独白 真中真弓

 人を好きになるのは初めてだった。

 きっかけは単純。

 気づいたらそうなっていた。

 相手は小学一年生からの幼馴染の宮前俊樹くん。

 かっこいいというよりは、優しいひと。純粋すぎてすぐに騙されそうな感じにヒヤヒヤすることもあったけど、意外と慎重な性格で、私にとっては可愛い存在。そして……


 母親の再婚ぐせから愛というものを知らなかった私に、本当の愛をくれた人だった。


 中学生に上がったばかりの頃、五度目の再婚相手だった父親は優しかった。

 子どもながらにこれで落ち着いてくれると思っていたら、半年後に仕事を追われ豹変してしまった。

 気に入らないことがあったときには手を挙げられたりして、その時期に殴られた反動で運悪くタンスの角に打った傷が背中にまだ残ってる。

 大声を上げても唯一の肉親だった母親は見てみぬふりをしていた。

 それからすぐ、包丁を持って母を脅して警察沙汰になったこともあって離婚。

 なのに中学二年のときに六度目の再婚。このあたりからは私の中から感情がひとつひとつなくなっていくのがわかった。

 また、学校でも変化があった。サッカー部の主将を務める先輩に告白されて断ったことをきっかけにいじめの標的になってしまった。

 それは壮絶で、上履きがなくなるのは日常で、教科書は破られたり、机の上に花を置かれたり、私はなんのために生きてるんだろうと疑問に思うようにもなった。

 それでも変わらず接してくれていたのが俊樹だった。

 なくなった上履きを見つけてくれたり、彼自身が教科書を借りて、自分のものを貸してくれたり、机がなかったときは一緒にサボってくれたり。

 私の世界にはだんだんと俊樹以外いなくなっていった。

 そう思っていたある日、未遂ではあったけど事件が起こった。

 六度目の父からレイプされかけた。

 家を飛び出して俊樹の家まで走って、事情を話すと私を守ると言って匿ってくれて。

 すぐに通報してくれたおかげで、体は無事だった。

 並行していじめのこともより親身になってくれた。

 その頃からだったと思う。俊樹がもっと大人に関わっておかないといざというときに子どものままでは相手をしてくれないと言って、四コマ漫画をSNSに投稿しだしたのは。

 どうしてそこまでしてくれるの? と、聞いたことがある。


 帰ってきた答えは、大事な友だちだから。


 実の親からももらったことのないものを、このとき初めてもらった気がした。

 それに気づいてしまった。


 私はこの人が好きなんだ、と。


 警察沙汰になってからは近くに住んでいた社会人になったばかりの従姉妹の家に移り住むことになった。

 そこでは、嬉しいことに従姉妹がメイク関係の仕事をしていて、私は一生懸命に俊樹の気を引くためだけにメイクを教えてもらった。


 俊樹と離れないように、高校も同じところを受験した。学力が少し足りなくて必死だったから思い出したくはないけど。


 無事に高校に入学すると、嬉しいことに同じクラスだった。

 張り出されたクラス表をいまもスマホに画像として保存しているのは内緒。


 また、入学直後から俊樹はSNSに投稿していた四コマ漫画がきっかけで月刊誌に連載をするようになった。

 気になっているのは、どんな漫画を描いているのか。私がしつこく聞いても教えてくれないことにはいまでもちょっと怒っている。

 でも、中学の頃から変わらずに接してくれて嬉しかった。

 原稿料が入ったときは内緒で品川まで行って遊んだり、楽しかった。


 なのに。

 なのに夏頃から佐藤咲葵という同級生が俊樹と仲良くしだした。

 二人だけの時間がだんだんと奪われていって、お昼休みには三人でいることが増えた。

 本当は俊樹と二人でいたかったけど、わがままで嫌われるわけにもいかず、我慢することにした。


 それがいけなかった。


 利樹のいないときに咲葵と喧嘩したことがあった。

 多分、咲葵にとっては八つ当たり。

 咲葵って俊樹のなんなの? と食ってかかってしまった。

 これが恋敵になるきっかけになったかもしれないと私は感じてる。

 咲葵にとってただの友達だった俊樹を意識しだした気がするから。


 二年生に進級して間もないときは関係は変わらなかった。一つだけ変わったことがあるとすれば俊樹の親友らしい甲斐俊介という男友達も私たちの輪に入ってきたことぐらい。

 ただ、大きな変化がすぐに起きた。

 咲葵がある先輩に付きまとわれていると俊樹が相談を受けてからというもの、学校中で二人が付き合っているという噂が流れた。

 こうなると私は手も足も出せない。

 朝の二人きりの時間まで邪魔してきて悔しかったけど、仕方なく私も協力することにした。

 程なくして教室にストーカーしていると噂の先輩が入ってきたときは俊樹に連絡を入れた。

 このときばかりは咲葵よりもストーカーのほうが嫌だったから。

 保健室では短い時間だったけど、俊樹が手当をさせてくれた。

 それだけで嬉しくなって家に帰ってからもドキドキしてた。


 だけど、その日を境に距離を感じることが多くなった。


 いままで東京には二人で遊びに行くことが普通だったのに、そこにまで咲葵が入ってきた。

 ストレスのせいで生理不順も起きた。


 どうして? どうしてどうしてどうして?

 どうしてどうしてどうしてどうしてどうして?


 私には俊樹しかいないのに。


 どうして邪魔をするの?

 それからまた感情が欠落していくのがわかった。

 それも常識というか、理性も一緒に。


 私のものになるんだったら鎖や手錠で繋いでしまおうとか、薬で漬けて私がいないと生活できないようにしてあげたいとか、あまつさえ一緒に死んでみたいとか、そういう思考が巡るときもあった。


 だけど、それを抑えてくれたのは、心のなかで笑顔を向けてくれる小さい頃の俊樹だった。

 自嘲したくなった。なんとかしてやろうとしていた俊樹に助けられたんだから。

 だから思い切った行動を取ろうと思い立った。


 それが冬。


 一年前のクリスマスは何年ぶりかの雪の降る特別なものだった。

 もしかしたら誰かが背中を押してくれているのかもとか、とにかく心が踊りだしていた。


 いつもの4人で久里浜に行って遊んでいたとき、カラオケが終わってちょうど帰ろうっていうタイミングで俊樹と二人きりになるタイミングがあった。

 これはチャンスだった。


 落ちてくる雪を見上げていた俊樹の頬に軽くキスをした。


 もう少し勇気があればよかったけど、あのときの私にはあれが限界だった。

 それに、帰宅してお風呂でシてしまうぐらいには胸が高鳴っていた。

 でも気づいてしまった。

 キスしてすぐに咲葵が私たちに割って入ってきたことを……。


 その確信を確かめるように、三年になってすぐに私は咲葵と二人きりで話したいと誘いだした。


 ショックだった。


 私がキスをしたあの冬よりも先に、ストーカー事件のときに送ってあげてと油断したその日に咲葵は俊樹とキスをしていたことを告げられた。

 話を聞いていくうちに、だんだんと距離を感じ始めた理由もなんとなく見えてきた。

 というより、心がそうだと訴えかけてきた。


 たぶん、あの日に一線を越えている、と。


 それから私の中で恥じらいというものが消えた。

 俊樹は最近積極的すぎると言ってくるけど、仕方ない。口移しでもいい、場合によっては同じ毒を飲んで死んでも構わない。

 なりふりかまってると咲葵に取られる。

 取られるぐらいなら、この最期の高校生活で私のものにする。


 そう決めてからはキスもそれ以上のことにもためらいはなかった。

 襲われるなら受け入れるし、来ないなら襲う。


 そう思っていたのに、私は入念な準備をしていたクリスマスを棒に振ってしまった。


 どうしようと朝まで泣きはらした朝に、俊樹から電話がかかってきた。

 数回コールが鳴るたびに迷った私は、期待もなく憔悴したまま通話ボタンに触れることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る