第499話 豹変

 唐突にもたらされた衝撃の事実。

 フィルが四大国が一角にして、超大国と呼ばれるレフィア神聖王国の王太子というカミングアウト!


 当然の如く喧騒に包まれて騒然となった会場に……そんな喧騒をかき消すような、エマの叫び声が響き渡ったわけだけど……


「エマ……?」


 目一杯に目を見開き、心底驚いた面持ちで。

 心なしかどこかキラキラと目を輝かせながら、凝視されてるような。


 ヒロインと悪役令嬢と、私達の立場は敵同士と言える間柄なのに。

 セドリックが困惑しながら名前を呼んでるけど、それさえもガン無視!


 ぷぷっ、無視されちゃったセドリックは滑稽でちょっと笑えるわね。

 けどまぁ、セドリックが困惑して、会場がこんな空気になるのもわかる。


 この私ですら、ちょっと困惑してるし。

 聞き間違いなんかじゃない。

 さっきエマは確かに『フィルソフィ』って言った。


「うそっ、どうして……?

 悪役令嬢ソフィアがフィルソフィの冒険者ソフィーだったなんて!」


 ほらまた言った!

 エマが言ってるフィルソフィって多分……というか間違いなく、私とフィルの事だよね?


「あぁ〜! もうっ!!

 ちょっと考えればわかりそうな事なのに! どうして今まで気が付かなかったの!?」


 えぇ……いきなりどうしちゃったの?

 セドリック達も、会場にいる貴族達も、もちろん私も、みんな困惑してるんですけど。


「エ、エマ! 落ち着いて!!」


「落ち着けないよ、セドっ!

 だって目の前にあの2人が! フィルとソフィーがいるんだよっ!?

 ほらっ、あんなに寄り添うように並んで立って! キャー!!」


 いや本当に。

 私達って敵対してる真っ最中なハズだよね?

 さっきまで私の事を睨みつけてだよね?


 それなのに、今エマが向けてくる視線。

 あれはまるで……そうまるで、Sランク冒険者中で最も人気を誇る私に。


 Sランク冒険者〝白銀〟ソフィーに、そのファン達が向けてくるものと同じ!!

 自分の推しを直接目にしてテンションが爆上がりしている人の視線っ!?


「えっと……」


 と、とりあえず、手でも振ってあげた方がいいのかな?


「ッ〜!! 見たっ!? セド、今の見た!!?

 ソフィー様が私に手を……っ!!」


 まぁなんだ。

 つい数分前までのエマと同一人物とは思えない豹変ぶりだけど、あれだけ喜ばれると悪い気はしない。


「ふふんっ!」


 ここはもうちょっとファンサービスをしてあげようじゃないか!

 ちょっとだけ覇気を展開して……


「はいはい、嬉しいのはわかるけど少し落ち着こうね」


「むっ」


 落ち着こうねって……最近フィルはちょっと私の事を子供扱いしすぎだと思う。


「ソフィー、今覇気を使おうとしたよね?」


「っ!!」


 な、なんでそれをっ!?


「さっきエレンさんが覇気を使って、ガルスさんに注意されていたのを忘れたのかな?」


「そ、それは……」


 覚えてるけど。

 でも! 覇気でちょっとだけ周囲を凍らせて、二つ名である『白銀』の由来にもなった私の代名詞とも言える、光景を見せてあげようとしただし。


「フィルがソフィーを注意してる……と、尊いっ! フィルソフィ定番のやり取りを生で見ちゃった!!」


「「……」」


 まぁ……うん。

 なぜか喜んでくれてるし、フィルがちょっと引いたような顔をしてるけど、よしとしよう!!


 それよりも、問題はこのあとどうするべきか。

 本来の予定ならセドリック達の杜撰な断罪劇を叩き潰して、みんなを引き連れて颯爽と帰るつもりだったんだけど。


「エマ……」


 セドリック達もエマの豹変ぶりに困惑


「……んで」


 しっぱなしだし……


「ん?」


 なんだろ?

 ラルフィー少年の様子が……


「何故エマがっ!?」


「ラ、ラルフィー?」


「どうしたのですか……?」


「ッ〜! まさか……!!」


 セドリックやオズワルドに応える事もなく、非常に取り乱していたラルフィー少年が、ある一定の時期に見られる非常に重たい病の患者みたいに。

 バッ! っと片手で顔を覆って俯き……


「フィーくん? どうし……」


「フフッ……アハッハッハッハッ!!」


 エマの言葉を遮って、狂ったような笑い声がこだまする。


「そうですか。

 この小娘の精神操作が解けたという事は本当に……」


 1人呟くラルフィー少年から急激に膨れ上がるこの魔力。

 この魔力はまるで……あの時の。


「あの者共は失敗した」


 1ヶ月前に見た神と呼ばれる存在。


「貴女様はもうこの世界におられないのですね……アナスタシア様」


 レフィーちゃんによって倒された、堕ちた女神アナスタシアと同じ!


「フィー、くん……」


 愕然とするエマ達の前で、膨大な魔素エネルギーを纏ったラルフィー少年の身体がゆっくりと宙に浮かび上がり……


「真なる神に手をかけた下郎共が」


 解き放たれた強大な魔力と共に、黒く濁った3対の翼を広げ。


「貴様らはこの私の手で始末します」

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