第21話 緊急事態 その1

 魔の森を抜けた先に存在する国。

 約400年の歴史を誇り、伝説に語られるオルガマギア魔法学園が理事長、大賢者と同等の力を持つとされる存在。

 国を創り上げた初代皇帝、現人神と称される存在が現在も皇帝として統治する国家。


 建国以来、自ら他国に侵攻した事が一度も無いにも関わらず。

 侵攻してきた国を圧倒的とも言える強大な武力で踏み潰し、400年間無敗の常勝国として世界各国からと呼ばれ、畏れられる超大国。


 そんな帝国の首都である帝都。

 強大な魔物達が跋扈する魔の森のすぐそばに位置するにも関わらず、多くの人々の熱気に満ち溢れ、広大な面積を誇る大都市の大通りに鎮座する巨大な建物。

 冒険者ギルド帝都支部は現在……喧騒に包まれていた。


「おい、あれって……」


「何でここに?」


「隣の人は……」


「何の騒ぎ?」


「何あれ、カッコいい!」


「パーティーに誘おうかな?」


「バカ! Sランク冒険者だぞ、やめとけ」



「……はぁ」


 騒ぐ野次馬達を一切気にする事なく銀髪赤眼の美青年、アルト・ルスキューレはその整った顔に憂いを浮かべてため息を溢す。

 そんなアルトの姿に様子を窺っていた女冒険者や受付から黄色い悲鳴が巻き起こる。


「ソフィー……」


 ため息を溢すアルトの対面。

 アルトにも負けず劣らずの容姿を誇る金髪青眼の青年、エレン・ルスキューレがアルトとよく似た整った顔を心配そうに歪めて、愛しくて可愛い天使! 絶賛溺愛中の妹の愛称をポツリと呟く。


 史上最年少の賢者であるアルト、Sランク冒険者〝剣帝〟たるエレン。

 溺愛している妹を心配するシスコン兄バカ2人から漂う哀愁と醸し出される色気に熱のこもったため息がギルド内に満ち満ちる。


「っ! やっぱり、ソフィーの側で見守ってた方が……」


「アルト兄さん……心配なのはわかる。

 現に俺も今すぐソフィーの元に駆けつけたい。

 でも、これはソフィーが一人で乗り越えないとダメな試練なんだっ……!!」


「っ!! あぁ、ソフィー……」


 非常に整った容姿に、賢者とSランク冒険者という立場。

 そして公爵家の令息でもある2人が、有名人が目の前にいるという事実に多くの冒険者や受付嬢達が盛り上がる。


 受付嬢や低位の冒険者とは異なり、高位の冒険者など一部の者達は他国である帝国、それも首都である帝都の冒険者ギルドに彼らがいると言う事実に……


 深刻な面持ちで話し合う賢者、Sランク冒険者である2人の様子に何があったのかと固唾を飲んで注視しする。

 2人が妹を心配しているだけと言う事実など知るよしもなく……


「緊急事態だっ!!」


 突如ギルドの扉を開け放ち、駆け込んできた1人の冒険者の悲鳴のような声がギルド全体に響き渡って静まり返り……


竜種ドラゴンが……ドラゴンが! 帝都に向かって来ているっ!!」


 次の言葉を受けて、アルトとエレンに注視していた高位の冒険者達が弾かれたように立ち上がり、冒険者ギルド内が先ほどまでとは比べ物にならない喧騒に包まれる。


「くそっ! 何かあるとは思ってたがまさか……詳しい状況は!?」


 Aランク冒険者の一人。

 新進気鋭、若手の中で現在最も勢いがあるAランクパーティーのリーダーが未だに項垂れたまま動かないアルトとエレンの2人に一瞬視線を向けて、駆け込んできた冒険者に説明を促す。


「魔の森から白い竜が……っ!!」


 その瞬間──喧騒に包まれていた冒険者ギルドに静寂が舞い降りた。

 誰もが言葉を、息を呑み込み、ただその一点を……その者達を注視する。


「今、なんて言いましたか?」


 凄まじい重圧。

 淡々と、ただ普通に質問されただけにも関わらず全身から冷や汗が溢れ出して、手足が震える。


「し、白い、竜が……」


「そこじゃない、その前だ」


「ま、魔の森から──っ!」


 アルトとエレン。

 恐ろしく冷たく、鋭い2人の視線から解放された冒険者が息を吐出し、膝から崩れ落ちるかのようにストンとその場に座り込む。


「そんな……竜種ドラゴンなんて、想定外だっ!」


「アルト兄さん! そんな事を言ってる場合じゃない!!」


「っ! そうだね、行くよ」


「あぁ」


 フッと一瞬で凄まじい重圧と共に、2人の姿が冒険者ギルドから掻き消える。


「……っ! 俺達も行くぞ!!」


 そして高位冒険者の言葉を受けて、突然の出来事に数瞬呆然としていた冒険者達も竜種を迎え撃つために動き出した。

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