第500話 気づかなかったでしょ?

「フィル……」


「うん、わかってる」


 豹変……というか本性を顕にして、空中に浮かびながら私達を睥睨するラルフィーから感じるこの魔素エネルギー量。


「アレは強いね」


 さっきまでは可愛らしい良家のお坊ちゃんって感じだったのに。


「それも、かなりの強敵よ」


 豹変したラルフィーの背中に広がる翼……


「なぜ? どうして? って疑問は尽きないけど」


 今は黒く濁ってしまってるけど、本来なら純白だっただろう3体の翼。

 それは紛れもない、天使の中でも最高位に位置する者の証。


「まさか教団の最高幹部たる第一使徒〝敬神〟。

 そして教祖でもあったミカエル以外にも、まだ最高位天使たる熾天使セラフィムがいたなんて」


 しかも……


「魔素量だけでいえばミカエル以上だね」


「うん」


 そう! フィルのいう通り、すっかり豹変しちゃったラルフィー少年から立ち昇る魔素量は、1ヶ月前に対峙したミカエルをも上回る!!


 魔素量と強さは必ずしも比例するわけじゃないけど、それでも1つの指標にはなる。

 ラルフィー少年が今の私達をしても、強敵なのは間違いない。


 それにミカエルと違って、交渉はできそうにないし……何よりも最悪なのはこの場所。

 周囲に多くの貴族達がいる中で、周囲に被害を出さずにアレと戦うのはかなりキツイ。


「というわけで……」


 ラルフィー少年が油断している今がチャンスっ!!


「これはっ……」


 ラルフィー少年が驚愕したように息を飲み、会場に騒めきが巻き起こる。

 圧倒的上から目線で私達を弊害していたラルフィー少年の頭上に現れるは、六層に連なった巨大な積層魔法陣!


「ふふっ、驚いた?

 それは転移魔法の魔法陣」


 場所がよろしくないのなら、全力で暴れても問題ない場所に連れていければいいだけの事っ!!

 とはいえ……いくら私でも、膨大な魔素を放つ今のラルフィー少年を強制転移させるのは難しい。


 それこそ巨大な魔法陣を構築して、転移魔法を補強しないとダメなほどに。

 だからこそ! ラルフィー少年は今、心底驚愕してらだろう。


「気づかなかったでしょ?」


 初心者が魔法を使う際の補助としても使われてる魔法陣だけど、そもそもはさっきみんなを呼び寄せた転移門然り、基本的には高位の魔法を行使する際に使われる物。


 当然、高位の魔法を行使するにはそれ相応の魔力と魔素を必要とするし。

 そもそもの魔法陣が大きくなり、その構築にも時間がかかる。


 しかぁ〜し! 一瞬の隙で勝負が決まるような実戦で通用しない魔法陣を、私は実用レベルにまで引き上げた!!

 魔法陣を限りなく小さくする事によって、敵にバレないように隠蔽する技術──魔陣隠蔽。


「ふふ〜ん!」


 魔陣隠蔽をなせるだけの、卓越した魔力操作の圧倒的な技量!

 人類最強と謳われる私だからこそできる技なのだよ!!


 まぁ悪魔王国の人達は殆ど全員が、当然のように仕えるんだけども。

 それを知る人なんて殆どいないわけだし、細かい事は気にしないっ!


「なるほど。

 確かに驚かされましたが……残念ながらこの魔法陣を持ってしても、私を即座に転移させる事は不可能なようですね」


「チッ──!」


 正確に見抜かれてる!


「会話する事で時間を稼ごうとしていたようですが、この程度で私の動きを制限できるとでも?」


 瞬間──振り上げられた3枚の右翼によって、凄まじい突風が吹き抜け。


「ふんっ忌々しい悪魔の加護を持つ、特異点たる愛子……ソフィア・ルスキューレ。

 アナスタシア様を忌まわしき封印から解放するための鍵にすぎない分際で、貴様如きが人類最強だなんだと持て囃されて図に乗るな」


 共に放たれた魔力が六重積層転移魔法陣を打ち砕く。

 会場の天井を吹き飛ばしながら、悲鳴すら掻き消す轟音と共に衝撃波が駆け抜ける。


「いくら持て囃されたところで、貴様は誰も守れはしない」


 舞い上がった土煙の向こうで、どこか優越感が滲む声が鳴り響き……


「貴様らではこの私は止められないっ!

 クックックッ、たった今貴様の目の前で死んだ人間共は手始めにすぎな……」


 カッコよくご自慢の翼で土煙を吹き飛ばしたラルフィー少年の声が途切れて、愉悦に歪んだ笑顔のままちょっと間抜けな感じで表情が固まる!


「残念だけど……」


 なぜなら! 煙を吹き飛ばしたラルフィー少年が目にしたのは。


「誰も死んでなんていませんよ?」


 腰を抜かして倒れ込む者、気絶している者はいるものの……全員が五体満足で無事な姿なのだからっ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る