第9話 新世界より

 翌日、札幌発釧路行き「特急スーパーおおぞら」に乗った。

車窓から見る北海道の景色は、約10年前の自分を思い出させた。

貧乏な学生だった自分にとって、学生時代唯一の旅行がこの北海道であった。

特別に北海道のことを知りたい、という目的のある旅では無かった。

何となく「孤独な男は北へむかう」そんなどこか、歌の世界の主人公を演じているような気分になっていただけのことである。


 確かに、貧乏だし彼女もいない、孤独な男だったのは事実であるが。

 だが今は違う、一番の違い、それはもちろんジョージがいることだ。

 ジョージィがいる限り原島は、どんな試練にでも耐えられる自信があった。


「そういえば、昨日千歳空港で別れた時、ジョージィは何ていったんだろう?」

 ジョージィの唇の動きは『次はニューヨー……なんとか』といったように聞こえたがあれは何の意味だろう

「次はニューヨークで……で?」「えっ、ま、まさか、ふたりでニューヨークへ?

じゃー、新婚旅行?……」原島は飛び上がりそうになった。

 車内は空いていたいたので誰も気付いてはいないと思うが、その後の原島の顔は釧路へ到着するまでニタニタと、緩みっぱなしであった。


 その日は、紺野が常宿としていた「スーパーホテル釧路駅前」に一泊した。

名前の通り駅前にあり、一階は空港行きのバスターミナルになっていた。

 釧路は地方都市らしい賑わいと、静けさが同居する感じの街である。

「霧の都」といわれる通り、何となくモヤーッとした冷たい白い空気に包まれた、哀愁の街、といえばいいのだろうか独特な雰囲気である。


 ビルの跡地と思われる空き地が目立ち、そのほとんどが有料駐車場となっていた。

「他に利用する方法がないのでとりあえず、駐車場にしました」こんな感じがする。

多分、昔はビルが林立していたのだろう。

 賑わっていた当時のことを想像してみた。

 この街で紺野と由紀子は出会ったのか。確か紺野が学生時代に旅行で釧路を訪れた際、札幌の大学に在学中だった由紀子が帰省していた時に知り合いその後、遠距離恋愛を経て結婚したと聞いている。


 「哀愁の街で生まれた恋か……」

 由紀子の両親は今もこの街で暮らしているのだな。

 「早く仕事が見つかればいいのだが」と様々な感情が沸き起こる。

昔はすすき野に匹敵する、といわれた夜の街を見てみたいと思い、暗くなるまで、ぶらぶらと歩いた。

 そんな中にシャッターを降ろして何年経つのだろう?と思わせる空きビルのガラスに、一枚のポスターが貼られていた。


『釧路交響楽団、定期演奏会』ドボルザーク作曲、交響曲第九番「新世界より」

と印刷されたポスターは剝がすのを忘れたのだろうか。印刷の色が少し褪せていた。

 アマチュアオーケストラらしいが、今も定期演奏会をしているのだろうか。

この街の文化的な香りを、一枚の古いポスターから感じ取ることができた。


 「ん?確か、『新世界より』とはニューヨークのことだったな?」

 そう、確かに新世界とはヨーロッパから見たアメリカのことであり、ニューヨークで作曲された。

 またもや、ジョージィの言葉が思い出され、原島の頭の中はジョージィのことでいっぱいになった。
























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