ついていくだけでも大変ですが」
なるほど、研究に前向きなのは確かだな。よし、では率直に聞いてみよう。
「リシトくんから聞いたんだけど、
「はい、練習で頂いた課題ですが、それでも実装するのがすごく大変です。私、学部時代は古代フォルトラン語で
古代フォルトラン語!!
それは既に現代では失われつつある魔術言語である。いや、一部の伝統的魔術では確かに今でも使われているが……それを大学で主な言語として学ぶのはいかがなものだろうか。
しかし、それをここで言ってもしょうがない。彼女はそれを教えられてきたのだから。
「そうか……、ウチはプイソン語で
「そうなんです。でも基本的には同じようなものだとわかってきたので、もう少しでプイソン語で
何も知らない状態から新しい言語を一から覚えるのは大変だが、
「それは良かった。じゃあこれからは問題なさそうかな?」
「そ、そうですね……」
「あと何か不安があるのかな?」
「……はい、実は私、卒論では
「……どういうことかな?」
「私の卒論は
「そうか! ウチでは
「はい、だから方程式も複雑になっていて、よくわからなかったんです。でもその違いもわかってきたので、きちんと
変数が増えると方程式は複雑化する。すぐには慣れないだろう。
それにしても
詳しい話を聞いてみたいところだが、それは違う機会か。
「じゃあ、ちょっと時間はかかりそうだけど、なんとかなりそうかな?」
「はい、まだ自信はありませんが、徐々に理解できてきているので、来週までと言われたリシトさんの課題にも応えられると思います」
「そうか、それは良かった!」
「カイ先輩、私のこと、気を遣ってくださりありがとうございます」
……いやいや、そんなことを言われるとまたフリーズする。変に意識をしてしまって、視線が定まらなくなる。
「あ、あと先輩……」
……ん、どうした?
「私のこと“ロンダ”って呼ばれていること知っています。確かにみんなが知っていて当然のことを知らないことも多いと思います。でも、私はロンダしてよかったと思ってます。すごくできる先生、先輩、後輩に囲まれて、毎日すごく勉強になっています。みんなから見たら足手まといかもしれないから申し訳ないですけどね。ここに来れてすごくうれしいです。早く力をつけて研究に貢献できるようがんばりたいと思いますので、先輩、よろしくお願いします」
「……も、もちろん!」
他大学からの進学生だろうが、同じ研究室の仲間だ。
研究室では絶対にロンダという言葉を使わせないようにしよう!
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他大学の大学院進学は“学歴ロンダリング”とも揶揄されますが、私は賛成です。所詮、学部時代の研究室配属なんて運が半分程度占めることが多いわけですし、大学院入試も正式に受験しているわけで。
なので、もし本当に関心のある研究が他大学の研究室でできるのであれば、積極的に挑戦すべきです。人生一度きりです。
ただ、研究室を変えると新しい環境では人一倍努力し、勉強・研究をしないといけません。これは確かに大変で、M1の最初から就活という訳にはいきません。
また、他大学の学生を受け入れたくない先生がいるのも事実です。そんな研究室に入ってしまったら悲惨なので、受験前には教員に相談のメールを必ず送りましょう。
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