第4話 美人とウイスキー

  七月中旬となったが紺野について、新しい動きは何もなかった。

一方、ジョージィとも逢えない日が続いていた。

 ジョージィについては、父がエストニア人で母は日本人、という以外はまだ何も知らない。

 電話番号とアドレスは聞いているが、通じないことが多かった。

 彼女の仕事は外国人の上司や、得意先の重要な人物が常に一緒にいて、私的な通話はひかえているのだと言う。


 仕事上の連絡事は、別のスマホを使用しているらしい。

 当然だ、原島にしても個人のスマホ以外に、会社から貸与されたスマホを持っている。

 ジョージィのいうことは理解できた。

 「彼女の立場を考えて我慢しよう」

 原島はその後、幾度も札幌を訪れた。


 由紀子の話では紺野は、今回の出張では釧路と根室に宿泊し、道東地方にある得意先数社を訪問する予定だと話していた。

 一週間位の出張は毎月二回あり、その他二泊ほどの出張も毎月二回ほどあったので、月の約半分は家に居なかったらしい。


 今回の出張は、会社に提出した行動予定表とも一致していた。

また、狩野が調べたところ、釧路のスーパーホテルに、二泊していることが確認された。

 根室で定泊としていたホテルの予約は、キャンセルしたらしい。

 釧路から根室に行くには、根室本線(愛称花咲線)を利用したと思われる。

 だが、釧路と根室の間には沢山の駅がある。

 どこかの駅で途中下車したとも考えられる。

 これより先の足取りを調べるには素人には無理だ。警察に頼むしかない。

 しかしその警察が動かない。


 由紀子が実家の両親に電話で聞いたところ、紺野が由紀子の実家に立ち寄ったのは三月頃に来たのが最後だという。

 原島は、由紀子の実家が釧路であることを知った。

 原島は学生時代、北海道を旅行したことがある、しかしその時は釧路には行っていなかった。どんな街なのか、想像がつかないので色々と、由紀子に聞いてみた。

 

 かって釧路市は水産業、林業、畜産業、鉱業、その他各種工業が盛んで大手各社の工場が立ち並び、大変景気のいい町であった。

 繫華街の賑わいは、すすき野に匹敵すると言われたらしい。

 しかし、それらの工場は今は撤退して、町は衰退を続けている。

 人口減少も止まらないらしい。


 由紀子の父は、ある大手製紙工場の仕事をしていた。

 製紙工場の直接の社員ではないが、関連する会社に勤めていた。

 勤めていた、と言うのはその会社はすでに解散し、社員は全員解雇されたからである。その製紙工場は、昨年八月で操業を停止し、この町から撤退した。


 この工場の撤退は町にとって大事件である。経済的損失は計り知れない。

 関連する会社は数多くあり、失業者の数もかなりあったと思う。

 それからちょうど一年経った。

 由紀子の父はまだ失業中である。


 今年三月に由紀子の実家を訪れた紺野に、由紀子の両親は苦しそうな顔は見せなかったというが心配をかけまいと、無理をしていたのだろう。

 実際は、いろいろ辛いこともあっただろう、見えないところで人は苦しんでいるのだな。原島は由紀子の話を聞いて、自分だけが幸せな気分に浸っていることに多少の恥じらいを覚えた。

 由紀子はその一方で、独自に紺野の足取りを調べていた。

 まず、釧路から根室まで行く間に途中下車する可能性のある町のホテル全てに電話をかけ、紺野が宿泊していないか調べたらしい。


 電話をかけたホテルの数は百を超えているとか。

 由紀子の必死の想いが原島にも伝わった。

 しかし、紺野らしき人物の宿泊記録は、見つからなかった。

 そんな中に、厚岸という町の五味ホテルの従業員が、こんな話をしていたと話し出した。

  それは、

 「紺野という名前はありませんか?」

 「七月の初め頃ですね、コンノさん、ありませんね」

 「コンノのコンは今ではなく紺色のコンです」

  由紀子はできるだけ相手によく伝わるように丁寧に話した。

 「紺野さん、やはりありませんね、ちょうどその頃に、珍しいお客さんがいたのでそちらの方はよく覚えていますが」


 「それは、どういうお客さんですか」

 ホテルの従業員の話はこうである。

 「その日この町では見たこともない、綺麗な女性が現れ一泊しました。その人は色白で背が高く、まるでハリウッド映画のスターかと思うほど、綺麗な人でした。

それに、洋服も高級そうに見えました、持ち物も一流品だと思います」

 五味ホテルの従業員はこう印象を語った。


 「そのお客さんは、ホテルでは夕食はとらず午後六時頃に、迎えにきた車で出かけ、11時頃に、戻りました。

 その迎えの車がまた、物凄く立派で車の運転手は、背の高い外国人のようでした。翌日朝も同じ車が迎えに来ました。その人はチェックアウトの際、私にチップをくれました、高級な化粧品のいい匂いがしました、いい人でしたね」と笑っていたとか。


厚岸とは漁業を中心とした、小さな町である。美味しい牡蠣の産地として有名である。また最近では『厚岸ウヰスキー』でも有名である。

 高級品でなかなか入手が難しいらしい。

 東京や大阪のデパートでこれを見つけたら、超ラッキーなのだとか。





























     

         













 









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