第21話 疑いの芽

 あのパーティーが有った日、イリーナはジョージィにそれまでにない、ある微妙な変化を感じていた。ジョージイの気持ちの中にある、何かが動き出していることを。

 ジョージイは原島と愛し合っている。ふたりを結ばせたいとイリーナは心から願っているのだが、原島はボスロフが仕掛けた、拿捕事件に絡む密輸出に利用した男の一人である。

 ボスロフとイリーナは、原島の友人である紺野を苦しめたあの事件を画策し、実行した犯罪者であり、ジョージイもそれに加わったひとりなのだ。

 そのことがジョージイに感じる、ある変化の原因とすれば自分の責任は重い。

 ジョージイは自分を実の母親のように慕っている。

 自分はどうすればいいのだろう。イリーナも深く悩む日々が始まった。


 原島は今日も、ある会社の面接を受ける予定になっていた。

 幾つもの娯楽施設を手掛ける大手企画会社で、原島にはどんな仕事なのか、会社の業態はどのようものなのか全くわからぬまま、求人に応募したのであった。

 原島はこの先の生活を守るため必死になっていた。

 おれはなんでもやる、おれはきれいな生き方などもう考えてはいない。

 ジョージイと暮らせるのならどんな仕事でもできる。


 原島が訪れた会社は新宿歌舞伎町にあった。狭いエレベーターの壁には誘惑するように微笑む女性のポスターがあり、その会社の業務内容が伺い知れた。

 四階にある事務所のドアーを開けると、男性ばかり五人がいっせいに原島に目をむけた。

 決して歓迎の目ではないことは直ぐに分かったが、ここまで来て他にとる態度などない「求人に応募して参りました、原島と申します」

 五人の中の誰とではなく、ただ事務所の中の空気に向かって頭を下げているように感じた。

 その中のひとりが言葉には出さず、あごをすこし下げるような仕草をみせた、原島には「こっちに来い」といったように感じ、その男の前に進み改めて頭を下げると男は、やはりあごでソフアーに掛けるように促した。


 はじめて声を出した男は「あんた、女の子を使ったことあるのかい」と、前後の脈絡のない、いきなりの質問であった。

 原島にはそんな経験はあるはずがない。


「いいえ、ありません」

「こんな店で遊んだことあるのかい」


「いいえありません」

「ふーん、それで仕事できると思ってるのか」


 原島はこれ以上この場にいることにも耐えられなくなっていた。

「私にはできません、失礼します」

 事務室を出た原島の背中に微かに、男たちの笑い声が聞こえた。


 外に出て深くいきをはきだすと、ようやくあの事務所の空気から解放されたように感じた。

 会社にいた頃は自分は、誰よりも苦労をしているのだと根拠もなく思っていたのだが、今までがいかに楽な仕事であったのかと、思い知らされる出来事であった。

 しかし、ジョージイの前では、本心を晒すことが出来なかった。

 先に希望のない弱い男と思われたくない。ただそれだけで。


☆☆☆


 ロシア大使館の諜報部員は、ジョージイがスコットシンプソンに情報を渡しているのではないかと考えていた。

 ジョージイが原島と暮らしているのは、スコットシンプソンとの関係を隠すための作戦のひとつではないのかと、諜報部員らしい考えである。

 原島という男はできる男ではない、ただジョージイに利用されているのだと、諜報部員には見えていた。

 この男には愛ということばは、頭の中に欠片ほどもないらしい。

 ジョージイと原島の愛も見せかけで、ロシア側からの目を逸らすために行っているのだ。ジョージイに対する疑いを一層深めた。


 この夜も原島とジョージイは愛し合ったが、そこには互いの心の中に隠しておきたいものが徐々に大きくなっていた。




















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