第307話 なんてタイミング!!

 と、いうわけで……


「ふぃ〜」


 全身から力を抜くように息を吐きながら、前のめりに倒れ込む私の身体を……ふっかふかで柔らかく、それでいて絶対に優しく私を受け止めてくれる! という信頼感がある素敵なお方が受け止める!!


「お嬢様! はしたないですよ!!」


「むぅ、だってぇ〜」


「だって、ではありません!」


 いやまぁ、確かに情けない声を出しながらベッドにダイブしちゃったし。

 公爵令嬢として、孤高の悪役令嬢として相応しくない言動だったのは認めるけど。


「とりあえずお風呂の準備ができておりますので、湯浴みに参りましょう」


「うへぇ……」


 くっ! こうなったら……アレをやるしかないっ!!


「ファナ……お風呂、入らなきゃダメ?」


 どうだ! 私が編み出した一子相伝の交渉術!

 この計算され尽くした表情! 角度! 声音! これに抗えるものなら抗ってみよ!!


 むふふふふ! 私が編み出したんだから一子相伝じゃないじゃんとか、そんなことはいってはいけない。

 今の私を前にすれば、神ですら胸をときめかせて抗えない!!


 これは神ともいえるであろう存在であるルミエ様で実証済み!

 ふっ、勝ったな! ただでさえ私にはあまあまなファナが、これに抗えるはずが……


「ダメです!」


「っ!?」


 そ、そんなバカなっ!?


「お嬢様の専属筆頭として、お嬢様の美容を! お嬢様が最も美しく可憐に輝けるよう、最善を尽くすのは私の責務です!!」


 そ、そうだった! ファナは……


「ふふふ、それに」


 いやファナだけじゃなく!


「他の皆も待っておりますので」


 ルスキューレ家のメイド軍団は! 私以上に私を磨き上げることに余念がない!!

 命をかけたやり取りをしている歴戦の勇士のような、気迫すら感じる。


 あの目を!

 あの獲物を狩る肉食獣のような、ギラギラした目をしたファナ達には、神さえもときめかせる私の交渉術すら通用しないっ!!


「さぁ、こちらへ」


「うぅ……」


 疲れてるのにっ!

 今日は朝から出航式典をやって、船長に祭り上げられて、みんなに船について説明したらマジかよコイツって感じな目で見られて!


 心身共に疲れてるから、このまま私を優しく受け止めて包み込んでくれるベッド様と一緒に寝ちゃいたいのにぃ〜!!

 ニコニコと心底嬉しそうな笑顔を浮かべるファナに抱き上げられて……


「行ってらっしゃいませ」


 いつものごとく無表情で淡々と、しかしながらちょっと視線を逸らして一礼するルーに見送られて私はドナドナと連行される。


 私は選択を間違ったのだ。

 今日の常駐当番がイェーガーさんとアルマさんに決まって、部屋割りも決めて、とりあえず解散ってことになったから王都の公爵邸に帰ってきたわけだけど!


 失敗だった! こんなことなら公爵邸じゃなくて、オルガマギア魔法学園の学生寮か、研究室に転移すればよかった!!

 そうすれば今頃……


『向こうにもミネルバがいるだろうし、どうせすぐに連絡を受けたファナが転移で駆けつけて結果は同じだったと思うわよ?』


「っ……」


 ま、まぁそれはともかく!

 こうなってしまったからには、お風呂で思う存分にリラックスしてやるわ!!








 ……なんて思ってたのに!!


『あ〜、悪いがすぐに全員、船に戻ってくれ。

 緊急事態だ』


 ファナ達にマッサージわされて、もうちょっとで気持ちよく寝落ちしそうだったのに……イェーガーさん! なんてタイミングで連絡してくれるんですかっ!!

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