第265話 一瞬

「ヒィッ!」


 どこかのんびりとした間伸びした声で。

 ちょっと眠たげで、どこか幼い少女が怒ってるような微笑ましい態度で。


 けどそんな見た目とは裏腹に……荒れ狂うような激しい怒りを。

 根源的な恐怖を感じさせる怒気と殺意と共に放たれた言葉を受けて、ペルセ・ベランが小さく喉を引きつらせた悲鳴をあげる。


「あっ、そうでした〜」


「っ!!」


 パッと笑顔を浮かべたベル様の言動に、ビクッとビビって身構えるように反応しちゃうペルセ・ベラン。

 仮にも教団の最高幹部である十使徒の1人なのに情けない……とは思わない。


 その気持ちはわかる。

 さっきはベル様に睨まれて直接向けられてるわけでもない私でも、思わず息が詰まって身体が硬直してしまうほどだったし。


 生徒達なんてフィルの結界の中なのに、ベル様の意識を引かないように。

 息すら忘れたように静まり返ってたし。


「一応貴方にもお話を聞かないといけませんね!

 ソフィーちゃんが嘘をついているとは思わないですけど〜、一方の話だけを聞いて判断するのは良くありませんからね〜!」


 まぁ……確かに。

 私の、一方の話だけを聞いて断定するのはよろしくないもんね。

 うんうん! さすがは七大迷宮の守護者、公明正大だわ!!


「その通りですよ〜。

 こう見えて、私は同僚の中で最も平等な人格者なんです!」


「ほぇ!?」


「ご主人様もこういうのは、双方の意見を聞いて判断するのは大事って言ってましたしね〜」


「そ、そうですね! その通りです!!」


 あ、危な〜! めっちゃナチュラルに思考を読まれた!!

 まぁでも考えてみれば、ベル様はルミエ様をもって圧倒的といわしめる存在で、レヴィアさんの同じ七大迷宮の守護者である悪魔公デーモンロード


 ルミエ様はもちろん! レヴィアさんも普通に私の思考を読んでたし。

 同じ悪魔公であるベル様が、私の思考を読めるのはごく当たり前のことといえる!!


 けど……いきなりだったから本当にびっくりした、びっくりして生徒達の前なのに変な声が出ちゃった。

 でも幸いベル様もスルーしてくれたし、この状況だもん! きっと誰も私の変な声なんて聞いてない……はず!!


「でも〜……ソフィーちゃん、ほぇっ!? って可愛かったから、後でギュッとして撫で撫でしてあげちゃいます〜!」


「ッ〜!!」


 聞かれてたっ!!

 というか、お願いですから! 生徒達の前でそれ以上、その話は掘り下げないでぇっ!!


「そ、それよりも! アイツに話を聞かないと!!」


「あっ、そうでしたね〜。

 こほん! それでは……人間」


「「「「「「「っ!!」」」」」」」


 ゆるい感じの雰囲気から、いきなり冷たい雰囲気に豹変したっ!!


「今から貴方に質問しますけど、その前に……私の名前はベル。

 至高の御方であらせられるご主人様より、このダンジョンを管理と守護を仰せつかった七魔公。

 悪魔公デーモンロード一柱ヒトリです」


「なっ!? 悪魔公だとっ!?」


 ふむ、さすがは教団の最高幹部。

 生徒達がなにそれ? って感じの反応の通り、悪魔公なんて一般的にはほとんど知られていない。

 にも関わらず、ちゃんとその存在について知ってるとは。


「バカなっ! そんな存在が何故っ……」


 まぁ……驚くのも無理はない。

 なにせ悪魔公デーモンロードといえば、特Sランクの神災級!

 もはや一種の神といっても過言じゃない存在だもん。


「さて……人間、心して答えなさい。

 私のダンジョンを穢したのは事実ですか?」


「っ……! エンジェル・スライムっ、今すぐあの化け物を始末するのですぅっ!!」


 瞬間、スライムが凄まじい速度で無数の職種を伸ばし、その巨体からは想像も出ない速度で肉迫し──


「決まりですね〜」



 ボンッ!!



 無数の触手が。

 巨大なスライムが……赤黒い半透明な肉片を撒き散らしながら弾け飛ぶ。


「無駄です! 私の最高傑作である、このエンジェル・スライムは、その肉体の一片でも残っていれば瞬時に再生するのですよぉ!!」


 そう、あのスライムの一番の脅威は圧倒的な再生力。

 何度斬り刻んでも瞬時に再生して、しかも生徒達を狙って攻撃してくるせいでペルセ・ベラン本体に反撃することすらできなかった。


「いくらお前が! 貴女が強大であろうとも関係ないのですよぉ!!

 クフフっ! さぁ、絶望しなさいぃっ!!」


 これは……


「なにをしているのですかぁ! エンジェル・スライム、早くあの化け物を……」


 粉々に弾け飛んだスライムが……


「再生しない?」


「バカなっ! 何故こんなことが……!!

 ありえないっ! ありえないありえないありえないぃっ!!」


「ふふっ、ねぇ人間。

 貴方は悪魔私達の主食が何か、知らないんですか〜?」


「主食……ま、まさか!!」


「どれだけ再生能力を持っていようと……私には関係ないんですよ〜。

 だって〜……生物である限り、魂を壊せば死んじゃうですから!!」


 まさに一瞬。

 一瞬であのスライムを倒して、教団の最高幹部に勝っちゃった……


「そんな……私の、最高傑作が、こんなに容易く……」


「ふふっ、理解してくれたようで幸いです〜。

 それでは! 貴方には……」


 ストンと膝を地面につき、唖然と目を見開くペルセ・ベランがに向かって……


「ご主人様とのお昼寝を邪魔し、私のダンジョンを穢したことを存分に! 魂の底から後悔してもらいますよ〜!!」


 ベル様がのんびりとした口調とは裏腹に、ゾッとするほどに冷たい笑みを浮かべた。

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