第11話 アナログな人達
松野茂は、デスクの上に十数枚のカードを並べて思案していた。
そして、その中から一枚のカードを選びだした。
もう一枚はどれにしようか考えた末、結局一枚だけを胸のポケットに入れ、デスクの内線番号4のボタンを押した。
内線番号4は営業担当の南方のデスクである。
南方は本当は「ミナカタ」というのだが、誰も本当の名では呼ばない。
「ナンポーさん」と呼ばれている。
本人もあまり気にしていないようである。
もう一つ、別の呼ばれ方があった「ナンポー人事部長」……?
「ナンポー君、君にね、これをね、次のね、すごくね、大事だからね、……ね」
南方は「はい」とうなずいた。
松野はデスクの上にパソコンを置かない。
パソコンはおろか書類らしきものは一切ない。
松野の仕事の進め方はアナログ進行である。
所持するものは紙と鉛筆のみであり、それすら使用するのはごく稀である。
最も重要なものは何も書かない。
やむを得ず記録を必要とする場合は奈津美に任せる。
松野と奈津美の関係は、松野の哲学の延長線上にあるといえる。
ただの男女関係ではない。
札幌支店長の橋本も手書きが多い。
スカルキャップの万年筆は彼の右手の六本目の指となっており、その手を離れることはない。
その万年筆のペン先は、指の下に敷かれたペーパーに対して約30度に寝かせ、漢字も仮名文字もすべて横書きで、まるで
「昔、ヨーロッパの貴婦人が書いた英文のラブレターかな?」とも思わせるような流れるような書体で描かれ、優美な文字の芸術となる。
自身、常になにか書きたいと思っていて、時には無駄なことまで書いてしまう。
松野とは逆のアナログ派である。
この日、橋本は封筒に横書きで宛名を書いた。
[紺野由紀子様]そして中に一万円札を厚さ5ミリメートルほど入れた。
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