修羅場タイム 3

「メリークリスマス」

 咲葵の言葉に続いてグラスをカンと軽く合わせて乾杯をする。

 時間は二十時を回っていたが、あまり気にする様子もなくささやかなクリスマスパーティーが始まった。

 さっきと同じように座っている分、火花を散らしそうで怖い。

「まさか集まれるなんて思ってなかったけど」

「抜け駆けだよね」

「俊樹も早く終わらせてくれたから」

「急かしたんでしょ」

「本当によかったね〜、真弓もタイミングよく来てくれたし」

「……」

 案の定、すべて咲葵の自己都合で片付けられたクリスマスパーティーに恐怖を感じながらチキンにかぶりつく。

 久々に食べるケンタッキーはどうして美味しいんだろうともう一口かじると、真弓がティッシュを一枚持って隣にやってきた。

 何をするんだろうと思っているとごく自然な流れで俺の口を拭いてくれた。

 そのまま座っていた場所に戻っていく。

「ずるじゃん」

「先に抜け駆けするほうが悪いよ」

 ぐぬぬと悔しそうに唸る咲葵に顔を向けることなくシャンメリーに口をつける。

 空気を変えよう。

 そう思った俺はある提案をした。

「あのさ、俊介がいないし、明日四人で遊ぶか?」

 真弓は胸の前で手を合わせていいよと言ってくれた。

「咲葵はどうだ?」

 ん〜、と口元に人差し指を立てて悩んでいる。

「明日は用事とか?」

「ううん、そういうんじゃないんだけど……」

 そこで二人の企んでいることがバレた。

「今日なんだけど、どうせ帰りも遅くなると思って泊まっていこうかなって思ってて……」

 歯切れ悪く話していく咲葵。

 その様子をバツの悪そうな顔で見ている真弓。問い詰める間でもなく目が合うと観念した。

「私も、今日は友達の家に泊まってくるって出てきてて……」

 その証拠にといつも間にかチューハイの缶が真弓の鞄から出てきた。それも空いている。

「このシャンメリーってもしかして」

 それだけでコクリとうなずいた。サイコパスかよ、かくいう俺も人のことが言えないからあれだけど。

 気づくと咲葵の顔が赤くなっていた。

「私のにも混ぜてたの?」

 またもコクリとうなずいた。

「ということは今日咲葵がいるって気づいてたのか?」

「うん、私も同じ気持ちだったから。朝からいるとは思ってなかったけど」

 聞き流すことのできない情報が多すぎて逆に聞き流すことしかできない。

「ひとついいか?」

 真弓の言葉を遮って二人を真っ直ぐに見る。

「何をする気だったんだ?」

 聞くと二人とも視線を逸していく。

「な・に・を、する気だったんだ?」

 白状するまで逃さないと睨んでいると、咲葵がおずおずと話しだした。

「そ、その、疲れてるだろうからなし崩し的に一晩泊めてもらって、寝込みに既成事実を……」

 真弓の方を見る。

「私もそんな感じ」

 そんな感じという軽さで襲われかけていたらしい。

 戦慄していると、急に咲葵がうぅ〜とうなりだした。

「どうした?」

「頭が痛い」

 そう言ってソファに倒れ込んだ。

 びっくりして椅子から立ち上がって駆け寄る。すると、す〜、と可愛い寝息を立てていた。

「お酒、弱いのかもな」

 倒れ込んだ咲葵をうまく躱していた真弓にそう告げると、少し安心したような表情を浮かべていた。

「こういうことは止めような」

「……うん」

 仕方なく咲葵をソファに寝かせると、真弓が近づいてきてゆっくりと話しだした。

「これで二人きり」

「ちょっと待て」

 ついさっきとは表情が明らかに変わっていた。艶めかしくくちびるを舌で湿らせながら両肩を掴まれ押し倒される。このまま抵抗しなかったら一線を越えてしまいそうだった。

「ダメだ、絶対気づかれる」

 咲葵の寝ているソファとテーブルの間に俺と真弓がいるわけで、ここでそんなことをすれば誰だって気づく。

「じゃあ気づかれないときだったらいいってこと?」

 馬乗りのまま思い詰めているように俺を見下ろしながら逃げられないように問い詰めてきた。

「最近、咲葵とばっかり会ったり話してない? 私も俊樹のこと好きなのに」

 ポタポタと胸元の服の色が変わっていく。

 真弓は我慢するように泣いていた。

「クリスマスだって本当は空いてたんでしょ? なのに無理して原稿量増やして」

 知ってるんだからと肩を掴んでいた手でポカポカ胸を叩いてきた。

「傷つけてもいいからはっきりと言って、私のこと嫌いになったの?」

 苦しそうに吐き出された気持ちに、俺は即答できなかった。

「ごめん、俺の中でもぐちゃぐちゃになってて」

 その答えにショックを隠せない真弓が俺から立ち上がって離れていく。

 それから鞄を肩にかける。

 その姿を上半身を起こしながら見ることしかできない。

「私の方こそごめんね、ちょっと距離置きたい」

 帰宅準備の終わった真弓は、寂しそうに振り返りそう言い残すと、部屋から出ていった。

 その姿を何もできず見送ることしかできずにいた俺は、自分の膝に拳を下ろすことしかできなかった。

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